地元じゃ負け知らずなエー君、
真面目だった委員長のエヌさん、
野球が上手くて爽やかなエフ君、
同級生の中で一番可愛かったエムさん、
どうしてみんな消えてしまったんだろう。
みんな、限りなく透明になった。
そして、彼ら彼女らの残骸がこの塩臭い町の海岸に打ち上げられたのだ。
中学の時に管楽器を吹いていたエスさんは、福祉施設の裏で煙草を吹かし。
保育園の先生を目指していたエイチさんは1度堕ろして3人目の男とこの前結婚した。
いじめられっ子だったエル君は東京の大学から中退して、実家のマイルームにひきこもっている。
みんな、
週末はショッピングモールに出かけ、
平日は数えるほどの仕事につき、
子どもの頃のヒエラルキーを保持したまま大人になって、
家族ごっこに飽きれば捨てて、
つまんなくなったら、くだらない娯楽か愛欲に溺れた。
幸せだった。
気が狂いそうなほど
幸せだった。
おかしいな、何にだってなれたはずだったのに、いつのまにか僕等はとても薄い膜のような憂いを帯びていた。
ゴミ箱みたいな小さな入江に戻ってきた。狭い浜辺にはあちらこちらでガラス片が光を反射している。とても綺麗だと思った。色褪せたコーラの缶と海藻を被った古い洗濯機がテトラポットに挟まったままこちらを見つめている。渚には足の生えた人魚がいくつか砂まみれになっていた。そろそろ泡になる頃だろう。一番近い人魚の顔を覗きこむと口元から徐々に泡にかえりつつあった。僕はエー君から頼まれたおつかいの品々が不要になったことを悟り、ひとつだけ私用に拝借した。まるで耳元に貝殻をあてがったように波の音が鮮明に聞こえる。あぁ、そうだ と僕はよたよたと音の鳴る方へ歩みよった。偽物のブロンドヘヤーが波に揺れている。その人魚は海水に顔を半分ほどひたしながら、青白い背中を僕に向けていた。あぁ、右脳が昇天して、左脳はサイケデリィックなミラーボールが高速で回転している。さっきよりも砂浜が綺麗に見えて気持ちわるい。僕はその一匹の人魚に近寄り腰をおろすと、ずぶ濡れの頭を膝にのせてやった。やけに青白い肌、二つの虚ろな瞳は閉じられることなく水面の波形を数えていた。
海が綺麗だ。
誰にも伝わらないほど冴えたブルーが真っ白な水平線に滲む。
あぁ、そういえば
たしか君は人になりたがっていた。
なのに僕はそれを引き留めてしまったんだっけ。
「足が生えたら、こんな町出ていってやるの。」
歌うように嘘をつく君のことだから、僕は顔色ひとつ変えず聞き流したけれど、どうしてかな今でもその声色を思い出すんだ。
いつだったかエフ君にフラれたとき、君はたくさん泣いていた。
あの涙はこの海に全て溶かしてしまったんだろうか。
おかげでこの海は他よりも少ししょっぱい。
ゆっくりと頭を撫でてやる。海水にずいぶんと浸っていたせいか体は冷えきっていた。傷んだ金髪を指でとかすと根元の黒い毛が数本絡みついた。
けれど、
たとえ足が生えたって僕等じゃきっとちゃんと人にはなれなかったと思うけどね。
君がもし夢を追いかけたって、作り物の足じゃ追い付けなかったろうし、
君がもし愛を求めたって、覚えたての言語じゃなにも伝わらなかったろうし、
君がもし平穏な日々を探したって、磨り傷まみれのガラス玉じゃなにも映らかったろうしね。
結局、頭がよくたってヒセーキになるだけだろうし、
結局、顔がよくたって 嬲られるだけだろうしね。
だから、安心していいよ。
ここで泡になっても。
遠くからサイレンが聞こえた。
あれ、救急車って
どっちだっけ?
【おわり】