小説 『風の條・王国記Ⅷ』 花村萬月 2010年6月25日 文芸春秋刊
本書は芥川賞を授賞した『ゲルマニウムの夜』に始まる 巨編『王国記』の8巻目で
「風の條(すじみち)」と「白色について」の2編からなる。
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花村萬月の代表作とも言える「王国記」のシリーズは第一作の「ゲルマニウムの夜」から
始まり一貫して神と宗教と信仰と人をテーマにしている。
主人公の朧(ろう)は人を殺し、少年時代に入っていたカトリック系修道院に隠れ住み、
農作業に従事している。修道女シスターテレジアを孕ませ太郎が生まれる。
悠久寮が八ヶ岳に移転したのを機に修道院から移り住む。
太郎の父として敬われつつ、教子や百合香とも関係し、次郎と花子が誕生する。
太郎はテレジアの亡きあと、元修道士の赤羽と元ヘルス嬢の百合香に育てられる。
公的な教育は一切受けていないが、成長するにつれて特異な能力を発揮するようになり
悠久寮に集まる者たちから「神の子」と思われている。
「風の條」太郎は成長するにつれて更に特異な能力を増している。
悠久寮の支部を京都に造り父の朧を支部長として住まわせるつもりで準備している。
朧のもう一人の息子、次郎とその母親の教子は次郎が太郎のような特異な能力を持たない
事を知っているが次郎に悠久寮を任せたいと願う。
朧の娘、花子もまた幼いが母の百合香も朧も認める特異な能力を発揮し始めている。
「白色について」悠久寮の経理担当の前橋の視点から描かれる。
前橋は以前は目が見えなかったが、ある時幼かった太郎に出会い目が見えるようになった
それ以来、前橋は太郎と花子に帰依しているのだという。
帰依とは信じる心、大好きだから太郎と花子を信じて付き従うのだと。
太郎の予言によると朧が前橋を啄ばみやがて水蜜桃のように腐り落ちると言う
そして花子は前橋が勝てば朧は跡形も無くなり、負ければ幸せになると言う。
やがて朧が前橋を啄ばむ、前橋との激しい関係の中で朧が自分の正体を知ったと言う
果たして前橋は朧に勝ったのか。
悠久寮に現れた巨大な草刈機、悠久寮の牧草地を轟音を上げて草を刈り進む
運転台に居るのは太郎、そしてその様子を眺める朧、朧の足元に走り寄る花子
花子から後押しされるように巨大な草刈機に歩み寄る朧。
王国記 第一部 完
花村萬月による十年を越える巨編「王国記」の第一部の完結である。
自分の両親を殺し修道院に逃げ込んだ朧、遠慮の無い暴力と抜きん出た能力で
周りの人間を魅了し巻き込んでいく。
人を殺した変わりに修道女を犯し孕ませた、こんな事を平気で神父に告解する朧
聴罪司祭は告解の内容を喋らない事を確信し神をも試そうとしたのだ。
悠久寮でその存在感を増し自分の王国を築くことを夢見るがシスターテレジア
との間に生まれた太郎が成長と共に特異な能力を発揮するのを見て
自分はただの男だと思い知らされる。
王国の主は息子太郎こそふさわしいと知りつつ、次男の次郎に肩入れをする
やがて自分の正体を見極めた朧は自分の身の始末を決める。
全編に花村萬月の哲学が溢れる、暴力とSEX、神と信仰、宗教とは
多くの人間は朧にも及ばないただの人だと思うが、抜きん出た人が実際に居れば
朧のように自分の王国を築く夢を見るのかもしれない。
更に、特異な能力を持つ太郎や花子のような人が居れば
太郎の様に本人が望まなくても、多くの人がその予言を求めて集まり崇め奉るだろう。
自分の能力に自信を持っていた朧が太郎や花子の能力を認めざるを得なかった
その朧がとるべき道は他に無かったのかもしれない。