退院から後、土曜日(或いは日曜日)の買い物の序に父のところへ行くのを渋っていた母ですが、先週のデイサービスの日に父のところへ顔を出してくれました。
事前に希望を伝えておりましたし、デーサービスの部屋は父が入所している建屋の1階なので、簡単に2階にあがらせてくれると思ったら、「準備が出来たら呼びますね」と言われて暫らく1階の部屋で待機。
準備が出来たとのことで2階に上がると、食堂で懐メロ大会が開催中。父は一番前の列の左側(多分、食堂の入り口側)に座っていたので、母はその隣に席が用意されていたそうです。
父は母の顔をチラッと見ただけで、無視。
最初の数回はマイクが回って来ても父は断っていたのですが、何度目かからはマイクを握り締めて歌を楽しんでおり、母とは口を利こうともしなかったそうです。
父は若い頃から大工(母曰く「あれは大工ではなく鳶」)をしており、上棟式の時には喉を鳴らしていたと、その頃の父の仲間や町内の老人連中から聞いておりましたので、懐メロ大会では知っている歌が多く、楽しんでいたのだと思います。
こんな事があったため、母いわく、その時の父の態度がこ憎たらしかったそうです。
事前に希望を伝えておりましたし、デーサービスの部屋は父が入所している建屋の1階なので、簡単に2階にあがらせてくれると思ったら、「準備が出来たら呼びますね」と言われて暫らく1階の部屋で待機。
準備が出来たとのことで2階に上がると、食堂で懐メロ大会が開催中。父は一番前の列の左側(多分、食堂の入り口側)に座っていたので、母はその隣に席が用意されていたそうです。
父は母の顔をチラッと見ただけで、無視。
最初の数回はマイクが回って来ても父は断っていたのですが、何度目かからはマイクを握り締めて歌を楽しんでおり、母とは口を利こうともしなかったそうです。
父は若い頃から大工(母曰く「あれは大工ではなく鳶」)をしており、上棟式の時には喉を鳴らしていたと、その頃の父の仲間や町内の老人連中から聞いておりましたので、懐メロ大会では知っている歌が多く、楽しんでいたのだと思います。
こんな事があったため、母いわく、その時の父の態度がこ憎たらしかったそうです。
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