マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『花競べ』(著:朝井まかて 出版:講談社文庫)を読む

2013年06月24日 | 読書

 家人から勧められるままに読んだ時代小説、久し振りに面白かった。この数年に読んだ小説の中でもベストテンに入る面白さ。朝井まかてのデビュー作で、第3回小説現代長編新人賞奨励賞受賞作。

 時は文化文政期、所は向嶋を舞台に、小さな苗物屋「なずな屋」を営む新次・おりん夫婦が主人公の市井時代小説。
 主人公夫妻が実に良く描けている。新次は駒込染井にある霧島屋で修業をした経験があり、自然の良さを生かした育種・育苗を心掛ける、イケメンで無口な花師。その妻おりんは手習の師匠をしていただけあって物知りで頭の回転が速く、心根が優しい。脇役として登場するのが新次とは幼馴染みの留吉・お袖夫妻一家と、知り合いから預けられた子供の雀。更に大物問屋「上総屋」のご隠居六兵衛と孫の辰之助。


 
 「花競べ」とは、江戸中の花師が育苗の技を競い合う、3年に1度の祭り。六兵衛に懇願されそこへの出品をした折りや、注文を受けた大量の、桜草の小鉢を制作する過程で必ず邪魔に入るのが霧島屋の当主。それを夫婦の機転や周囲の助けで、何とか乗り切っていく、と言うのが物語の中心。
 実らなかった、淡い恋の物語が挿入される。新次が以前一緒に修行した、霧島屋の娘理世との再会と別れ。理世は、別れ際に、自分の生き方に擬えて「実さえ花さえ、その葉さえ、今生を限りと生きてこそ美しい」と告げて去っていく。この著作の最初の題名が『実さえ花さえ』だった事を考えると、ここに著者の強い思いがあると思う。
 

 最後の物語が「染井吉野」誕生に纏わる物語。吉原の火災で亡くなった花魁「吉野」に因んで「染井吉野」と名付けられた桜を詳細に観察して、新次はこう書きつけていた。
 『吉野桜 五弁の花びら、白に近い淡紅色
  花は三つ四つが鞠のように集まりて咲く
  葉より先に花開き 散り際の潔さは比類なし
 江戸彼岸と大島桜を親に持つ交配種と推察せり
 成長は速いが開花にすべての力を注ぎて蜜少なく
 結実することも稀で種を持たず
 自ら子を成す術を持たぬものなり
 これを殖やすには 台木に吉野桜の挿し芽を接ぐ方法のみ
 だだ、人のために咲く、
 なればこそ美しく、人の手を好む桜なり
』と。

 江戸時代を生きた庶民の哀歓が伝わってくる本作品発表から数年、著者は、江戸時代を題材に数冊を著わした。次を読んでみたくなる朝井まかて。宮部みゆきを彷彿させる。私には大ブレイクしそうな予感がする作家。
 要らぬお節介を。このブログをお読みで読書好きの方に絶対のお勧めの一冊です。