「傍聞き」(かたえぎき)は第61回日本推理作家協会賞短編部門受賞作品です。双葉社出版の同名の単行本は4本の短編で構成されています。すなわち、「迷い箱」「899」「傍聞き」「迷走」の4編で、主人公の職業が「迷い人」では保護司、「899」が消防士、「傍聞き」が女性警察官、「迷走」は救急救命士と、いずれも公共的な仕事の職業人です。彼ら彼女らの生活上での悩みや、仕事上での困難に出くわして苦悩する様子を描きながら、そこに一遍のミステリーが立ち現れます。この4編のなかでも特に「傍聞き」が受賞作だけあって、上質の警察ミステリーとなっています。
主人公羽角啓子は主任刑事にして、現在は管内に発生した通り魔連続殺人事件を担当しています。強行犯係の先輩刑事だった夫は逮捕した放火犯の逆恨みに合い、車で轢かれて死亡し、家庭は小学6年生の葉月との二人。その娘は時折、仕事柄帰りの遅い母親に腹を立て、口をきかなくなってしまいす。反抗期にさしかかり、何日も口をきかない葉月は、自分の気持ちを母親宛ての葉書を投函します。
母と娘の日常会話の中で「傍聞き」の意味が説明されます。母は娘にこう語ります「例えば、何か作り話があるとするじゃない」「それを相手からいきなり伝えられたら、本当かな、って疑っちゃうでしょう」「だけど、同じ話を相手が他の誰かに喋っていて、自分はそのやりとりをそばで漏れ聞いたっていう場合だったらどう?ころっと信じちゃったりしない?」「これが傍聞きの効果なの」。
連続通り魔事件の捜査が一向に進まないなか、ある日、啓子はかって自分が逮捕したことのある横崎から、是非、留置所の面会室に会いに来てほしいと熱望されます。留置管理係の立ち会いの元、横崎に面会すると、横崎は自分は”居空き”事件の犯人ではない、真犯人を知っていると言うのです。 ここから意外な展開で、”居空き”事件は解決に向いますが、「傍聞き」が重要な役割を演じます。
警察小説としても家庭小説としても見事な仕上がりの小品。「おすすめ文庫王国2012 国内ミステリー第1位」にも輝きました。
この作者、若干43歳にして文章表現が練達で、”日常の謎”あるいは”職務上の謎”を中心とした今後の作品が楽しみです。
(付記 ”居空き”とは留守を狙っての泥棒行為ではなく、老人や子供などが居る事を知った上で家に入り働く泥棒行為のことだそうです)