多摩丘陵から四季便り

オリンパスのEM1に12-40mmF2.8を付けて撮っています。四季の折々の風景をお届けします。

テレサテン十年目の真実

2005-05-27 20:43:08 | Weblog
皆さんは昔オウム関連のテレビ番組でよく出ていた、ほらメガネを掛けた評論家の名前をご存知ですか。最近でも朝のニュース番組に時々出席されてます。お名前を有田芳生といいます。作家だったんですね。その方の書かれた”私の家は山の向こう、テレサテン10年目の真実”という本を読み終えました。彼女は1995年タイのチェンマイでなくなりました。

私は1980年から1986年まで香港に駐在していました。その頃がテレサさんの一番活躍していた時期でした。ほんの中にも懐かしい地名が出てきます。その当時香港やシンガポールを主に活動の場としていました。彼女は幼い頃から歌が上手で”台湾の美空ひばり”とも言われ大陸でも人気がありました。やはり彼女も中国人で祖先の育った中国がいい国になってほしいとのことで天安門事件を境に中国の民主化運動にも傾倒していきます。

彼女は台湾と中国の狭間で悩んだ末、気管支炎と薬の作用の為、この世を寂しく去りました。愛した人と結婚できなかったのは先方のお母さんが歌手であることを嫌がったとか。初めて知りました。中国人の考え方が垣間見えました。最終的にはフランス人の若者のステファン・プエールを愛人にしますが、決して幸せではなかったようです。中国のスパイ説も日中のメディアがでっち上げたものと有田氏は結論ずけています。

今年はテレサ(中国名で麗君テン・リー・チュン)が亡くなって10年目で台湾で大規模な慰霊祭が行われた様です。この本の中には赤林(スタンレー)・浅水湾(レパルスベイ)など懐かしい地名がたくさん出てきます。香港と言えば買い物か、食い物と相場が決まっていますが、私は元気な盛りの35歳から41歳まで家族帯同で過ごしました。忘れられません。住めば都です。

香港とゆかりの深いテレサ・テンさんの透き通った歌声が私は好きでした。テレサさんはは私の家が山の向こう(我的家在山的郡一邊 ウオーダーチャーツアイシャンダナーイーベン)と謳いましたが、果たして彼女は自分の家に戻れたのでしょうか? 合掌。