第一の事件の殺人犯が逮捕されたと知った時、もう目撃者の口封じというカムフラージュは通用しない…城崎の長にも間もなく自分の犯行であることがばれるだろう…昭二はそう久遠に語った。
その日屋敷は訪問客で賑わっていたから普段より潜入しやすいはずだった。
昭二は誰にも何ひとつ告げずにひとり紫峰の屋敷へと向かった。
瀾を探し出しすべての決着をつけるつもりだった。
久遠のため長のため城崎の家のため愚か者を絶つ…。
だが昭二は紫峰家がどんな力を持つ家系なのか全く知らなかった。
紫峰家が能力者の一族だということは分かっていたが、まさか修のような化け物の棲家とは思ってもいなかった。
この家の青年を銃撃した時にそれほど抵抗がなかったせいもある。
久遠は紫峰家についての知識はなかったものの、紫峰家に隠された大きな力が存在することくらいは気付いていた。
ひょっとしたらそれは久遠をも越えるものかも知れず、久遠は瀾どころか昭二の命の方が危ういと感じた。
昭二の命には代えられぬと久遠は家の者に急を告げ、とにかく昭二を救うために紫峰家へ侵入するが、絶対に紫峰の連中とはまともに渡り合うなと言い含めた。
下手に応戦して戦いがエスカレートすれば城崎の家だけでなく樋野の家を潰すことになるとも言った。
昭二を納得させるために可能であれば瀾を連れ帰る。
できなければ無理をするなと忠告した。
「あの青年に怪我を負わせるつもりは俺にはなかった。
3人組はいきがってるわりには気の小さいところがあってな…。
多分…あの青年の不思議な力が怖ろしかったんだろう。
済まぬことをした…。 」
久遠は静かに語り終えた。
「はっきり言って…僕は史朗の胸を切り裂いた男だけは許せない。
戦いの最中に怪我をしたとか命を落としたというのなら分かる。
戦闘に怪我はつきものだしそれ自体が命のやり取りだってことは承知している。
だが…あれは拷問だ。
僕は僕の大切な宝箱の原石を傷つけられて黙っているほど寛大じゃないぜ…。」
原石…?久遠は怪訝な顔をした。
「史朗はこれから磨かれる原石だ。 近い将来必ず輝く…僕の宝石なんだ。
あの男はもう少しでその原石を叩き割るところだった。
おまえ…そこにとどまったり落ちたりするより…一緒に上れ。
昭二だって3人組だって磨けば光る珠かも知れんじゃないか? 」
原石を磨く…。久遠は昭二たちを仲間だと思って世話はしても、ほとんど同年代の者たちを育てようなんて全く考えたことはなかった。
子どもを育てるとか自分よりずっと若い者を育てるなら話は分かるが、3人組は二つ三つ年下なだけだし、昭二に至っては自分と同じ齢だ。
「あいつらが原石って齢かよ…。 」
久遠は苦笑した。
「なあに…自分より年上だって構わんのさ。 その輝きがささやかなものであったって構やしない。
その人が何かで輝けるなら僕のできる限りその手伝いをしてやりたい。
僕の子どもたちもまだ原石だし、瀾もまた磨き甲斐のある原石だと思ってるんだ。
楽しいぜ…。 どんな光を放つかを想像するのは…。 」
昭二が…3人組が…ささやかでも小さくても光を放てるならそうしてやりたい。
久遠もそんなふうに思い始めた。
「久遠…城崎の家へ帰れ…。 瀾ももう馬鹿なことはしない。
これ以上誰にも罪を犯させるな…おまえ自身もだ…。
おまえが幸せになれば…やつらが戻ってきたときに何か力になってやれる。 」
久遠は唸った。確かに…修の言うことにも一理ある。
だが…修の言葉は理想だ…現実じゃない。やっぱりこいつは金持ちのぼんぼんだ。
それから先はもう久遠も修もその話をしなかった。
再び黙り込んでしまった久遠をそのままにしておいて、お先に…とばかり修は堂々布団に潜り込んで眠ってしまった。
この警戒心の無さが久遠には不思議でしょうがなかった。
俺はおまえを誘拐したんだぜ…。
子どものような顔で眠っている修の喉に人差し指で一文字を書いた。
剃刀ならとっくに死んでる…そう言って久遠は苦笑した。
もう間もなく紫峰家に到着するという頃になって、久遠は修にバッグの中の小さなビンの中にある液体を飲むように命じた。
「軽い睡眠薬だ。 何事も無くご帰館では格好がつくまい…。
眠ったところで屋敷の前に放り出しておいてやる。 」
久遠はニヤニヤしながら言った。
「そいつはお気遣い頂きましてどうも…。 残ってるやつでいいんだな。」
修はビンを取り上げてひとくちほど残っていた薬を全部飲んだ。
「おい…いま何を飲んだ? 小さいビンと言ったろう? 」
後部席を振り返りながら久遠は訊いた。修はビンを見せた。
確かにそれは小さいビンだったがバッグの中にはさらに小さいビンがあった。
「あっちゃ~。 原液を飲みやがった。 使用方法くらい読めよ。
おい…吐け! 何でもいいから無理にでも吐け! 」
久遠は車の外へ回ると後部ドアを開け、修を外にひっぱり出して薬を吐き出させようとした。
「おまえエロ本持ってないか…? 」
突然、修が妙なことを言い出した。
「持ってねえよ。 そんなもん。 それが何だってんだよ。 」
「エロ見ると吐く…。 気持ち悪くなるんだ…。 」
はぁ…?久遠は首を傾げた。どういう男なんだこいつは…?
あ…効いてきちゃった…修はふらふらと倒れ掛かった。
久遠はそれを抱きとめた。
とろとろと眠りの世界に入る寸前に修は久遠に囁いた。
「落ちるなよ久遠…止まるな…よ…這い上が…れ…。 」
そのまま深い眠りに自分が落ちた。
久遠は大きく溜息をつくと修をそっと座席に座らせた。
ま…3倍ほど飲んじまったが…弱い薬だから死にゃあすまい…よしとするか…。
下手すりゃ3日ほど目覚めんかもな…。
運転席に戻った久遠は本当に呆れたやつだと肩を竦めた。
だがそう言いながらもどこかその捉えどころの無さが羨ましかった。
どんな状況に置かれても前を向いて進むその姿勢も…笑い飛ばす強さも…己の中の闇を自覚する勇気も…それらはすべて久遠に欠けているものかも知れない。
久遠…這い上がれ…。
修の言葉が久遠の中でこだました。
久遠はいま年下の修によって磨かれようとしている自分に戸惑っていた。
俺もまた原石…?
にやっと笑った修の顔が目の当たりに浮かんだ。
次回へ
その日屋敷は訪問客で賑わっていたから普段より潜入しやすいはずだった。
昭二は誰にも何ひとつ告げずにひとり紫峰の屋敷へと向かった。
瀾を探し出しすべての決着をつけるつもりだった。
久遠のため長のため城崎の家のため愚か者を絶つ…。
だが昭二は紫峰家がどんな力を持つ家系なのか全く知らなかった。
紫峰家が能力者の一族だということは分かっていたが、まさか修のような化け物の棲家とは思ってもいなかった。
この家の青年を銃撃した時にそれほど抵抗がなかったせいもある。
久遠は紫峰家についての知識はなかったものの、紫峰家に隠された大きな力が存在することくらいは気付いていた。
ひょっとしたらそれは久遠をも越えるものかも知れず、久遠は瀾どころか昭二の命の方が危ういと感じた。
昭二の命には代えられぬと久遠は家の者に急を告げ、とにかく昭二を救うために紫峰家へ侵入するが、絶対に紫峰の連中とはまともに渡り合うなと言い含めた。
下手に応戦して戦いがエスカレートすれば城崎の家だけでなく樋野の家を潰すことになるとも言った。
昭二を納得させるために可能であれば瀾を連れ帰る。
できなければ無理をするなと忠告した。
「あの青年に怪我を負わせるつもりは俺にはなかった。
3人組はいきがってるわりには気の小さいところがあってな…。
多分…あの青年の不思議な力が怖ろしかったんだろう。
済まぬことをした…。 」
久遠は静かに語り終えた。
「はっきり言って…僕は史朗の胸を切り裂いた男だけは許せない。
戦いの最中に怪我をしたとか命を落としたというのなら分かる。
戦闘に怪我はつきものだしそれ自体が命のやり取りだってことは承知している。
だが…あれは拷問だ。
僕は僕の大切な宝箱の原石を傷つけられて黙っているほど寛大じゃないぜ…。」
原石…?久遠は怪訝な顔をした。
「史朗はこれから磨かれる原石だ。 近い将来必ず輝く…僕の宝石なんだ。
あの男はもう少しでその原石を叩き割るところだった。
おまえ…そこにとどまったり落ちたりするより…一緒に上れ。
昭二だって3人組だって磨けば光る珠かも知れんじゃないか? 」
原石を磨く…。久遠は昭二たちを仲間だと思って世話はしても、ほとんど同年代の者たちを育てようなんて全く考えたことはなかった。
子どもを育てるとか自分よりずっと若い者を育てるなら話は分かるが、3人組は二つ三つ年下なだけだし、昭二に至っては自分と同じ齢だ。
「あいつらが原石って齢かよ…。 」
久遠は苦笑した。
「なあに…自分より年上だって構わんのさ。 その輝きがささやかなものであったって構やしない。
その人が何かで輝けるなら僕のできる限りその手伝いをしてやりたい。
僕の子どもたちもまだ原石だし、瀾もまた磨き甲斐のある原石だと思ってるんだ。
楽しいぜ…。 どんな光を放つかを想像するのは…。 」
昭二が…3人組が…ささやかでも小さくても光を放てるならそうしてやりたい。
久遠もそんなふうに思い始めた。
「久遠…城崎の家へ帰れ…。 瀾ももう馬鹿なことはしない。
これ以上誰にも罪を犯させるな…おまえ自身もだ…。
おまえが幸せになれば…やつらが戻ってきたときに何か力になってやれる。 」
久遠は唸った。確かに…修の言うことにも一理ある。
だが…修の言葉は理想だ…現実じゃない。やっぱりこいつは金持ちのぼんぼんだ。
それから先はもう久遠も修もその話をしなかった。
再び黙り込んでしまった久遠をそのままにしておいて、お先に…とばかり修は堂々布団に潜り込んで眠ってしまった。
この警戒心の無さが久遠には不思議でしょうがなかった。
俺はおまえを誘拐したんだぜ…。
子どものような顔で眠っている修の喉に人差し指で一文字を書いた。
剃刀ならとっくに死んでる…そう言って久遠は苦笑した。
もう間もなく紫峰家に到着するという頃になって、久遠は修にバッグの中の小さなビンの中にある液体を飲むように命じた。
「軽い睡眠薬だ。 何事も無くご帰館では格好がつくまい…。
眠ったところで屋敷の前に放り出しておいてやる。 」
久遠はニヤニヤしながら言った。
「そいつはお気遣い頂きましてどうも…。 残ってるやつでいいんだな。」
修はビンを取り上げてひとくちほど残っていた薬を全部飲んだ。
「おい…いま何を飲んだ? 小さいビンと言ったろう? 」
後部席を振り返りながら久遠は訊いた。修はビンを見せた。
確かにそれは小さいビンだったがバッグの中にはさらに小さいビンがあった。
「あっちゃ~。 原液を飲みやがった。 使用方法くらい読めよ。
おい…吐け! 何でもいいから無理にでも吐け! 」
久遠は車の外へ回ると後部ドアを開け、修を外にひっぱり出して薬を吐き出させようとした。
「おまえエロ本持ってないか…? 」
突然、修が妙なことを言い出した。
「持ってねえよ。 そんなもん。 それが何だってんだよ。 」
「エロ見ると吐く…。 気持ち悪くなるんだ…。 」
はぁ…?久遠は首を傾げた。どういう男なんだこいつは…?
あ…効いてきちゃった…修はふらふらと倒れ掛かった。
久遠はそれを抱きとめた。
とろとろと眠りの世界に入る寸前に修は久遠に囁いた。
「落ちるなよ久遠…止まるな…よ…這い上が…れ…。 」
そのまま深い眠りに自分が落ちた。
久遠は大きく溜息をつくと修をそっと座席に座らせた。
ま…3倍ほど飲んじまったが…弱い薬だから死にゃあすまい…よしとするか…。
下手すりゃ3日ほど目覚めんかもな…。
運転席に戻った久遠は本当に呆れたやつだと肩を竦めた。
だがそう言いながらもどこかその捉えどころの無さが羨ましかった。
どんな状況に置かれても前を向いて進むその姿勢も…笑い飛ばす強さも…己の中の闇を自覚する勇気も…それらはすべて久遠に欠けているものかも知れない。
久遠…這い上がれ…。
修の言葉が久遠の中でこだました。
久遠はいま年下の修によって磨かれようとしている自分に戸惑っていた。
俺もまた原石…?
にやっと笑った修の顔が目の当たりに浮かんだ。
次回へ