「お肉とお団子、どっちが食べたい?」
台所のほうからママの声が聞こえた。
わたしはどっちがいいかなと少し考えてから、そもそもその選択肢そのものがおかしいことに気がついた。だってお肉はおかずだし、お団子はおやつのはずだ。「えー、どっちも!!」わたしは部屋から台所がある方向に向かって叫び返した。
お肉とお団子。お肉はジューシーだけど、お団子は甘い。わたしはふと昨日貰ったふたつのラブレターを思い出した。エーくんは柔道部の副部長。クラスは一緒になったことはないけど、めっちゃ強くてクソ真面目な人、らしい。ビーくんは中学に入ってから結構仲良くしてる人。わたしの愚痴をいつも聞いてくれる。でもビビりでちょっと頼りない。今時ラブレターなんて古くさいやり方だとおもった。中学生にもなって携帯がないのは致命的だ。教室の関係性とは結局のところただの結果でしかない。
だから先生は本当に不憫だとおもう。昨日の班分けでシーさんが“ひとつ下のレベル”のグループに入ることになった理由も先生は生涯知ることはないんだろう。わたしたちは下校してからのほうが言葉を交わす。それは時に文字だったり、かわいい動物のスタンプであったり、動画や写真であったりする。そして網の目のように張り巡らせた繋がりのなかで交わした言葉の結果が、翌日の教室の空気となるのだ。無邪気な先生がよく口にする“繋がり”ってやつをわたし達は生き延びるために必死で手繰り寄せていた。だから明日もあそこで息が出来るように言葉を紡ぐ。それは決して詩的な意味ではなくて文字通り生きるためなのだ。
だから携帯すらない彼らはあまりにも致命的で、付き合うにはリスクが高いのだ。
わたしは画面のなかで沸き起こるラブレターの話しをうまくかわしながら、どうしたものかと肩をすくめた。「ごはん出来たわよー」台所からママの声が聞こえて、わたしは携帯をおいた。ママは携帯を見ながらご飯を食べると物凄く怒る。それはまぁ恐ろしいのだ。食卓につきながらぼんやりと考える。二人ともを同時にフってしまったら、当然悪目立ちする。どうにか波風を立てないようにふたりをお断りするのは困難であり、どちらかと適当に付き合ってさっさと別れるつもりだった。
「ねぇ、ママ。」
ご飯をよそう背中がこちらを振り向かないで返事をする。
「ママって、パパのどこがよかったの?」
「どうしたの?急に。」振り返ったママは少し楽しそうだ。
「なんか、パパってママに釣り合わない気がする。」
ママは眉だけしかめると今日のメインディッシュをわたしの皿に盛り付けた。
「じゃーん、肉団子。」
「もしかして、さっきの二択ってこれのこと!?」
「だって「どっちも!!」ってさっき言ったでしょ。」
それは結果が前提の二択じゃんと思ったけど、口には出さなかった。我が家の肉団子は上に醤油ベースの甘辛いタレがかかっており、すごく美味しいのだ。
わたしが早速箸を手に肉団子を口にほうりんでいると、ママと目が合った。
「パパはね、肉団子みたいな人なのよ。」
「どういうこと?」
本当に意味がわからず、目が・になる。
「きっとママの子だから、ずっと王子さまを探しているんじゃない?」
「わたしのこと?」
ママが笑う。目尻にいくつかの皺が薄く引かれる。
「ママね、昔は結構モテたのよ。」
背筋を伸ばすと得意気にわたしをみた。
「けどね、王子さまっていなかった。」
ママはお姫様じゃなかったの。伏し目がちにお箸を並べる姿はシンデレラのようだった。
「けど、ママはパパを選んだんでしょ?」
「そうよー」
パパはどう贔屓目にみても王子さま系ではない。
「好きってコクハクした?」
「それはパパがね。」
「じゃあ選んでないじゃん。」
出来立ての夕飯が食卓に並ぶ。
中央には肉団子の小山がでんっと置かれていた。
「でもね、パパを見つけたのはママなんだよ。」
そそくさといただきますと小声でいうと、わたしはすかさず肉団子を口にほうりこむ。うん、美味しい。
「パパってマッチョって感じじゃないでしょ?」
昔少年野球をやっていたらしいが、今では見る影もないただの中年だ。
「それにすっごく甘えたくなるような感じでもないじゃん?」
ママ、すごく楽しそうだ。確かに休日は昼寝してばかりでしかもだらしない。どうしてママがパパと結婚したのか本当にわからなくなってしまった。
「ママね、ホントはマッチョな王子さまか甘いマスクの王子さまがよかったの。」
今度はわたしが少し笑ってしまった。たしかにね。
「でもね。」
ママはそっとわたしをみた。
「パパはたしかに、マッチョじゃないし全然気も効かないけど、」ママもひょいと一口で食べる。
「とっても幸せなのよ。」
「全然、わかんない。」
可笑しそうにママはまた笑った。
正直ママは美人だから、きっとパパでダキョウしたんだとおもう。
けれど、
それも悪くないかなとおもった。
【おわり】