離れの一左の部屋では城崎が落ち着かない様子であたりの気配を探っていた。
隆平は雅人に言われたとおり、城崎が早まって飛び出していかないように注意を払っていた。
「少し落ち着きなさい。 この屋敷は内外から封鎖されておるからそう簡単にはやつらも入っては来られん。 」
実践経験の無い城崎はそれでも心配そうに一左を見た。
「僕のせいで宗主や透くんたちに何かあったら申し訳なくて…。 」
それを聞いて一左は声をあげて笑った。
「なに…あの三人ならそう簡単にやられることは無い。
それほど気になるなら…どれ…外の様子を見せて進ぜようかな…。 」
特殊な力に長けていると言われている一左は部屋の真ん中に多角形ののゆっくり回転する空間を作った。
そこには三人それぞれの様子が鮮明に映し出されていた。
回転する空間の映像は臨場感たっぷり…。
その場に居るのが自分であるかのようにさえ感じられる。
まるでバーチャルリアリティだ…と城崎はその力に感心した。
さすがはゲーマーのお祖父さま…と隆平は胸のうちで拍手した。
「城崎くん…よく見ておきなさい。
いずれはきみも一族の長として戦わねばならなくなる。
それに…もっと肩の力を抜きなさい…それでは戦えない。 」
緊張して硬くなっている城崎に一左はそう語った。
鈴の部屋でははるが何が起こっても対処できるようにと控えていた。
西野も配下の者と連絡を取りながら二人の傍を離れずにいた。
「鈴さましばらくお身体がおつらいでしょうが、緊急事態ですので堪えてくださいませ。」
はるは鈴を励ますように言った。
「大事ありません。 私にも何が起きているかくらいは分かります。
身体がこんな状態でなければ戦いに出ますものを…かえって護って頂いて宗主に申し訳がない…。 」
西野は驚いて鈴を見た。西野は鈴のことを能力者とは見ていなかった。
良妻賢母風のお嬢さまだとばかり思っていた。
「意外ですか? 慶太郎さん…。 笙子さんほどではないけれど私もある程度は使えますよ。 」
鈴は愉快そうに笑った。
今までの悲壮なイメージが全部崩れていきそうなくらい明るかった。
ハーフコートの男は修の意識から千年前の記憶を読んだ。
過去を知っていると思わせて動揺させるのが狙いだったのだが失敗に終わった。
そのことがかえって修の意識の壁を硬化させた。
「なぜ…城崎を殺そうとする? これほど執拗に狙う必要がどこにあるのだ?
あの子が誰かの恨みを買っているとは思えないが…。 」
修がそう訊くとハーフコートはにやりと笑った。
「本人に恨みなどはない。 ただ邪魔なだけだ。
あなたにも分かるだろう…自分では気付いていないがあの子にはまだまだ成長する余地がある。
危険なものは芽のうちに摘んでおいた方がいいのだ。
詳しい話は聞かぬ方が身のためだよ。
我々はあなたの一族を害するつもりはないのだから。
だが…どうしても城崎を渡して貰えぬのなら…不本意ながら少々手荒なこともせねばならない。」
傷の男が修に銃を向けた。
なぜこの男はわざわざ飛び道具を使うのだろう…と修は訝しく思った。
「僕にそんなもの向けても無駄だ。下手をするときみの腕の方が吹っ飛ぶよ。」
男は少したじろいだ。
「宗主の言われるとおりだ。 銃など利く相手ではない。
だが…撃て。 」
男は空に向かって銃を撃った。その銃声があたりに響いた。
「宗主…今の銃声を聞いた仲間たちがいっせいに動き始める。
ご家族が恐ろしい目に遭うことになる。 どうか…今のうちにいい返事を…。 」
ハーフコートは修に決心を促した。修の周りにもばらばらと人が集まってきた。
修は冷めた目を男たちに向けた。
「生憎…物分りが悪いもので…。 ご期待には添えそうもないが…。 」
不思議なことに修の周りの男たちにはそれほど大きな力を感じられなかった。
むしろ腕っ節の強そうな者たちばかり集められているようだった。
ここで足止めを食らわすつもりだな。母屋へ行かせないための時間稼ぎか…。
ふっとまた修の唇に笑みが浮かんだ。
「ほんとに遊んじゃっていいのかなぁ…。 後で恨みっこなしだぜ。 」
人が変わったような修の口調にハーフコートは思わず引いた。
修の眼が獣のように闇に光った。
屈強な男たちが修に襲い掛かった。
が…次の瞬間ひとりが吹っ飛んだ。ふたりめが空を舞った時さすがに男たちも腕っ節だけでは通用しない相手だということが分かった。
「長…あいつ力を使ってるわけじゃありませんぜ。 ありゃぁただの喧嘩だ。
それもすげぇ場馴れした様子で…。 」
傷の男が驚いたように言った。
「なるほど…あの程度のやつらには力など要らぬというわけか…。
あの大きな身体は伊達じゃないのだな…。 」
ハーフコートの男は半ば感心したように呟いた。
洋館の周りを誰かがうろつく気配がしている。
窓もドアも防犯用の強力な素材が使ってあるからそう簡単には壊されないが、相手が能力者ならそれも意味が無い。
大窓もすべて防犯用のシャッターを下ろしてあるがそれも気休め。
多喜が不安そうに見えない外の方を見る。
笙子も自由にならない身体を抱えてもどかしげにしている。
身体の負担を考えると身重の笙子を戦いの場に出すわけにはいかない。
家から出るなと言われてもこのままではやつらの方から家の中に入ってくるのは時間の問題。
何とかして笙子を護りたい…。護らなければ…。
そう思った時、史朗は身の内から何かが押し寄せるのを感じた。
手のひらが異様に熱い。
史朗のその手に現れつつあるものを見て史朗自身も笙子も驚きを隠せなかった。
華翁の剣…鬼母川の社にしまわれてあるはずの閑平の剣だった。
戦えと鬼母川の御大親が申されている…史朗はそう思った。
「笙子さん。 僕がここを出たらすぐに鍵を掛けてください。 何があってもここから出ないで。 多喜さん…笙子さんを頼んだよ…。 」
「だめよ。 史朗ちゃん。 修がここに居ろといったでしょう。 」
慌てて笙子が止めた。史朗が剣を差し出した。
「御大親の御意思です。 あなたは修さんの妻だけれど同時に僕の妻でもある。
命掛けて護れとの御大親の御言葉です。 」
そう言われると笙子も止めることはできなかった。
鬼母川の祭主にとって御大親の意思は何より大切なもの…尊いもの。
他の一族が口を出せることではないのだ。
「気をつけるのよ。 すぐに倉吉たちも駆けつけるわ。 」
笙子の言葉に史朗はにっこり笑って頷いた。
銃声を聞いた男が三人洋館の周りをうろうろしていた。
洋館の裏に回って出入り口を確かめてから表の方へ戻ると玄関のところに白くぼんやりした光を放つ若い男が立っていた。
「こいつはまた妙に華奢なやつが出てきたもんだな。 」
全身筋肉と思しき男が不気味な笑顔を浮かべて言った。
「よせよせ…こいつが普通なんだ。
紫峰のやつらが揃いも揃ってでか過ぎるのよ。 」
少し背の高い男がそう言って笑った。
「おかしいな。 こいつ能力者の気配がしねえ。 普通の人間だぜ。 」
金属の棒を手にした男が訝しげに言った。
三人の顔から笑いが消えた。
「おい兄ちゃん。 分かってるのか? 並みの人間じゃあの世行きだぜ。 」
史朗は微笑んだ。
「そうでしょうね。 でも僕はあなたたちのような能力者じゃありません。
どっちかって言うと普通…。 」
史朗の丁寧語に筋肉男はイラついた。
「調子こいてんじゃねえぞ! ちょっと痛い目にあわせてやる。 」
御大親よ…戦うことをお許しください。
殴りかかってきた男を史朗は剣の背で薙ぎ払った。
華奢に見える史朗の動きに油断していた三人は愕然とした。
金属棒を持った男が史朗の剣に対抗して棒を振りかざした。
途端に腕の自由を失ってひっくり返った。
史朗は何もしていない。その男に触れてもいない。
これが鬼母川のもうひとつの力だ…。思うままに道具を操る能力…。
白く光るその若い男の力に三人はなにやら不気味なものを感じた。
自分たちとは違う種…彼らの知りえないその力。
未知の力への恐怖が三人を次第に逆上させていった…。
次回へ
隆平は雅人に言われたとおり、城崎が早まって飛び出していかないように注意を払っていた。
「少し落ち着きなさい。 この屋敷は内外から封鎖されておるからそう簡単にはやつらも入っては来られん。 」
実践経験の無い城崎はそれでも心配そうに一左を見た。
「僕のせいで宗主や透くんたちに何かあったら申し訳なくて…。 」
それを聞いて一左は声をあげて笑った。
「なに…あの三人ならそう簡単にやられることは無い。
それほど気になるなら…どれ…外の様子を見せて進ぜようかな…。 」
特殊な力に長けていると言われている一左は部屋の真ん中に多角形ののゆっくり回転する空間を作った。
そこには三人それぞれの様子が鮮明に映し出されていた。
回転する空間の映像は臨場感たっぷり…。
その場に居るのが自分であるかのようにさえ感じられる。
まるでバーチャルリアリティだ…と城崎はその力に感心した。
さすがはゲーマーのお祖父さま…と隆平は胸のうちで拍手した。
「城崎くん…よく見ておきなさい。
いずれはきみも一族の長として戦わねばならなくなる。
それに…もっと肩の力を抜きなさい…それでは戦えない。 」
緊張して硬くなっている城崎に一左はそう語った。
鈴の部屋でははるが何が起こっても対処できるようにと控えていた。
西野も配下の者と連絡を取りながら二人の傍を離れずにいた。
「鈴さましばらくお身体がおつらいでしょうが、緊急事態ですので堪えてくださいませ。」
はるは鈴を励ますように言った。
「大事ありません。 私にも何が起きているかくらいは分かります。
身体がこんな状態でなければ戦いに出ますものを…かえって護って頂いて宗主に申し訳がない…。 」
西野は驚いて鈴を見た。西野は鈴のことを能力者とは見ていなかった。
良妻賢母風のお嬢さまだとばかり思っていた。
「意外ですか? 慶太郎さん…。 笙子さんほどではないけれど私もある程度は使えますよ。 」
鈴は愉快そうに笑った。
今までの悲壮なイメージが全部崩れていきそうなくらい明るかった。
ハーフコートの男は修の意識から千年前の記憶を読んだ。
過去を知っていると思わせて動揺させるのが狙いだったのだが失敗に終わった。
そのことがかえって修の意識の壁を硬化させた。
「なぜ…城崎を殺そうとする? これほど執拗に狙う必要がどこにあるのだ?
あの子が誰かの恨みを買っているとは思えないが…。 」
修がそう訊くとハーフコートはにやりと笑った。
「本人に恨みなどはない。 ただ邪魔なだけだ。
あなたにも分かるだろう…自分では気付いていないがあの子にはまだまだ成長する余地がある。
危険なものは芽のうちに摘んでおいた方がいいのだ。
詳しい話は聞かぬ方が身のためだよ。
我々はあなたの一族を害するつもりはないのだから。
だが…どうしても城崎を渡して貰えぬのなら…不本意ながら少々手荒なこともせねばならない。」
傷の男が修に銃を向けた。
なぜこの男はわざわざ飛び道具を使うのだろう…と修は訝しく思った。
「僕にそんなもの向けても無駄だ。下手をするときみの腕の方が吹っ飛ぶよ。」
男は少したじろいだ。
「宗主の言われるとおりだ。 銃など利く相手ではない。
だが…撃て。 」
男は空に向かって銃を撃った。その銃声があたりに響いた。
「宗主…今の銃声を聞いた仲間たちがいっせいに動き始める。
ご家族が恐ろしい目に遭うことになる。 どうか…今のうちにいい返事を…。 」
ハーフコートは修に決心を促した。修の周りにもばらばらと人が集まってきた。
修は冷めた目を男たちに向けた。
「生憎…物分りが悪いもので…。 ご期待には添えそうもないが…。 」
不思議なことに修の周りの男たちにはそれほど大きな力を感じられなかった。
むしろ腕っ節の強そうな者たちばかり集められているようだった。
ここで足止めを食らわすつもりだな。母屋へ行かせないための時間稼ぎか…。
ふっとまた修の唇に笑みが浮かんだ。
「ほんとに遊んじゃっていいのかなぁ…。 後で恨みっこなしだぜ。 」
人が変わったような修の口調にハーフコートは思わず引いた。
修の眼が獣のように闇に光った。
屈強な男たちが修に襲い掛かった。
が…次の瞬間ひとりが吹っ飛んだ。ふたりめが空を舞った時さすがに男たちも腕っ節だけでは通用しない相手だということが分かった。
「長…あいつ力を使ってるわけじゃありませんぜ。 ありゃぁただの喧嘩だ。
それもすげぇ場馴れした様子で…。 」
傷の男が驚いたように言った。
「なるほど…あの程度のやつらには力など要らぬというわけか…。
あの大きな身体は伊達じゃないのだな…。 」
ハーフコートの男は半ば感心したように呟いた。
洋館の周りを誰かがうろつく気配がしている。
窓もドアも防犯用の強力な素材が使ってあるからそう簡単には壊されないが、相手が能力者ならそれも意味が無い。
大窓もすべて防犯用のシャッターを下ろしてあるがそれも気休め。
多喜が不安そうに見えない外の方を見る。
笙子も自由にならない身体を抱えてもどかしげにしている。
身体の負担を考えると身重の笙子を戦いの場に出すわけにはいかない。
家から出るなと言われてもこのままではやつらの方から家の中に入ってくるのは時間の問題。
何とかして笙子を護りたい…。護らなければ…。
そう思った時、史朗は身の内から何かが押し寄せるのを感じた。
手のひらが異様に熱い。
史朗のその手に現れつつあるものを見て史朗自身も笙子も驚きを隠せなかった。
華翁の剣…鬼母川の社にしまわれてあるはずの閑平の剣だった。
戦えと鬼母川の御大親が申されている…史朗はそう思った。
「笙子さん。 僕がここを出たらすぐに鍵を掛けてください。 何があってもここから出ないで。 多喜さん…笙子さんを頼んだよ…。 」
「だめよ。 史朗ちゃん。 修がここに居ろといったでしょう。 」
慌てて笙子が止めた。史朗が剣を差し出した。
「御大親の御意思です。 あなたは修さんの妻だけれど同時に僕の妻でもある。
命掛けて護れとの御大親の御言葉です。 」
そう言われると笙子も止めることはできなかった。
鬼母川の祭主にとって御大親の意思は何より大切なもの…尊いもの。
他の一族が口を出せることではないのだ。
「気をつけるのよ。 すぐに倉吉たちも駆けつけるわ。 」
笙子の言葉に史朗はにっこり笑って頷いた。
銃声を聞いた男が三人洋館の周りをうろうろしていた。
洋館の裏に回って出入り口を確かめてから表の方へ戻ると玄関のところに白くぼんやりした光を放つ若い男が立っていた。
「こいつはまた妙に華奢なやつが出てきたもんだな。 」
全身筋肉と思しき男が不気味な笑顔を浮かべて言った。
「よせよせ…こいつが普通なんだ。
紫峰のやつらが揃いも揃ってでか過ぎるのよ。 」
少し背の高い男がそう言って笑った。
「おかしいな。 こいつ能力者の気配がしねえ。 普通の人間だぜ。 」
金属の棒を手にした男が訝しげに言った。
三人の顔から笑いが消えた。
「おい兄ちゃん。 分かってるのか? 並みの人間じゃあの世行きだぜ。 」
史朗は微笑んだ。
「そうでしょうね。 でも僕はあなたたちのような能力者じゃありません。
どっちかって言うと普通…。 」
史朗の丁寧語に筋肉男はイラついた。
「調子こいてんじゃねえぞ! ちょっと痛い目にあわせてやる。 」
御大親よ…戦うことをお許しください。
殴りかかってきた男を史朗は剣の背で薙ぎ払った。
華奢に見える史朗の動きに油断していた三人は愕然とした。
金属棒を持った男が史朗の剣に対抗して棒を振りかざした。
途端に腕の自由を失ってひっくり返った。
史朗は何もしていない。その男に触れてもいない。
これが鬼母川のもうひとつの力だ…。思うままに道具を操る能力…。
白く光るその若い男の力に三人はなにやら不気味なものを感じた。
自分たちとは違う種…彼らの知りえないその力。
未知の力への恐怖が三人を次第に逆上させていった…。
次回へ