先ほどの喧騒とはうってかわって、そこは静かだった。冷たい壁に身を預ける。窓に映る皺だらけの老人がこちらを見つめ返していた。しかし、それをただのつまらない自分だと認めるのは少し野暮なことだった。
天国というのは生前、想像していたものよりもずっと面倒で、なにかと多忙で、そして何よりも馬鹿っぽかった。腹を抱えて笑ったこともあった。想像する天国とは違ったが、その一瞬は羽も生える夢心地で、頭のわっかは夜なにかと便利だった。常に隣には誰かがいた。そいつがそもそも何者だったのかはよくわからない。けれどもわるいやつはいなかった。だからだろう、今はこの1人の空間に満ちた静けさが、ふと自分を映す水面のように感じられた。
窓の外、壮年の彼の向こう側には下界の森羅万象が見下ろせた。乗り込んだエレベーターはどうやらもう一度俺を現世のどこかに運んでくれるらしい。小さな灯りだった現世はやがて迫り来るにつれて、燃え盛る練獄の地であることが明らかとなった。
どうせなら、次は誰かを精一杯愛してやりたい
窓辺の青年の先に迫り来る現世が垣間見えた。
けれども、
少年はゆっくりと深く息を吐いた。
本当はそれ以上に誰かに愛されたい
次こそは誰かから一心に愛されたい
地上に激突する間際、赤子の泣き声が大地に響きわたった。
【おわり】