胸が苦しい、心臓ががデタラメに暴れまわって、呼吸が……浅く、な、る。
ぜいぜいと息が上がる
これまでのことを走馬灯のように振り返っていた
あぁごめんなさい
バイト先の人たちひとりひとりの顔が浮かぶ
行かなくちゃ、行かなくちゃ
明日は今日の先にある
だから今日を越えなくちゃ明日はやってこない。
クビになったとしても、辞めるとしても、今日は、せめて今日だけは行かなくちゃ、逃げたことに、なによりそう、自分自身に逃げたことになる
ネットでたくさん検索した
無断欠勤って選択肢だって何度も頭をめぐった
でもだめなんだ、胃が昨日の晩御飯をフルリリースしそうになる
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ
身体中が嫌だと叫んでいる
わかってる!でもだまってろ!
息があがる
心臓の鼓動がアフリカの民族音楽を超越する。
呼吸はできず、コンガよりも早い鼓動の波に溺れていく。
たすけて
私よ、やめろ。やめるんだ!!
叫びそうになるメーデーを「行く」の発声でぬり潰す
一歩!そう、もう一歩だ!!
私はない胸を鷲掴みながらお馴染みのコンビニを左に曲がる
苦しい、苦しいよ!!!
脳はWARNINGを身体中に発令する。
いつのまにか頭上の雲は黒く重く私にのしかかっていた
大丈夫!あと一歩!
なんとか改札を抜けて、電車に乗り込む
電車のいいところは車などとはちがって私の意思とは関係なく目的地まで運んでくれるところだ!
「そんな、うそだ。」
駅の外は土砂降りの雨だった
私はこれまで生み育ててくれた両親のことをおもった
いい子だと何度もいってくれた祖母のことを思い出した
バイト先の人の険しい顔が脳裏によぎる
私は行かなくちゃ!
行かなくちゃいけないんだ!!
脳内会議は紛糾した
終わった後のご褒美派は議会から叩き出されたものの、外でデモを繰り広げていた
あぁ!どうにかなってしまいそうだ!!
この世の森羅万象が私の行く手を阻んでいた。
どうか、どうか…
もはや祈る思いで最初の半歩を踏み出す。
無機質なアスファルトを捉えたが、そこで全てが停止してしまいそうだった。
とにかく、行く!
心がギリギリとすりつぶされる様を横目に、無我夢中でもう一歩目を蹴り上げた。
春風が鼻腔をくすぐる。
【おわり】