ファーマータナカの今日の用語「生存者バイアス(survival bias)」。
思い出したくもない受験シーズンである。
我が知人には一定程度優秀なエリート集団がいて、そいつらには一般大衆の苦悩なんぞはわかるまい。
生存者バイアスとは、何らかの成功を遂げた一部の人物、企業、物事のみを基準とすることで誤った判断をしてしまうこと。
成功している人がいる一方で同じ方法でも失敗している人が多くいて、そこは無視されているという話だ。
勉強をして一流校や一流企業に合格した奴の勉強法や参考書や先生等、成功事象や手段を評価する際に、成功せず失敗に至った数多くの事象を考慮することなく、一部の成功事例のみをもって判断してしまい、誤った結論を導き出してしまうことになるというわけ。
例として有名なのが、第二次世界大戦時の「戦闘機のどの部分を補強すべきか」の議論が挙げられる。軍は戦闘から帰還した飛行機の損傷が多かった箇所を重点的に補強しようとしたが、撃墜された戦闘機の損傷状況をまったく考慮していないため、不適切な判断であるとする。
統計学者エイブラハム・ウォールドは、逆に戦闘機が損傷を受けていない部位を補強することを提案した。
【 Misleading With Data & Statistics.】
(データと統計で誤解を招く)
反対に、「私は勉強はやらなかったけど成功できたよ」「学校の勉強なんて社会に出たら使わないよ」という成功者もいる。
だがこちらも、別の意味で生存者バイアスがかかっている。
映画俳優、スポーツ選手、ミュージシャン、大企業のCEO、最近ではYouTuberなど、夢を追い求め成功を勝ち取った人々の話が、メディアではよく取り上げられる。
では勉強なんかしなくても全然大丈夫なのかというと、その他大勢の勉強をやらなくて成功できていない人はそもそも注目されないため、「誰でも(努力すれば・一芸に秀でれば・運がよけりゃ…)素晴らしいことを達成できる」という誤った認識を生み出す。
実際分野にもよるだろうが、一芸に秀でて大きな成果を得るのは挑戦者の1%以下とも言われ、勉強しての難関大学への進学率の方がはるかに成功率が高いとの見方もある。
結局勉強したほうがいいのかしなくてもいいのか皆目わからないので、遅ればせながら勉強すべきかどうか勉強してみる。
思い出したくもない受験シーズンである。
我が知人には一定程度優秀なエリート集団がいて、そいつらには一般大衆の苦悩なんぞはわかるまい。
生存者バイアスとは、何らかの成功を遂げた一部の人物、企業、物事のみを基準とすることで誤った判断をしてしまうこと。
成功している人がいる一方で同じ方法でも失敗している人が多くいて、そこは無視されているという話だ。
勉強をして一流校や一流企業に合格した奴の勉強法や参考書や先生等、成功事象や手段を評価する際に、成功せず失敗に至った数多くの事象を考慮することなく、一部の成功事例のみをもって判断してしまい、誤った結論を導き出してしまうことになるというわけ。
例として有名なのが、第二次世界大戦時の「戦闘機のどの部分を補強すべきか」の議論が挙げられる。軍は戦闘から帰還した飛行機の損傷が多かった箇所を重点的に補強しようとしたが、撃墜された戦闘機の損傷状況をまったく考慮していないため、不適切な判断であるとする。
統計学者エイブラハム・ウォールドは、逆に戦闘機が損傷を受けていない部位を補強することを提案した。
【 Misleading With Data & Statistics.】
(データと統計で誤解を招く)
反対に、「私は勉強はやらなかったけど成功できたよ」「学校の勉強なんて社会に出たら使わないよ」という成功者もいる。
だがこちらも、別の意味で生存者バイアスがかかっている。
映画俳優、スポーツ選手、ミュージシャン、大企業のCEO、最近ではYouTuberなど、夢を追い求め成功を勝ち取った人々の話が、メディアではよく取り上げられる。
では勉強なんかしなくても全然大丈夫なのかというと、その他大勢の勉強をやらなくて成功できていない人はそもそも注目されないため、「誰でも(努力すれば・一芸に秀でれば・運がよけりゃ…)素晴らしいことを達成できる」という誤った認識を生み出す。
実際分野にもよるだろうが、一芸に秀でて大きな成果を得るのは挑戦者の1%以下とも言われ、勉強しての難関大学への進学率の方がはるかに成功率が高いとの見方もある。
結局勉強したほうがいいのかしなくてもいいのか皆目わからないので、遅ればせながら勉強すべきかどうか勉強してみる。
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