久し振りに一気読みの米国ミステリーに出会えた。スティーヴ・ハミルトン著「解錠師」(ハヤカワ・ミステリー)は2011年のアメリカ探偵作家クラブのエドガー賞最優秀長編賞と英国推理作家協会のイアン・フレミング・スティール・ダガー賞をダブル受賞した、クライム・サスペンスである。
この物語の語り手たる主人公の青年マイクルは、8歳の時にある大事件に巻き込まれ、その精神的なショックから口がきけなくなって今日に至っている。そんな彼に飛び抜けた2つの才能があった。ひとつは絵を描くこと。そしてもうひとつは、鍵のかかった難度の高い錠を開けることである。
物語は、刑務所に収監されすでに10年を迎えようとしている20代後半のマイクルが、どんないきさつで解錠師となったのか、またどうして服役することになったのかを、読者に打ち明ける形で綴られていく。
その物語は2つの時間軸を行き来しながら描かれる。ひとつは、全米各地の泥棒たちから、電話連絡があれば、指定された場所に出掛け、ピッキングや金庫破りで犯罪に加担して解錠師として過ごす日々。もうひとつは、8歳の出来事の後、伯父に引き取られ、17歳の夏には恋人アメリアと出会いながら、犯罪者への転落が始まる日々。章ごとに交互に入れ替わる時の流れは、すこしづつ接近し、交差していき、マイクルの型破りな人生経験や幼少期の事件の真相が徐々に明らかになって行く。実に巧みな構成である。
主人公マイクルは物語中、ひと言も喋らない。意思の疎通は即興の身振りに頼るのみ。しかし愛するアメリアとの間では、彼得意の絵から連続漫画を思いつき、絵を通して思いの丈を伝える。青春小説にもなっていて、読む進むうちにマイクルに次第に感情移入してしまう。
物語の進行とは独立して楽しめる場面がある。シリンダー錠のピッキングやダイヤル錠の解錠シーンが何度も登場する。精神を集中して、鋭い触感でキーナンバーを探り当て、その幾つかの数の順列を順番に試していく。若干数学めいて面白い。
「真犯人は誰か」と言う謎が提出される訳ではない。マイクルはどうして一言も喋れなくなったのか?どのような経過で刑務所入りとなってしまったのか?アメリアとの愛の行方は?その謎を一刻も早く知りたくて、先へ先へと読み進むことと相成った。最終章で、アメリアと再会出来る日が来れば、「僕は何か言ってみせる。かならず」と書かれ、幕が閉じられる。
本書は、「このミステリーがすごい!」「文春ミステリーベスト10」のいずれでも第1位に輝き、文庫でも出版された。