徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第二十七話 戦いの幕開き…敵将現る!)

2005-11-05 22:50:22 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 年明けて年始行事が始まった。
大晦日の早朝に潔斎をしてから元旦の早朝に掛けて祈祷所に籠り年送りの祭祀をしていた宗主は、まだ暗いうちから祖霊への新年の挨拶のため紫峰式の祭祀を行った。

 相伝を終えてからはこの潔斎と祭祀に透と雅人が加わり、次期宗主と後見としてその作法を学んでいた。
 修は昔から祭祀前の潔斎には厳しく、相伝の時などは何日も塩水だけで食事を取らなかったほどだ。
 それに比べれば一日だけの潔斎など何でも無いことのように思えるのだがまだ慣れていないふたりにはやはりきつい。
ついつい他事に気を散らせてしまう。

  『そ…潔斎寸前まで雪の精とお戯れで…。』

  『え~有りえんし~。 大雪降るぜ~。 』

こそこそと無駄口を叩いていると拳骨が飛んできた。 

 「集中しろ! 悪口はこれが終わってからいくらでも言え! 」

 宗教色の薄い紫峰家の祭祀は鬼母川のようにその祭祀自体に力があるというものではなく、祖霊に対して祈りや感謝を捧げる儀式に過ぎないのだが、それでも代々の宗主によって大切に受け継がれてきた慣習なだけに疎かにはできない。

 祖霊への新年の挨拶を終えると祈祷所を出て最長老の許へ行き、挨拶を交わしてようよう年送りと年迎えの儀式が終わる。
 
 雅人も透も我先にと朝食の席に走った。
はるが用意させたお正月の朝のご膳はこのふたりによって見事に平らげられた。

 ふたりが朝食を済ませた後に修が席についたが、はると二言三言話しただけでご膳を口にする様子はなかった。
 雅人がそっと覗き見ると修はひどく気分が悪そうで今はいつもの塩水さえも受け付けない様子だった。

 背中をとんとんと叩かれて振り返ると笙子が手招きした。
雅人は笙子に誘われるままに修のいる食堂から離れた部屋までついて行った。

 「ずっとあんな調子だったのに傍にいても気が付いてなかったの? 」

 笙子が睨むような眼をして雅人に言った。
雅人はうんと頷いた。

 「頼りないわね…相手が私でも発作が起きるときには起きるの。 
女でも男でも関係ないわ…。 いつどんな時に起こるかも分からないし…どんなに好きな相手でもだめな時はだめなのよ。」

笙子は切なげな顔を窓の方に向けた。 

 「なぜ…修があんなに苦しまなきゃいけないのかしらね。
温かくて優しくて…本当にいい人なのに…。 
何にも悪いことはしてないのに次から次へと悲しいことや苦しいことばかり…。」

 雅人は衝撃を受けた。
修の後遺症は雅人が思っていたより重症で花の精だの雪の精だのジョークで済まされるような単純なものじゃなかったのだ。

 「史朗ちゃんには言わないでね。 気にするといけないから…。
あなたにはある程度修の状態が読めるから大丈夫だけど、史朗ちゃんにそうしろというのは無理だから…知らないほうがいいのよ。
発作は頻繁に起こるわけじゃないし…何事もなければそれでいいわけだから。

 修ね…好きな人の肌に触れることさえ無条件にはできないの。 滑稽でしょ? 
自然に任せて身を重ねることさえ簡単には許されないなんてね…。
滑稽すぎて…涙が出るわ…。 」

 笙子は本当に泣いていた。笙子もまた治らない後遺症に苦しんでいるひとり。
ふたりの過ごしてきた歳月の重さを知らず、透とふたりでおもしろ半分に寝室覗きをしたりして本当に悪かったと思った。
 
 「正月から涙は禁物だよ。 笙子さんらしくない。 これからお客の挨拶を受けるんだから…化粧崩れるよ。
 修さんもさ…いつもカエルさんって訳じゃないし…あれで結構楽しんでる時もあるんだしさ。
史朗さんのことだってこの前は平気だったよ。 」

 化粧が崩れたら齢ごまかせないよ…と雅人が言った。
何ですって…!と笙子に睨まれて雅人はからから笑いながら退散した。

 泣きたいのは雅人の方だった。
修さんごめん…知らなくて酷いことばかり言ってた…。
雅人は自分の部屋に飛び込むと少しだけ涙を流した。
これからお客を迎えるから悠長に泣いてなんかはいられなかったけれど…。
 


 修たちが待機している奥の座敷に行く前に、雅人は急いで鈴に会いに行った。
忙しい日なので誰も話し相手がいなくて寂しい思いをしているだろうと思った。

 鈴の部屋の前で雅人は大きく深呼吸した。
この人に正月から悲しい顔は見せられないよな…。

声をかけると中から返事があった。雅人はボケットから小さな袋を取り出した。

 「鈴さん…どう? 御腹…大丈夫? 」

 襖から覗き込みながら雅人は訊いた。
鈴は椅子に腰掛けて編み物をしていたが雅人を見ると手を休めた。

 「大丈夫ですよ。 どうしたんです? 早く行かないとまた叱られますよ。 」

 鈴が笑いながら言った。
雅人は持っていた小さな袋を手渡した。

 「まあ…金平糖じゃありませんか。 可愛いこと…。 有難うございます。 」

 「隆ちゃんに貰ったんだ。 孝太さんがまたいろいろ送ってくれたんだって。」
 
 鈴は自分のためにわざわざ寄り道をしてくれた雅人の気持ちを嬉しく思った。
こういうところは宗主にそっくりだわ…とも思った。
また後で…と言って雅人は鈴の部屋を飛び出し座敷へと急いだ。



 
 猛烈に忙しい元日が終わった。
大晦日の朝に降っていた雪は幸いに積もらなかったので、客たちの足を悩ませることもなかった。
 身重の笙子の身体に障るといけないので修は時々笙子を奥で休ませていたが、自分はいつもどおり笑顔で一族の年賀の挨拶を受けた。

 客たちは修の体調の悪さには気付きもしなかった。
それほど平然と応対を続けた。

 彰久だけが心配そうに声をかけた。
顔色が冴えませんね…ご気分が悪いのでは…と…。
修は穏やかな笑みを浮かべ、いやなに…風邪など少々引きまして…と答えていた。

 史朗は家族の末端に座して舞の生徒たちの挨拶を受けていたが、やはり修の様子には気付いていなかった。
笙子の言うとおり史朗には話すべきではないと雅人も思った。
 
 年賀の客がすべて引き上げてしまうと、家族は居間へ集まってようやくほっと一息ついた。
 修も回復してきたように見えたが、それほど食欲があるようには思えなかった。
みんなが揃っての夕のご膳が始まっても僅かに汁物に手をつけた程度で、ただ穏やかに笑いながらみんなの話を聞き相槌を打っていた。

 

 笙子とふたりで洋館の寝室へ戻る道で笙子はやっと修に声をかけた。
みんなの前では何を訊くわけにも行かず、ずっとやきもきしていたのだ。
 
 「二日間つらかったでしょう? 具合はどう…? 」

心配そうな眼で自分を見ている笙子を安心させるように修は笑顔を見せた。

 「自業自得さ…。 ついふらふらと雪の精に手を出しちゃったからな。 
無理だって分かってるのに馬鹿だねぇ…僕も。 」

笙子は黙って修の腕を取った。

 「少しづつ良くなってはいるんだから焦らないのよ。
発作回数だって症状だって確実に治まってきてるんだし…。 」

 「そうだね…。 せめて…きみとの時だけはずっと治まってて欲しいな…。 」

 少し寂しげな笑みを浮かべた。
しんと静まり返った林の道でふたりの足音だけが響いていた。

 突然、修の様子が変わった。
笙子も何かの気配を感じ取った。

 「笙子…そのまま止まらず家まで走れ。 御腹に障るから絶対転ぶなよ。 」

笙子は頷くと早足で先に進んでいった。修はわざとゆっくり歩いた。

 「史朗…聞こえるな? 笙子が家に着いたら鍵をかけるんだ。
何があっても笙子を外に出すな。 おまえもだぞ。 」

 『分かりました。 でも何があったんです?』

 史朗の問いかけには答えなかった。
すでに修の背後にはいくつかの影が姿を現していた。



 母屋の方でも透や雅人が異変を察知した。屋敷内は俄かに騒然となった。
雅人はまるで修のようにすばやく周りに指示を下した。

 「隆平…城崎と一緒にお祖父さまの部屋へ行け! 絶対城崎を外へ出すな! 
慶太郎…使用人たちが外に出ないように指令を出せ!
配下の者には屋敷の外を囲ませろ! それから…鈴を頼む…。 」

雅人に指示されたとおり皆が動いた。

 透は雅人とふたり屋敷の外へ出ると屋敷の出入り口をいっせいに施錠した。
屋敷は外界と遮断された。

今のところ母屋周辺に人影はないが敵の狙いが城崎にあることは分かっている。

 「雅人…僕がここに残って母屋を警護するからおまえは修さんの手伝いに行ってくれ。 」

 「分かった。 気をつけろよ。 今回はひとりやふたりじゃないぞ。 」

雅人がそう言うと透は頷いた。

 「おまえもな。 」

雅人は手を振ると修のいる林の方へ駆けて行った。

 

 外灯の灯かりの中にハーフコートの男が立っていた。
以前城崎が刺された時に囮になっていた男だ。
この男が他の者に指示を与えていることは明らかだった。

 「遅くにお訪ねして申し訳ないね。 宗主…。 」

男はゆったりとした口調で修に話しかけた。

 「お願いがあって罷り越した。 どうか利いてもらいたい。 」

修は穏やかな笑みを以ってそれに応えた。

 「うちの息子に銃を向けたのはきみか? それともその男か。 」

ハーフコートの後ろにいる傷跡だらけの男を顎で示した。

 「ああ…悪かった。 息子さんに痛い思いをさせる気はなかったのだが…。
うちの者は銃の扱いは不得手でね…。 何しろ慣れていないもんで…。
この間も警官の方を撃ってしまった。 」

 ハーフコートは申し訳なさそうに言った。
傷跡の男がにやりと笑った。

 「だから…中てたくなくても中ってしまうかも知れないんだよ。
あなたの胸にもね…。  」

今度は修の方がふっと堪えきれぬように笑った。

 「脅しは時間の無駄…。ご用件は…?城崎を出せというのならお断りするよ。」

ハーフコートはじっと修を見た。

 「宗主…なぜ城崎家に肩入れする。 
紫峰家は藤宮家以外の他の能力者とは一切関わってこなかったはずではないか?
まあ…鬼母川とは付き合いがあるらしいが鬼母川は特殊だし…組織というほどのものではない。 」

 ハーフコートは実によく紫峰のことを知っていた。
いったい何者だろう…と修は考えた。 紫峰のことを知る能力者…。
 しかもこの男は鬼母川のことまで知っている。
鬼母川という過去の家系のことは同じ能力者でも誰も覚えていないはずだった。

 「別に城崎の家に肩入れしているわけじゃない。 
r瀾くんは息子の学友だからほっとけないだけさ。 」

それを聞いてハーフコートは鼻先で笑った。

 「相変わらず人の好いことだな…。 
千年も昔に鬼母川を助けるために明日をも知れぬ病の床のおまえがすべての力を尽くしたのを思い出す。 」

 修の顔に驚愕の色が浮かんだ。
樹のことを知っているのか…? 
この男もまた誰かの生まれ変わりか…?

 しかし、当時のことを考えても樹が鬼母川一族を逃がした経緯を知る者はほとんどいないはずだ。
それなのにこの男はまるで身近にいたような口ぶりではないか…。

 そこまで考えて修は気を取り直した。
まあ…過去のことは後でいい。 おいおい分かることだ。 
現在のことに集中しよう。

 そう思った途端、男の意識が自分の中に入りかけていたことに気付いた。
なるほど…過去を読んだか…。
う~ん…なかなかの腕前…油断はできないね…。

 修は絡み付いてくるようなハーフコートの男の意識を跳ね除けた。
それと気付いた男はにやりと笑った。

 「さすがに切り替えが早い。 遠い過去しか読めなかった。 
現在ならもっと面白かろうに…。 」

 男はさも可笑しそうに声を上げて笑った。
その手がもう二度と効かないことも分かっているようだった。

 修とハーフコートの男は何気なくお互いの力を探り合っていた。
紫峰家が今まで避け続けてきた最も忌むべきもの。
同じ能力者同士の戦いの幕が今切って落とされようとしていた。




次回へ