徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第三十九話 脱走)

2005-11-22 23:15:00 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 西野の指示で突然を担架を担いだ力自慢たちが表門の方へと駆けて行った。
西野の慌てふためいたような大声に雅人も史朗も何事かと部屋を飛び出した。
奥のほうから透や隆平たちも飛んできた。

 表門から重そうに運ばれてくる担架には修の姿があった。
修は意識がないようで身動きひとつしなかった。
その姿を見て爛は生きた心地がしなかったが周りの者はわりと平然としていた。

 居間の大きなソファの上に寝かされた修の具合を雅人が診た。
修の身体を調べてみて呼吸や心音に緊急を要するような異常がないこと、何処にも怪我のないことを確認するとほっと安堵の溜息をついた。

 「何か薬を飲んで眠っているだけだよ。 それほど心配ないけど…一応黒ちゃんを呼んどいて…。 飲み過ぎてるようだから。 」

 雅人がそう言うとはるが急いで連絡を取りに走った。
寒いところにほかされてあったわりには汗をかいている修に触れながら史朗は雅人に訊き直した。

 「誰かに睡眠薬を多量に飲まされたってこと…? 」

雅人は首を横に振った。

 「飲んだんだよ…自分で…。 多分…効能書きも用法も読まずにさ…。
勧めた相手をよほど信用してたか…睡眠薬の効能を試してみたくなったか…だ。
ま…僕は後者だと思うね。 」

 史朗は天を仰いだ。何ということを…。
修という人は時々子どもみたいなとんでもない事をやらかすが、相手が睡眠薬じゃ下手したら命取りになる…困った人だ…と思った。

 眠っているだけだと分かって皆が安心したところで、雅人が修を背負って修の部屋まで連れて行った。
 大汗をかいている修をそのままにしておいたら修も気持ち悪いだろうと思った史朗は爛に熱い湯とタオルを運んでこさせた。
 手分けして史朗と三人の息子で身体を拭き、着替えさせているところへ黒田が意外なほど早く到着した。

 「どっから来たの…黒ちゃん。 えらく早いじゃない。 」

雅人が驚いたように訊いた。

 「今日はオフィスじゃなくて家の方で仕事してたんだ。
どれ診せてみ…睡眠薬だって…? 」

 黒田は修の頭部とまだパジャマのボタンの止められていない胸から腹にかけてを念入りに調べた。

 「呼吸OK…心音異常なし…胃は大丈夫…腸もなんともない…。
脳にも障害なし…。
雅人…おまえはどう思う…? 」

黒田が雅人の見解を訊いた。皆の目が雅人に集まった。

 「睡眠薬を飲み過ぎたことに気付いた修さんはおそらく眠る前に自浄能力を使い出したんだ…。 
 この汗は修さんの身体が薬物という異物を排出するために出しているもので、別に暑がっている訳じゃないと思う。 」

雅人が答えると黒田は笑って頷いた。

 「そういうことだな…。 
修は自分で治療を行っている訳だが…普段あんまり薬を使わないやつなんで効き目が良過ぎたみたいだ。
それに水分不足だ。 俺が点滴をしてやるわけにはいかないが…。
隆平…はるさんからスポーツドリンクを貰ってきてくれ。」

 隆平は急いではるのところに向かった。
やがて何本かのペットを抱えて帰ってきた。

 黒田は修の半身を起こし声をかけた。

 「さあ…修…少しだけ起きようか…。 すぐにまた寝かせてやるからな。 」

 不思議なことに意識のないまま修はベッドの上で起き上がっていた。
黒田はペットのふたを取ると修の手に渡した。

 「修…喉がからからだな…。 ほら…おいしいぞ。 ゆっくり飲みな…。 」

 言われるままに修はペットのスポーツドリンクを飲み始めた。
まるで催眠術だ…皆呆気に取られてその様子を見ていた。
 
 「いい子だ。 半分飲めたな…。  それじゃまた後で残りを飲もうな…。 」

 黒田がペットを取り上げた瞬間修の身体はぐらつきだした。
史朗が慌てて支えそっと寝かせた。

 「何? 今の何? どうなってるわけ? 」

子どもたちが口々に訊ねた。

 「夢操り…聞いたことがあるだろう? 特に透と雅人は良く知ってるよな。」

 あっ…とふたりは叫んだ。その業のお蔭で以前修がとんでもない事故に遭い大怪我をさせられたことを思い出した。

 「じゃあ修さんはさっき目が覚めたわけじゃなくてスポーツドリンクを飲んでいる夢を見てたんだね? 」

透が訊いた。黒田は大きく頷いた。

 「そう…本来なら修は媒介の役目として他の人がドリンクを飲むように仕向ける力を使うところだが、誰かにドリンクを飲ませるのではなく自分が飲むように俺がさせたんだ。 」

黒田はもう一度修を起き上がらせた。

 「さあ…残りを飲むぞ…。 また喉が渇いてしまったからな。 」

修はまた言われるままに残っていたペットの中身を飲み干した。

 「よし…修…これでカラになったよ。 それじゃもう少し眠ろうな…。 」

 修はまた完全な眠りの世界へ戻っていった。
史朗が黒田に尊敬の眼差しを向けた。

 「黒ちゃん…その業…僕らに使える? 」

雅人がわくわくしたような口調で黒田に訊ねた。
 
 「簡単なように見えるがな…本来は夢を見ている人を操って他の人に影響を及ぼす力だから結構手強いぜ。
 まあ…やってやれんことはないだろうけどな…。 」

 黒田はそう言いながら修の髪の生え際を触って汗の状況を確かめた。

 「史朗ちゃん…仕事があるから俺は戻るけど…時々史朗ちゃんを使って修に水分取らせるからね。 できるだけ修の傍にいてやってくれ。
この分だと目覚めるまでそんなに時間はかからないと思うけれど…。 」

黒田が史朗にそう頼んだ。

 「遠隔操作ですか…? 分かりました。 」

 史朗の返事を聞くと黒田は頼んだよ…と史朗の肩をポンと叩いて帰っていった。
皆しばらく修の様子を見ていたが、穏やかに眠っていて大事なさそうなので後を史朗に任せてそれぞれの部屋に引き上げていった。
 


 昭二…昭二…。
その日の取調べが終わって留置場の留置室で眠っていた昭二の耳に自分を呼ぶ声が聞こえた。
その声に聞き覚えがあった。 

 「敏か…? 」

声の主の名を呼んだ。

 「ああ…。 なんでおとなしくこんなところに居んだよ。
おまえなら簡単に出られるだろうに…。 」

敏と呼ばれた声の主は不思議そうに言った。

 「そんなことをしたら久遠さんに迷惑がかかるからだ。 」

昭二は悲しそうに答えた。

 「どうせならカタをつけてから捕まれや。 俺もそのつもりでいる。 
久遠さんが城崎の家へ帰れるようになれば俺は死刑になっても構わんし…。

 辰や安はもうだめだ…力抜かれてるからな。 覚悟きめとったわ。
あんただけでも俺と逃げろや…。  」

敏は昭二を誘った。

 「ためらっとる時間は無いぜ。 留置場には最大でも23日しか居られんはず。
起訴になって拘置所に送られてしまったら俺も助けには行かれんし…。 」

 逃げ出せば…久遠の身にどんな災難が降りかかるか分からない。 
昭二たちを脱走させた張本人と誤解される虞もある。
 
 何しろ紫峰の連中には久遠の姿を見られている。
久遠さんは俺を助けに来てくれただけ…俺たちを止めようとしただけなんだ…と言ったところで信じて貰えるかどうか…。

 「紫峰の連中のことなら心配いらん。 
あいつら自分たちが痛くも無い腹探られたくないもんだから母屋の方で暴れた弱っちい連中については不問に付す気でいるらしい…。
蜘蛛たちが壊した石灯籠メンタマ飛び出るくれぇたけぇんだそうだが…。 

 頼子の話じゃ城崎の長が久遠さんのことを紫峰に打ち明けたそうだからよほどのことがなけりゃ久遠さんのことは口にしねえだろう…。」

 敏は現場から逃げ出したあと久遠に匿われていたが久遠が留守の間に抜け出して昭二のいる留置場へ秘かに潜入した。昭二を留置場から引っ張り出す気でいた。

 「敏…静香どうすんだよ。 ナンパしてあんな恥かかせて…ポイかよ。 」

昭二は静香という名を出した。

 「あいつはもともと城崎瀾の仲間でさ。 やつと一緒にテレビに映ったのを俺…偶然見てたんだ。
 城崎を誘きだすのにはいいかなっと思っただけで…べつに…。 
何で今そんなこと聞くんだよ。」

敏は訝しげな声で訊いた。

 「おまえが静香に惚れとるならすぐに瀾から手を引け…もう暴れるな。
それなら俺は今すぐここを出て俺の手でカタつける。

 元はと言やぁこれは俺が言い出したことだ。
辰や安には悪いことをしちまった。 手え汚させちまったからな。

 はなからひとりでやりゃあ良かったんだ。
今更遅いか分からんが…おまえにはこれ以上罪増やさせたくねえ…。 」

昭二はまた悲しげに言った。

 「あほぬかせ。 俺らだって自分の意思で動いたんだ。 
何もおまえの言葉に従ったわけじゃねえ。 
何だかんだぬかしてないでさっさと出てきやがれ…。 」

 敏は用心深く留置室の鍵を開けた。昭二は静かに扉を開け留置室を出た。
申し訳ないとばかりに全留置室を見渡している監視席のぐったりと意識の無い警察官に手を合わせた。

 留置場はこの警察署の2階にあるがふたりは2階でも1階でも大勢警察官がいる中をまるっきり誰にも気付かれることなく外へ出た。
 
 敏の車の中で昭二は急ぎ着替えた。間もなくあの警官が眼を覚ますだろう。

 「まあ…居眠してて留置者に逃げられたと思われちゃあの警察官がすげえ気の毒なんで1~2発殴ってきた。」

 敏はにやりと笑った。ひょっとしたら3~4発だったかな…。
取り敢えずは逃げ出そうとする留置者と戦ったことにはなるわな…。
そんなことを呟きながら車を発進させた。

 空っぽの留置室とノックアウトされた警官を見つけて交代の警官が呆気にとられたのはそのすぐ後だった。
大勢の警官の目の前から留置者がまるで煙のように消えた。
それは警察署始まって以来の大失態だった。



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