徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第三十話 容易ならざる敵)

2005-11-09 23:47:46 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 空間に映し出された映像を見ながら一左は唸った。
どの能力者もまるで示し合わせたように力をセーブし、こちらの気が抜けるほど本気を出していない。
取り敢えず修だけは久々の喧嘩を楽しんでいるみたいだが…。

 「宇佐さんから聞いてたけど…修さんやっぱり喧嘩強いね。
雅人たちより凄いかも…。 」

隆平が妙なことに感心した。城崎が信じられないという顔で画面を見つめていた。
 
 「俺さ…あの人は穏やかな秀才タイプだと思ってた…。 背は高いけど見た目スリムだからさぁ…。 」

城崎が意外そうに隆平に話しかけると隆平は同感とでも言いたげに頷いた。

 「ねえ…お祖父さま。 相手は多少なりと力を使っているように思えるのだけどまるっきり効いてないね。 僕の思い違い? 」

隆平は不思議そうに一左を見た。 一左はにっこりと笑った。

 「だから…あいつは化け物だと言っただろう。 相手の力がそれほどでなければ力を使わずともある程度までは戦えるんだよ。 
 力を使う時には思いっきり控えめにしておかないと、うっかり本気出したら大変なことになるんだ。 
 だが…こんなに悠長な戦いは初めてだな…。 」

怪訝そうな顔で一左はもう一度映像を覗き込んだ。 



 剣を操り舞うように動きまわる史朗は男たちの攻撃をするするとかわし、時には逆に男たちを攻撃した。 
 背の高い男と筋肉男は代わる代わる史朗に襲い掛かり、何とか史朗から剣を奪おうとしたが思うに任せなかった。

 金属の棒を振り回した男が再び史朗に襲い掛かった。
棒と剣が触れた瞬間史朗の脳裏にとんでもない情報が飛び込んできた。

 「その棒…血の匂いがする…。 」

 史朗にはそれが城崎の母親を殺した凶器であることが分かった。
棒は史朗に触れることを嫌がり、再びあらぬ方向へ男を引きずり倒した。

 「こいつ…何か気付いたぜ…。 」

 背の高い男が言った。
筋肉男がそっと史朗の背後に回った。

 背の高い男はポケットから刃物を取り出すと史朗を切りつけた。
けれども男の刃物は史朗を刺すのを嫌がり、男の手から抜け落ちた。

 史朗が相手の刃物に気を取られている隙をついて背後から筋肉男が強力な衝撃波を史朗に浴びせた。
 史朗はかろうじて剣によって護られたが、剣はその衝撃で史朗の手から弾かれてしまった。

 剣を取ろうとしたその瞬間に筋肉男は史朗を羽交い絞めに締め上げた。
史朗の肩に鋭い痛みが走った。

 「こいつは道具を操る力を持っている。 ならば…道具を使わなければ問題あるまい…。 」

背の高い男はどうやら三人の中のリーダー格のようだ。

 「おまえ…城崎の居場所を知っているな? 紫峰には極力手を出すなと言われているが…俺たちは他のやつらほどお優しい人間じゃない。
おまえを殺すのも厭わない。 」

 リーダー格はその指で史朗の頬をなぞった。
まるでかみそりをあてそこなったように史朗の頬を血の筋がつたった。

 「知らん。 鬼面川の祭主にとって死は御大親の御許へ帰ること。
何を怖れよう…。 」

 筋肉男はさらに史朗を締め上げた。両の肩が悲鳴を上げた。 
背の高い男はサディスティックな笑みを浮かべ、その指先を史朗の胸の辺りに向けてゆっくりと移動させた。
指の動きに合わせて史朗の胸の皮膚が裂け鮮血が裂けたシャツを濡らした。

 「この傷口を少しずつ切り裂いて心臓を取り出してやろうか…ん? 」

史朗の脳に笙子の悲鳴のような声が聞こえた。

 『もう我慢できないわ。 今助けてあげるから…。 手を出してもいいわね。』

 『だめだ笙子! 手を出すな! その子を…御腹の子を護れ! 』

再び男の指先が同じ傷をなぞった。激しい痛みが史朗の身体を苛んだ。
 


 生々しい映像を目の当たりにして、城崎は思わず顔を背けた。

 「お祖父さま! 手を出していい? ほっといたら史朗さんが死んじゃうよ!」

 隆平が怒りをあらわにした。隆平にとっては同じ鬼面川主流の血を引く肉親だ。
このまま黙って見てはいられなかった。

 「隆平…鬼面川の祭主を甘く見てはいかん。 史朗は大丈夫だ。 
鬼面川歴代の中で最強と謳われた将平と並び称せられる閑平の魂を持つ祭主だ。
おまえも鬼面川なら史朗がどう切り抜けるかを良く見ておきなさい。 」

一左はそう隆平を窘めた。



 修に足止めを喰らわそうとしていた格闘系の男たちは他愛もなく次々とハーフコートの目の前に沈められていった。

 母屋の方からまるで蝿のように集るこれもあまり力を持ってなさそうな連中をひとりふたりと弾き飛ばしながら雅人が駆けつけて来る姿が見えた。

 近づいてきた雅人に傷跡の男がいきなり銃を向けた。
咄嗟に修は背後から跳び蹴りを喰らわしたが、その動きはハーフコートの男にも捉えられなかった。
 
 「うちの子に銃を向けんなってぇの! 」

 強烈な蹴りを入れられて男はその場に倒れ伏した。
修は執拗にその男の首根っこを捕まえると軽々と持ち上げてハーフコートの足元に叩き付けた。

雅人はそれを目の当たりにして、まずい…切れてるし…と呟いて天を仰いだ。

 「宗主! その辺でやめ! 宗主! 」

雅人は『宗主』を連発した。修が実に愉快そうな顔を向けた。

 「宗主…カエルさんは? 」

さっきまで死にそうな顔をしていた人と同一人物とは思えなかった。

 「どっかへ飛んでったみたいね。 気分爽快。 」

 それを聞いて今度から発作が起きたら喧嘩をさせればいいんだと雅人は思った。
喧嘩相手がいるかどうかは知らないけど…。

 修はハーフコートの男に目を向けた。
 
 「事情を説明して貰おうか…。 見たところ誰も本気を出していない。
これはただのデモンストレーションか?

 紫峰の実力を試しに来たにしては人数が多過ぎる…。
城崎を奪いに来たにしてはやる気が無さ過ぎる…。

 おまえたちはいったい何を考えている? 」

ハーフコートの男はにやっと笑った。

 「だから言っただろう…。 聞かない方がいいんだ。
ただ…静かに城崎を渡してくれればそれで済む話だ…。 」

 仲間が倒れてしまっていても男は一向に気にする様子も臆する様子も無く、飄々と修の方を見てにやけた笑みを浮かべている。

 「断る…。 こんな茶番に付き合わされるのは心外だ。
仲間を連れて早々に屋敷から出て行ってくれ…。 」

 修は男に背を向けた。
洋館の方へ一歩進みだそうとした途端、周りの空気が地震のようにびりびりと震動を始めた。
 振り向いて思わず目を見張った。
ハーフコートの男から凄まじいほどの念の波のうねりが感じられた。
地の底からマグマの吐き出される寸前の地面の唸るような轟音があたりに響き渡り、それはやがて本当に地を揺り動かした。

 その揺れに雅人が足を取られて転がった。
屋敷のあちらこちらで驚き叫ぶ声が聞こえた。

 林の老木がぎしぎしと音を立て根の弱いものが倒れた。
やがて男が静かに力を抜きようよううねりは収まった。

 「紫峰宗主…分かるだろう…。
俺とおまえが正面からぶつかったらこの世がどうなってしまうか…。
俺は決してお前の力を見誤ってはいないはずだ…。

 配下の者が本気出して戦えば俺もおまえもやがては戦わざるを得なくなる。
その戦いは絶対に避けねばならない…。

 俺はただ配下の者たちと静かに暮らしたいだけのことだ。
それには城崎が邪魔なのだ…。 」

 ハーフコートは溜息混じりに語った。
当てのない長い旅でもしてきたかのように男の顔は疲れきっていた。

 容易ならざる敵と思いながらも修はどこかで男の心に共感できるものを感じた。
やつもまた背負いきれぬほどの重荷を背負って立っている…。
だが…だからと言ってはいそうですか…と言う事を聞いてやるわけにはいかない。

 「おまえの言いたい事は分からないでもないが…城崎は渡せない。
どんな理由があるにせよ…罪の無い若者の命を犠牲にすることは許されない。
道はひとつではない…他にとるべき道を考えるがいい…。 」

 修はそう応えた。
ハーフコートは首を横に振った。

 「もはや…とるべき道はひとつ…。 」

男は悲しげに呟いた。




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