薔薇の館の書斎で、智明は時折、その少年と語り合った…。
HISTORIANという組織の中で少年がどんな訓育を受けて育ったのか…。
まずはそれを把握することが、少年を再教育する上での最重要課題だと思われた。
名目上の最高指導者…背後からあの選ばれし人とその弟によって動かされていた傀儡…そんなイメージが少年にはあった。
実の親から引き離されて…組織のために犠牲となっている子供…被害者…。
けれども、少年に備わっている能力を考えれば、ただの操り人形では在り得なかったはずだ…。
それを単なる被害者と見るべきかどうか…。
先代の天爵ばばさま…麗香を殺した張本人…それは『時の輪』の男でもあの首座兄弟たちでもなく…この少年自身ではなかったのだろうか…。
たとえ、それが真相であったとしても、智明が天爵ばばさまの魂を受け継ぐ者である以上は少年を正しい道に導くことが使命…。
徒に悪感情は抱くまい…と心に決めてはいたが…。
少年の本名は少年も知らない…。
HISTORIANの中ではマーキスと呼ばれていた…。
昔の高名な科学者の名前を取って首座が付けたのだと聞かされている。
パスポートに記された名前はマーキス=サイモン…。
智明が物理学や数学の歴史に詳しければ…或いは気付いたかも知れない。
西沢が連絡してきた際にチラッと洩らした名前…ラプラス…『Marquis Pierre si'mon de La'place』の一部を読み替えたものだと…。
しかし、智明がそれに気付くことはなかったし、西沢も少年の名前とラプラスを関連付けて考えることはしなかった。
そんなことを思いつくとすれば怜雄くらいなものだ。
太極が伝えようとすることと人間の受け取り方との間にはかなり大きなずれがあるようで…もし人間がそれを完璧に理解しようとすれば…あらゆる方面の知識が必要となり…それはほとんど不可能に近い…。
ラプラスの魔物というヒントから滝川が少年のことを思いついたのは、勘が働いたとしか言いようがない。
ここでの生活に慣れてくるに従って、マーキスは少しずつ首座兄弟に教えられたことを話すようになってきた。
智明の中の天爵ばばさまは、マーキスの教理をすぐには否定せず、ひとつひとつをじっくり考えさせるように仕向けていった。
今日の対話を終えて、マーキスが部屋を出て行った後で、智明は掛けているソファに身を沈めて、ふうっ…と大きく溜息をついた…。
マーキスはアカシックレコードから情報を引き出すことができる…。
そんなものが本当に在るとすれば…だが…。
もしかしたら…すでに周りの動きを読んでいるかも知れないし…逆にまったく気付いていないかも知れない…。
お告げ師である智明は…智明の中のばばさまと対話することで…そこそこ未来を読むことができる…。
けれど…自分自身の未来について知ろうとすることは代々禁忌とされているため…直接的には力を使えない…。
しかし…人の未来を読むことで…ある程度自分の未来をも予想できる…。
マーキスに関して言えば…西沢に忠告されるまでもなく…このまま平穏無事に済むとは思っていなかった…。
普通の少年として穏やかに育って欲しいと…ずっと願ってはいたが…。
万が一…マーキスが牙を剥くようなことがあれば…あると考えた方が間違いなかろうが…滝川の挺身も無駄だったということになろうか…。
食い止められるだけは…食い止めなければ…。
まだ…中学生になったばかりの子供との戦いなど…誰も歓迎しない…。
戦いのたびに最前線に押し遣られる西沢が気の毒だ…。
これ以上…紫苑に重荷背負わせちゃいけない…。
そうでしょ…お姉ちゃま…。
だけど…刷り込みを解くのは…至難の業よ…。
私に…どれだけのことができるか…分からないけど…。
飾り棚の麗香の遺影にそう語りかけて…智明はさらに大きな溜息をついた…。
パソコンの向こうで時折…唸り声が聞こえる…。
予定表を片手に時間調整に苦慮している様子が手に取るように分かる…。
周りの目が全部…自分に集中していることなどまったく気付いてないようだ…。
「デートの予約でも入ったんですかぁ? 」
今にも噴出しそうな声で亮が言った。
「何言ってんの…亮くん…仕事に決まってるっしょ…!
紫苑さんから頼まれた滝川先生の治療の手伝い…。
来週から撮影だから…こっちの仕事と重ならないように考えてるの…。
紫苑さんがさ…特使命令だ…とはっきり言ってくれれば正式な仕事にできるんだけどさぁ…。
あの人ってば…妙に謙虚だから…。 」
半ば憮然とした表情で仲根は答えた。
「重ならないようにって…そりゃぁ無理じゃないっすか?
まさか…休日出勤するつもりとか…? 」
そこまでしなくても…と亮は思った。
何とか時間をやりくりして協力しようとしている仲根が気の毒だった。
命令された方が仲根さんも動きやすいのに…中途半端なことをするよなぁ…紫苑。
「俺は…治療師じゃないから確信はないんだけど…滝川先生の脳に視覚的な刺激を与えるのは悪いことじゃないと思うんだ…。
何がきっかけで…元に戻るか分からないんだし…。 」
そりゃぁ…そうだけど…。
休日返上してまで…。
「少しでも紫苑さんの助けになるなら…そんなこと全然構わないよ…。 」
俺…紫苑さんの大ファンだからね…。
そう言って仲根はニカッと笑った。
何だか悪いよなぁ…。
仲根が兄のために尽力してくれているのを見て申しわけなく思った。
「仲根…撮影の日取りはもう決まってるのか…? 」
大原室長がパソコンを覗きこみながら声を掛けた。
「まだ…全部は…。 でも大方の予定は立ってますけど…。 」
ふうん…と返事をしながら大原は手招きをした…。
なんっすか…?
怪訝そうに眉を顰めながら…仲根は席を立って大原の前へ出た…。
「うちとしても滝川本家に借りを作ったまま…ってわけにはいかないからな…。
宗主から直々に出張命令だ…。
しばらく滝川先生の助手になっとけ…ってさ…。 」
大原室長は宗主から直のメールを指差してそう言った。
お~っ! 宗主のお墨付きがありゃぁ…文句なく仕事…堂々と出掛けられるしっ!
思わず知らず顔が緩む…。
仲根は大原室長の計らいに感謝した。
どう考えても…仲根クラスの御使者に宗主から直で命令が下るわけがない…。
宗主の身近に控えている総代格に連絡を取ってくれたに相違ない…。
「良かったじゃん…仲根…。 休日出勤不要でさぁ…。
けど…強力な鍵…用意しといた方がいいよぉ~!」
意味ありげにニタニタ笑いながら柴崎が言った。
周りでクスクス笑いが起きている…。
「滝川恭介は…手が早いので有名なのよ…。
まあ…今んとこ噂が立ってる相手はモデルの女ばかりだけどぉ…。
あの特使と一緒に暮らしてるんじゃ…そっちも…ねぇ…。 」
ぶっ! まさか…あの御仁も…危険人物とか…?
仲根の表情が引きつった。
そうなの…? 不安げに亮の方に顔を向けた…。
「柴崎さん…仲根さん脅すの止めてくださいよ!
ああ見えても先生はすごく真面目な人なんです!
先生が心底想ってるのは…亡くなった奥さんと紫苑だけなんだから…! 」
何時になく激しい口調で亮が抗議した。
日頃の亮からは考えられない憤然とした態度に柴崎たちは気圧された。
「今度だって…自分の命に代えて紫苑を護ろうとしたんだ…。
写真家が視力を失ったんですよ…。
僕なら絶望しちゃいます…。
けど…覚悟決めてたから先生は泣き言すら口にしない…。
そんな心意気…分かって冗談言ってるんですか…? 」
部屋中の空気が固まった。 さすがの柴崎も言葉を失った。
へこまない女で有名な柴崎がへこんだのは…これが始めてだった…。
その場の雰囲気に呑まれただけのことではあったけれど…。
何日ぶりなのか…何週ぶりなのか…ノエルはもう覚えていない…。
ようやく西沢と滝川の間に戻ってきたけれど…何となく以前とは居心地が違うような気がする…。
それでも…この西沢本家特注のどでかいベッドの中央に身を沈め…ノエルの頭越しのふたりの会話を聞いていると…少しずつまた…ここが自分の居場所だと信じられるようになってきた…。
ふたりはノエルの存在を忘れているわけでも無視をしているわけでもない…。
時折…西沢の手が優しくノエルに触れたり…滝川が髪の毛を玩んでいたり…ちゃんと意識している…。
西沢に助けられて…初めてこの部屋に来た夜からずっと…変わることなくノエルはふたりの間に居て…そこがノエルにとって一番安心できる場所だった…。
西沢と滝川…どちらもノエルを有りのままに受け入れてくれる…。
ここではノエルはノエルのままで居られるし…西沢も滝川も取り立ててノエルに気を使うことはしない…。
けれど…もし…ここに居るのがノエルではなくて輝だったら…滝川はどうしただろう…。
いつもの輝の言い草じゃないけど…まさか…そこに女が居るのに西沢のベッドの片側を占領したりはできないだろうし…。
「あれ…ノエル…髪の色変えた…? 」
不意に滝川が不思議そうな声をあげた。
枕灯の小さな明かりに照らされたノエルの頭をまじまじと見ている…。
「そうだけど…先生…見えるの…? 」
ノエルのその問いに…滝川は即座には答えられなかった…。
おそらくは期待をこめて自分を見ているだろう西沢の方に眼を向けた。
「う~ん…。 だめ…。 やっぱり…見えんわ…。
さっき…一瞬…ノエルの髪が濃い系に変わったような気がしたんだけど…。 」
少しばかり残念そうに滝川は答えた。
滝川の落胆を余所に…ノエルの胸は高鳴った。
「合ってるよ! 見えたんだよ…先生!
チャラチャラした色は止めろ…って親父に怒られたんで少しだけ濃くしたの!
紫苑さん…きっと大丈夫だよ! 」
瞬時の期待と落胆で…どう反応のしようもなくなっている西沢を振り返り見ながら…ノエルはひとり嬉しそうにはしゃいだ…。
必ず治ると確信できるものは…何ひとつないというのに…。
次回へ
HISTORIANという組織の中で少年がどんな訓育を受けて育ったのか…。
まずはそれを把握することが、少年を再教育する上での最重要課題だと思われた。
名目上の最高指導者…背後からあの選ばれし人とその弟によって動かされていた傀儡…そんなイメージが少年にはあった。
実の親から引き離されて…組織のために犠牲となっている子供…被害者…。
けれども、少年に備わっている能力を考えれば、ただの操り人形では在り得なかったはずだ…。
それを単なる被害者と見るべきかどうか…。
先代の天爵ばばさま…麗香を殺した張本人…それは『時の輪』の男でもあの首座兄弟たちでもなく…この少年自身ではなかったのだろうか…。
たとえ、それが真相であったとしても、智明が天爵ばばさまの魂を受け継ぐ者である以上は少年を正しい道に導くことが使命…。
徒に悪感情は抱くまい…と心に決めてはいたが…。
少年の本名は少年も知らない…。
HISTORIANの中ではマーキスと呼ばれていた…。
昔の高名な科学者の名前を取って首座が付けたのだと聞かされている。
パスポートに記された名前はマーキス=サイモン…。
智明が物理学や数学の歴史に詳しければ…或いは気付いたかも知れない。
西沢が連絡してきた際にチラッと洩らした名前…ラプラス…『Marquis Pierre si'mon de La'place』の一部を読み替えたものだと…。
しかし、智明がそれに気付くことはなかったし、西沢も少年の名前とラプラスを関連付けて考えることはしなかった。
そんなことを思いつくとすれば怜雄くらいなものだ。
太極が伝えようとすることと人間の受け取り方との間にはかなり大きなずれがあるようで…もし人間がそれを完璧に理解しようとすれば…あらゆる方面の知識が必要となり…それはほとんど不可能に近い…。
ラプラスの魔物というヒントから滝川が少年のことを思いついたのは、勘が働いたとしか言いようがない。
ここでの生活に慣れてくるに従って、マーキスは少しずつ首座兄弟に教えられたことを話すようになってきた。
智明の中の天爵ばばさまは、マーキスの教理をすぐには否定せず、ひとつひとつをじっくり考えさせるように仕向けていった。
今日の対話を終えて、マーキスが部屋を出て行った後で、智明は掛けているソファに身を沈めて、ふうっ…と大きく溜息をついた…。
マーキスはアカシックレコードから情報を引き出すことができる…。
そんなものが本当に在るとすれば…だが…。
もしかしたら…すでに周りの動きを読んでいるかも知れないし…逆にまったく気付いていないかも知れない…。
お告げ師である智明は…智明の中のばばさまと対話することで…そこそこ未来を読むことができる…。
けれど…自分自身の未来について知ろうとすることは代々禁忌とされているため…直接的には力を使えない…。
しかし…人の未来を読むことで…ある程度自分の未来をも予想できる…。
マーキスに関して言えば…西沢に忠告されるまでもなく…このまま平穏無事に済むとは思っていなかった…。
普通の少年として穏やかに育って欲しいと…ずっと願ってはいたが…。
万が一…マーキスが牙を剥くようなことがあれば…あると考えた方が間違いなかろうが…滝川の挺身も無駄だったということになろうか…。
食い止められるだけは…食い止めなければ…。
まだ…中学生になったばかりの子供との戦いなど…誰も歓迎しない…。
戦いのたびに最前線に押し遣られる西沢が気の毒だ…。
これ以上…紫苑に重荷背負わせちゃいけない…。
そうでしょ…お姉ちゃま…。
だけど…刷り込みを解くのは…至難の業よ…。
私に…どれだけのことができるか…分からないけど…。
飾り棚の麗香の遺影にそう語りかけて…智明はさらに大きな溜息をついた…。
パソコンの向こうで時折…唸り声が聞こえる…。
予定表を片手に時間調整に苦慮している様子が手に取るように分かる…。
周りの目が全部…自分に集中していることなどまったく気付いてないようだ…。
「デートの予約でも入ったんですかぁ? 」
今にも噴出しそうな声で亮が言った。
「何言ってんの…亮くん…仕事に決まってるっしょ…!
紫苑さんから頼まれた滝川先生の治療の手伝い…。
来週から撮影だから…こっちの仕事と重ならないように考えてるの…。
紫苑さんがさ…特使命令だ…とはっきり言ってくれれば正式な仕事にできるんだけどさぁ…。
あの人ってば…妙に謙虚だから…。 」
半ば憮然とした表情で仲根は答えた。
「重ならないようにって…そりゃぁ無理じゃないっすか?
まさか…休日出勤するつもりとか…? 」
そこまでしなくても…と亮は思った。
何とか時間をやりくりして協力しようとしている仲根が気の毒だった。
命令された方が仲根さんも動きやすいのに…中途半端なことをするよなぁ…紫苑。
「俺は…治療師じゃないから確信はないんだけど…滝川先生の脳に視覚的な刺激を与えるのは悪いことじゃないと思うんだ…。
何がきっかけで…元に戻るか分からないんだし…。 」
そりゃぁ…そうだけど…。
休日返上してまで…。
「少しでも紫苑さんの助けになるなら…そんなこと全然構わないよ…。 」
俺…紫苑さんの大ファンだからね…。
そう言って仲根はニカッと笑った。
何だか悪いよなぁ…。
仲根が兄のために尽力してくれているのを見て申しわけなく思った。
「仲根…撮影の日取りはもう決まってるのか…? 」
大原室長がパソコンを覗きこみながら声を掛けた。
「まだ…全部は…。 でも大方の予定は立ってますけど…。 」
ふうん…と返事をしながら大原は手招きをした…。
なんっすか…?
怪訝そうに眉を顰めながら…仲根は席を立って大原の前へ出た…。
「うちとしても滝川本家に借りを作ったまま…ってわけにはいかないからな…。
宗主から直々に出張命令だ…。
しばらく滝川先生の助手になっとけ…ってさ…。 」
大原室長は宗主から直のメールを指差してそう言った。
お~っ! 宗主のお墨付きがありゃぁ…文句なく仕事…堂々と出掛けられるしっ!
思わず知らず顔が緩む…。
仲根は大原室長の計らいに感謝した。
どう考えても…仲根クラスの御使者に宗主から直で命令が下るわけがない…。
宗主の身近に控えている総代格に連絡を取ってくれたに相違ない…。
「良かったじゃん…仲根…。 休日出勤不要でさぁ…。
けど…強力な鍵…用意しといた方がいいよぉ~!」
意味ありげにニタニタ笑いながら柴崎が言った。
周りでクスクス笑いが起きている…。
「滝川恭介は…手が早いので有名なのよ…。
まあ…今んとこ噂が立ってる相手はモデルの女ばかりだけどぉ…。
あの特使と一緒に暮らしてるんじゃ…そっちも…ねぇ…。 」
ぶっ! まさか…あの御仁も…危険人物とか…?
仲根の表情が引きつった。
そうなの…? 不安げに亮の方に顔を向けた…。
「柴崎さん…仲根さん脅すの止めてくださいよ!
ああ見えても先生はすごく真面目な人なんです!
先生が心底想ってるのは…亡くなった奥さんと紫苑だけなんだから…! 」
何時になく激しい口調で亮が抗議した。
日頃の亮からは考えられない憤然とした態度に柴崎たちは気圧された。
「今度だって…自分の命に代えて紫苑を護ろうとしたんだ…。
写真家が視力を失ったんですよ…。
僕なら絶望しちゃいます…。
けど…覚悟決めてたから先生は泣き言すら口にしない…。
そんな心意気…分かって冗談言ってるんですか…? 」
部屋中の空気が固まった。 さすがの柴崎も言葉を失った。
へこまない女で有名な柴崎がへこんだのは…これが始めてだった…。
その場の雰囲気に呑まれただけのことではあったけれど…。
何日ぶりなのか…何週ぶりなのか…ノエルはもう覚えていない…。
ようやく西沢と滝川の間に戻ってきたけれど…何となく以前とは居心地が違うような気がする…。
それでも…この西沢本家特注のどでかいベッドの中央に身を沈め…ノエルの頭越しのふたりの会話を聞いていると…少しずつまた…ここが自分の居場所だと信じられるようになってきた…。
ふたりはノエルの存在を忘れているわけでも無視をしているわけでもない…。
時折…西沢の手が優しくノエルに触れたり…滝川が髪の毛を玩んでいたり…ちゃんと意識している…。
西沢に助けられて…初めてこの部屋に来た夜からずっと…変わることなくノエルはふたりの間に居て…そこがノエルにとって一番安心できる場所だった…。
西沢と滝川…どちらもノエルを有りのままに受け入れてくれる…。
ここではノエルはノエルのままで居られるし…西沢も滝川も取り立ててノエルに気を使うことはしない…。
けれど…もし…ここに居るのがノエルではなくて輝だったら…滝川はどうしただろう…。
いつもの輝の言い草じゃないけど…まさか…そこに女が居るのに西沢のベッドの片側を占領したりはできないだろうし…。
「あれ…ノエル…髪の色変えた…? 」
不意に滝川が不思議そうな声をあげた。
枕灯の小さな明かりに照らされたノエルの頭をまじまじと見ている…。
「そうだけど…先生…見えるの…? 」
ノエルのその問いに…滝川は即座には答えられなかった…。
おそらくは期待をこめて自分を見ているだろう西沢の方に眼を向けた。
「う~ん…。 だめ…。 やっぱり…見えんわ…。
さっき…一瞬…ノエルの髪が濃い系に変わったような気がしたんだけど…。 」
少しばかり残念そうに滝川は答えた。
滝川の落胆を余所に…ノエルの胸は高鳴った。
「合ってるよ! 見えたんだよ…先生!
チャラチャラした色は止めろ…って親父に怒られたんで少しだけ濃くしたの!
紫苑さん…きっと大丈夫だよ! 」
瞬時の期待と落胆で…どう反応のしようもなくなっている西沢を振り返り見ながら…ノエルはひとり嬉しそうにはしゃいだ…。
必ず治ると確信できるものは…何ひとつないというのに…。
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