徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第二十六話 内に秘めた夢)

2005-11-03 12:14:20 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 晦日の午後になって別宅に施錠した笙子と史朗は紫峰家に戻ってきた。
笙子を先に母屋へ向かわせた後、史朗は荷物を車から降ろしていたが日常の物は母屋の部屋にも置いてあるのでほとんどはお使い物だった。

ちょうどこれからバイトに出ようとしていた雅人が史朗に声をかけた。

 「お帰り史朗さん。 手伝おうか? 」

史朗は雅人を見ると笑顔を向けた。

 「いいよ。 そんなに重くないから。 バイトこれから? 」

 「うん。 今日と明日とね。 でもお正月は休みをとった。
紫峰家の年始行事があるからね。 年始の挨拶に客がわんさか来るよ。
史朗さん初めてだから大変だろうけどさ。 」

 雅人が気の毒そうに言った。史朗はただ笑って頷いた。
その横顔をじっと見ていた雅人は修の無言の依頼を実行に移した。

 「あのねえ…史朗さん…。 僕がこんなことを言うのも可笑しいけど…。
本当にやってみたいことがあるんだったら遠慮なんかしてないで修さんの好意に甘えるのもひとつの手だよ。
 紫峰財閥にとって利害の生じないことならとことん甘えさせてくれるけど、利害があればそれだけの代償を求めるはずだよ。

 だから…遠慮なんか要らないんだ。

 忠告しておくと修さんは優しいだけの人じゃないからね…ただ史朗さんが可愛いだけでは財閥の責任者としては動かない。
動くならそれなりのメリットがあると確信しているからさ。 」

史朗は怪訝な顔をした。

 「それ…僕に修さんと取引しろって言ってるの? 」

我が意を得たりと雅人は頷いた。

 「どんな取引であれ修さんは史朗さんに絶対に損はさせないよ。
それに取引なら史朗さんは修さんと対等に渡り合えるぜ。
プライド復活だろ。 」

 そう言って雅人はウィンクした。
史朗は大きく溜息をついた。

 「取引に見合うようなものが僕にあるだろうか…? 」
 
 「財閥にとってあなたの存在が大きな宣伝効果を生むようにすればいいんだ。
その方法はすべて修さんと財閥の企画部が考えてくれる。

 悪い言い方をすれば、史朗さんはただ修さんに利用されていればいい…修さんを利用しながらね。
持ちつ持たれつで…いいんじゃない? 

 じゃ…そういうことで…バイト行くわ…。 」

言いたい事を言って雅人は手を振りながら自分の車の方に向かった。 

 史朗はしばらくぼんやりと考えていた。
雅人の言うように修と取引したとしても、もし史朗が失敗したりすれば、修にとんでもなく迷惑をかけることになりはしないか…。

 それでも胸の内からふつふつと湧き上がってくる鬼面川復興への想いは抑えがたく史朗の心は揺れ動いた。



 洋館の史朗の部屋は母屋に与えられた部屋よりも広く感じられた。
天井が高いからだとすぐに分かった。

 夜になって笙子は近くにある笙子の実家の方へ出かけていったし、子どもたちはバイトでいないし、お祖父さまは早寝だし…で史朗は早々に洋館の方へ引き上げてきたのだった。

 母屋には城崎がいたのだが警察の勧めで大学を休んでいる分、お情け深い各教科の教授から受講の代わりに山のような課題がだされていてそれを片付けるのに追われていた。
 とても史朗の相手をしている暇などはなく、晦日だというのに部屋に籠もって、ひとつ終えるとすぐにパソコンで送信するという作業を繰り返していた。

 ぼんやりしていても仕方がないし、寝るには早いので史朗は部屋の椅子などを少しずらして空間を作り冬に関する舞の稽古を始めた。

 謡のような調べを耳にした修が史朗の部屋へ入ってきた。
稽古の邪魔にならないところに椅子を置き腰を下ろして史朗の舞を見つめた。

 『雪嵐』と題されたその舞は史朗の今の心を表わしているようで、激しい雪と風の渦巻く吹雪の情景であるにもかかわらず、なぜかその中に燃えさかる人の情念を感じさせるものがあった。

 修はその舞に食い入るような視線を向けていたが、やがて舞い終えた史朗が修に向かって一礼すると、ほっと息をついて満足げに頷いた。

 「この舞は…異色なのです。 
他の舞が祈りや恵みを表わすもので人に何か幸福感を与えるものであるのに対して、これだけはまるで剥き出しの感情を人前に晒すような生々しさがあります。
祭主も人間であり…弱いものだという御大親の諌めでもあります。 」

史朗がそう説明すると修は訊ねた。

 「確か『夜桜』にもそんな感じを受けたが…。 」

史朗は微笑んだ。

 「そう…あれも近いものがありますがこれよりはもっと妖艶なものです。
『夜桜』はたいそう誘惑的で官能的な舞ですが、『雪嵐』は焦れ乱るる想いとでも言いましょうか…狂気とも思えるほどの激しさがあります。 」

 史朗はそのまま『夜桜』の一節を舞って見せた。
修はその動きのひとつひとつに見入った。

 「12の月をそれぞれ三部に分けて計36種の舞を、長の候補となった伝授者の卵たちが祭祀の所作を修得する前に覚えます。
 これらは淀みなく所作をするための鍛錬用の舞ですが、それぞれに意味があり御大親の教えを形に表わしたものなのです。 」

 鬼面川の祭祀の所作はいつでも修の心を魅了して止まないが、その基になっているという祭祀舞も言葉にならないほど修の感性を刺激する。
 特に史朗の所作と舞の魅力は筆舌に尽くし難く、鬼面川の二太祖のひとり華翁閑平と、もはや一体化を果たしたとしか思えないほどだ。

 「ごめんなさい…こんな話は面白くないですよね? 」

黙り込んでしまった修を見て史朗は申しわけなさそうに言った。 

 「いや…面白いよ。 つい…史朗の舞に見とれてしまっただけで…。 」

 それを聞いて史朗は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちだった。
修さんはいつも僕の舞や所作を愛してくれるけれど…それだけだもの…。

 「ごめんな…史朗…。 無理に引越しさせて悪かったよ。 雅人に叱られた…。
舞の稽古がしやすいように床や壁なんかも考えて造らせたんだけど…。
おまえの重荷になってるようじゃ意味ないよな…。 」

 修は少しだけ悲しそうな顔を見せた。
史朗は驚いた。あの床の舞いやすさは修さんが考えてくれたものだったんだ。

 「あの床は…好きです。 とても…稽古しやすくて…助かっています。」

史朗は取り繕うように慌てて言った。

 「そう…良かった。 あ…別におまえを囲ってるつもりはないからね。
おまえの舞いに少しでも役立てばいいと思っただけで…。 
ただそれだけ…。 おまえのプライドを傷つけるとは思わなかったんだ。 」

少年のように少し照れながら修は弁解した。

 「そんなこと…僕はただ…怖くて…。 」

史朗は思わず思っていることをつい口に出してしまった。

 「修さんに…憎まれたくなかっただけで…。 」

 修の顔から笑みが消え強張った。
史朗が怖れるあの仮面のような表情ではなかったけれど。

 「史朗…僕の嫉妬心は絶対なくならないよ…。 そんなにいい人じゃないもの。
だけど増えたりもしないみたいだよ…。 
どっちみち嫉妬されるなら条件のいい暮らしを選んだ方が得でしょ? 」

 そう言ってにやっと笑ったその顔が雅人に見えた。
史朗は思わずくっと笑い声を漏らした。

 「雅人くんとそっくりだ…その言い方。 やっぱり従兄弟なんですねえ…。 」

あいつと一緒にしないでくれ…と修は憤慨した。

 「だけど少しは…史朗も雅人を見習ってもいいかもな…。 
あいつだって僕の手の中で育っていながら…言いたいこと言ってるよ。
自分の方が正しいと思ったら遠慮もしない。 堂々意見をぶつけてくる。
 勿論度を越したことはしないしちゃんと分も弁えてはいる。
急に寝込みを襲ってくるのだけは恐怖だ…ってこれは関係ないか…。 」

 修にそう言われても史朗と雅人では置かれている立場が違う。
雅人は修の血族で史朗のような俄か家族とは同列にはならない。
 傍目には修が育てた透が身内の中では最も大きな権限を持っているように見えるが、実際には雅人の方が上になる。
 透は一族の次期宗主ではあるが、紫峰本家の当主はおそらく雅人か或いは修の実子ということになるだろう。

 史朗は黙って俯いていたが、ゆっくりとまた『雪嵐』を舞い始めた。
言葉にならない想いは舞に語らせるしかない。
口にしなければ永久に伝わることは無いと分かっていても…。

 

 まだ暗いうちにふと目を覚ました史朗はひとりベッドを抜け出してカーテンの隙間から大窓の外を眺めた。
 ぴんと張りつめた外気の中で降りしきる本物の雪を見た。

 寝返りをうつ修の気配がした。
慌てて振り返るとうっすらと目を開けて修が史朗の方を見ていた。

 「ごめんなさい。 起こしちゃいました? 」

 「…風邪引くよ…史朗。 その身体がおまえの夢のすべてだろう?
夢を叶えるつもりなら大切にしなきゃな…。 」

 稲妻のように史朗の身体に衝撃が走った。
修さんは…知っている。僕のやりたいこと…僕の夢…なにもかも。

 「修さん…お願いがあります…。 」

史朗は躊躇いながらもそう切り出した。

 「僕を助けてください。 力を貸してください。 」

修は起き上がって真っ直ぐに史朗を見た。

 「鬼面川の…祭祀舞の流派を立ち上げたいと思います。
主流でありながら彰久さんと僕には鬼面川本家祭祀を継ぐ道はありません。
僕らふたりがこの世に鬼面川として遺せる物はもはや祭祀舞しかないのです。 」

 史朗は必死の眼差しで修を見つめた。
修は思わず口元を緩めた。

 「いつ…おまえがそれを言い出すかと…みんな心待ちにしていたよ。 
僕も笙子もお祖父さまも…雅人たちもね…。 」

史朗は不思議そうな顔をした。

 「覚悟はできているな? 
たとえ財閥がバックについていてもその道は並大抵のことでは開けない。
開けたら開けたで険しい道だ。 
途中で投げ出すことなんかできないんだぞ。 」

その意志を確かめるように修は念を押した。

 「はい。 」

 「おまえのことだ…このまま笙子のために会社を続けるつもりだろうが…どちらの仕事も手が抜けないという大変な生き方を選んで後悔しないか? 」

さらに念を押した。

 「後悔しません。 」

 史朗ははっきりと答えた。
そうか…と修は頷いた。

 「では力を貸そう。 ただし、紫峰財閥としては鬼面川の祭祀舞を財閥のイメージアップのために利用させてもらう。
 利用の仕方はこちらの企画に基づいてのことになる。
勿論…鬼面川の家格や品位を下げるようなことはしない。
 詳しくは後ほどということで…年明けに契約書を交わそう。 」

 修はそう言って握手の手を差し伸べた。
史朗はその手をしっかりと握り返して頭を下げた。 

 「有難うございます。 」

修は溜息をつくと握った手をそのままに史朗をベッドに引っ張りあげた。

 「風邪を引くと言ったろう? こんなに冷え切って馬鹿だね。 」

まるで母親のような言い方で修は史朗を窘めた。

 「史朗…失敗を怖れるな…。 僕のことはいいから。 
もし命懸けで頑張って…頑張り続けて…それでもどうしようもなくなったら…また笙子の面倒を見てやってくれればいいよ。 」

 聞いているうちに史朗の目からひとつまたひとつと涙がこぼれ出した。
史朗は初めて自分から修を抱きしめた。
 まるで父親が泣き出した子どもを慰めてやる時のように修は史朗の背中をぽんぽんと叩き、優しく擦ってやった。

 


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