徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第三十四話 過ちの代償)

2005-11-16 09:55:34 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 城崎の父親が再び紫峰家の門を潜ったのは、彰久が瀾の魂の記憶を読んだ日から数日を経てのことだった。
 城崎のせいで賊に押し入られたことに対する詫びとマスコミから城崎の超能力に関する記憶を消して貰った礼を言うために宗主に会いに来たのだった。

 修は城崎の待つ座敷に瀾を伴って現れた。瀾はいま比較的落ち着いて見えた。
あの日心の糸の切れかけた瀾を腕に抱いて修は一晩中囁き続けた。
きみのせいじゃない…君が悪いんじゃない…。
 
 それが効を奏したのか瀾は正気に戻ったように思えたが、心の中では絶えず自分を責め続けているに違いなく目が放せない状態だった。
 学校にいるときは岬が眼を光らせているので安心だが、帰宅した後は一左が必ず傍に置き、夜は修たちが交代でついていた。

 城崎の父親は以前と同じく大仰な挨拶を述べた後詫びやら礼やらを繰り返した。
妻を失ってもこの男のいたって精力的な雰囲気は変わらないが、やはりどこか心に隙間風吹くようなところがあるのだろう。
瀾を見るとあからさまに心配そうな表情を見せた。

 「失礼とは思いますが…少々立ち入ったことを伺ってもよろしいでしょうか?」

修がそう言うと城崎は怪訝な顔をしながらも頷いた。

 「瀾くんの兄上…あなたのもうひとりの息子さんについてですが…。 」

 宗主の前でも齢相応にどっしりと構えている城崎に明らかに動揺が見られた。
チラッと瀾のほうを伺ってから城崎は意を決したように答えた。

 「久遠のことですな…。 いつかは…話さねばならぬと思ってはいました。 」

大きく溜息をつくと城崎は宗主にというよりは瀾に向かって話し始めた。

 「樋野久遠(ひのくおん)…と今は名乗っている。
おまえとは16ほど齢の離れた兄だ。 」

瀾は彰久さんの話は本当だったんだ…と思い、悲しげな眼で父親を見た。

 「若い頃に心底惚れた女がおりましてな。 家格が違うので正式な夫婦にはなれなかったが…親の反対を押し切っていい仲になりました。
 まだ世間を知らん齢でもあって、お互い本当に幸せだと思っておりましたが、久遠が生まれてやっと周りに認められた頃に他界してしまいました。  
 
 この世で私以外に頼るもののない久遠が不憫であらん限りの愛情を注ぎました。
久遠に大きな力を感じた時には長として立つためのすべてをあの子に厳しく叩き込み、あの子もそれに応えてくれました。

お蔭で久遠は一族の中でも最も信頼の厚い男に育ってくれたのです。 」

久遠の姿を思ったのか城崎は少し誇らしげに微笑んだ。

 「親戚の勧めで瀾の母親を正妻に迎えた時も、久遠は嫌な顔ひとつせずに喜んでくれました。
 若い妻は…親子ほども齢の離れた私より久遠と話が合うようで、何かにつけて久遠を頼っておりました。

 久遠は…親の私が言うのも可笑しいが…頼もしく優しい男で…私は妻が久遠に惚れるならそれも仕方ないことだと思っていたのです。
 
 瀾が生まれたとき…一族の者はみな久遠の子だと信じて疑いませんでした。
私も…そう考えていました。

 それはそれでいい…久遠の子なら私にとっては可愛い孫…。
妻や久遠を問いただすこともなく…私はすべてを受け入れる覚悟でおりました。」

 修が大きく溜息をついた。笙子の生む子なら誰の子であろうと自分の子だと…修もまたすべてを受け入れる覚悟はできていた。

 修は自分とは絶対に相容れないタイプだと思っていたこの城崎という男の中に自分に近いものがあることを知り意外に思った。

 「ですが…そのことがかえって久遠を苦しめることになるとは思っても見なかったのです。
 久遠は私が久遠に疑いを抱きながら何も言わないことに悩みました。
瀾に対して私が久遠に見せたようなあからさまな愛情表現をしないことがさらに追い討ちをかけたようです。

 久遠は何も言わずに…自分に与えられた城崎での権利をすべて瀾に譲り渡して家を出ました。
 母親の実家樋野の家へ戻りました…。 樋野の家は母親の兄が後を取っていましたが子どもが無かったので久遠をたいそう可愛がってくれていたようです。 」

 城崎は誰より愛して止まない久遠をむざむざ他人に渡してしまったことを悔やんでも悔やみ切れぬようだった。

 「私の生涯で最大の失敗でした。 あの子の話を聞いてやろうともしなかった。
久遠は事実無根だと私に言いたかったのだと思います…。 」

 心なしか城崎の両の目が潤み、それを見ぬ振りをして修はそっと目を伏せた。
瀾が恐る恐る城崎に訊ねた。

 「俺は…本当に兄貴の子どもじゃないの…? 」

瀾の不安げな問いかけに城崎は大きく頷いた。

 「おまえには樋野の血は入っていない。 間違いなく私の息子だ。
久遠にもその話はしてある。
 だが…今となってはそれが分かったところでどうにもならん。
久遠が戻って来てくれる訳でもない…。 」

 城崎の溜息がいっそう大きく聞こえた。
過ちは誰にでもあることとはいえ城崎の場合はその代償があまりにも大き過ぎた。 それも息子久遠を愛するがゆえに久遠のためにと思ってしたことが裏目に出ての切ない過ちであった。



 裏庭で急に焚き火をし始めた瀾の姿を修は不思議そうに眺めていた。
傍で透が手伝っているが、この頃の子どもはめったに焚き火なんぞしないからまあなんて下手くそなこと…焚き付けをして火を起こすこともせず…火にくべるというよりはご丁寧にも一枚ずつ何かを燃やしている。

 「何を燃やしてるんだ? そんなんじゃ日が暮れちゃうぜ。 」

修が覗き込もうとすると後ろから隆平が引っ張った。
 
 「だめ! 修さんはあっち行ってて。 あの変態写真燃やしてんだから…。
またカエルさんが始まるよ。 」

変態写真…思い出しただけで修の胃がむかむかしてきた。

 あの後、城崎から内妻の頼子の話を聞いた。
子どもの頃から貧しさゆえに酷い生活を強いられてきた女で、城崎と出会った時には落ちるところまで落ちたと言わざるを得ないような状態だった。

 樋野の家の者ではないが縁のある女で久遠の母親に似ていたことから城崎はすべての悪い過去と縁を切ることを条件に頼子を救い出してやった。
 酷い育ち方をしてきた割には気働きが良く、瀾が思っているほど悪女ではないと城崎は笑った。 

 瀾は父親を奪った女を許せずに興信所に依頼してその女の淫らな姿を写真に収めさせた。
父親の眼を覚まさせようとしたのだが父親はすでに女の過去をすべて知っていた。
 もはやその写真は何の意味もなく…それを撮らせた自分の驕りを物語るだけの代物だった。

 瀾の心情を思いやると本当に切ない気持ちになるが…今の修は自分の胃を回復させる方が最優先だった。
 
 「雅人は…? 」

修は顔を背けながら三人に訊ねた。

 「部屋にいるよ。 …雅人…! 修さんがまたカエルさん…! 」

 隆平がそう呟くと母屋の方で階段を駆け下りる音がギシギシと鳴り響いた。
階段は早急に作り直した方がよさそうだと胃を押さえながら修は思った。

 「もう…だめじゃないか…。 前もってここには来るなって言っておかなきゃ。
何にでも首を突っ込みたがるんだからこの人は…。 
焚き火なんかやったら大喜びで近づいてくるに決まってるだろ! 」

 飛んできた雅人は三人に文句を言いながら修の背中を擦った。
おまえ…またひとを変人扱いしてるだろ…と修は雅人を横目で睨んだ。

 「修さん…ほら部屋へ行くよ。 歩ける? 」

 「平気…ちょっと胃に来てるだけ…。 」

修は胃を押さえたまま自分で母屋の自分の部屋まで戻った。

部屋のベッドに横たわると雅人が再び背中を擦り始めた。

 「顔色そんなに悪くないから…今日はすぐ治りそうだね…。 」

 雅人はそう言いながら修の胃の辺りも擦ってやった。
しばらくそうして治療をしていた雅人は急にぴたりと手を止めた。
修が怪訝そうな顔で雅人の方を見ると雅人の頬を一粒二粒と涙が伝っていた。

 「こんな後遺症…消えてなくなればいいのに…。 つらいよね…。
修さん…どんなに好きな人とでも…思うように愛し合えないなんて…。 」

修は驚いた。笙子が話したのか…。

 「ごめんね…それほど酷い状態がまだ続いているなんて…気付きもしないで…。
好き放題勝手なことして…修さんを傷つけるようなことばかり言って…。 」

雅人は涙声で修に謝った。
 
 「心配するなよ…そんなにまでひどくないってば…。 大丈夫さ…。
こんなこと気にしてたら本当に誰ともまともに愛し合えなくなっちゃうだろ…。
僕は…笙子が好き…史朗が好き…おまえが好き…それでいいじゃないか…。
誰にも触れられなかったら悲しいけれど…僕なりに触れられるんだからさ。 」

 修は笑いながらそんなふうに雅人に言った。
うん…と頷きながら雅人は背中を擦り続けた。

 「僕の本音を聞いておいてくれるか…? 二度とは言わない…。 」

 突然…修は真面目な口調になった。
うん…と雅人は答えた。

 「…つらいよ…雅人。 …悲しいよ…。 …切ないよ…。 …苦しいよ…。
でも…それだけのことだ…僕ひとりの胸にしまっておけばいい…。
 聞かなかったことにしておいて…すぐ忘れてくれよ。
だって…可笑しいだろ…いい歳をして…でかい図体して弱音を吐くなんて…さ。」

 声を上げて修は笑った。
雅人は黙って修の治療を続けた。修をこんな酷い目に遭わせ続けている男は今は伴侶も得て幸せな生活を送っていると聞いた。

 「割が合わないよ…。 あいつは結婚して幸せいっぱいだって聞いてるし…。
修さんだけが未だに苦しんでるなんて…。 」

 その男の犯した過ちの代償をなぜ被害者である修が受けなければならなかったのか…。 
雅人はその不条理さに腹が立って仕方がなかった。

 「そうか…唐島は幸せに暮らしてるんだ…。 良かったな…。
あいつが幸せになれたのなら…それで良しとしようじゃないか…。 」

そう言って修はまた楽しげに笑い声を上げた。

 「修さんそれ本気…? お人好しにも…ほどがあるよ…。 」

雅人が怒った。

 「そうカリカリすんな雅人…。 僕の生活…悪くないだろ?
美人で優しい奥さんと父親思いの息子が三人…頼りになるお祖父さまと僕を心から慕ってくれる恋人…僕を愛し心配してくれる何人もの友人がいて…心優しい同居人が大勢いる。
もうじき子どもも生まれるんだ…。

 僕の周りの人たちはみんな僕を心から愛して支えてくれる人ばかりじゃないか?
これはすごく幸せなことなんだぜ。 これ以上文句言ったら罰が当たるさ。 」

 修はそう雅人を窘めた。
雅人は納得がいかない様子だったがそれ以上は何も言わなかった。

 修の脳裏にふと城崎の父親の姿が浮かんだ。
問題が解決すれば少なくとも瀾だけは父親のもとに戻るだろう。
父子はそれなりにお互いに愛し合い支え合って生きていくだろう。
でもできれば…そこに久遠の姿があって欲しい…。

そのためには…久遠にこれ以上の罪を犯させてはいけない…。

 久遠…まだ間に合う…。
今ならやり直せるぞ…。

 修はその男に心の中でそんなふうに語りかけた。
届くはずもなかったけれども…。





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