世の中はクソッタレで不条理だ。
でも、これだけは言える。
たしかにわたしはたったひとりぼっちかもしれないけれど、絶対最低なヤツになんかならないんだから。
「たったひとりで歩いてきたの。」
少女は少年のような出で立ちでそう答えました。
「それは本当かい。」
旅人は信じられないといった素振りで少女を見つめました。少女の後ろには果てなく続く荒野とそれを縦二つに区切る低いフェンスが旅人の手前で途切れていました。
「学校にはいっているのかい。」
「うん、昔ね。」
「そうか。」
旅人はそれっきり黙ってしまいます。
雲ひとつない快晴。この土地で人と巡りあったのはほとんどはじめてだった。それもこんな年端もない少女だなんて。旅人は己の旅について考えを巡らせます。彼は過去に長女を亡くし妻とは離縁していました。長女は殺人に遭い、妻は腹に子を宿したまま彼を非難して里へと帰ってしまったのです。彼の旅は長女への贖罪あるいは愛しい我が子の影を探していたのかもしれません。あまりにも人を信じすぎた娘とそれを戒めることができなかった自分。彼は許されたかったのかもしれません。改めて彼は目の前に立ち尽くす少女を見下ろしました。煌めくダイヤのような彼女の瞳に彼はついうつむいてしまいます。
「君はあの子にどこか似ている。幼さの中に強さがある。君はその強さをどこへと向けるのだい。」
彼女は口をつぐんだまま彼の後方を遠く見つめていた。
「…その強さは優しさゆえにいずれまたもとの優しさへとかえってゆくだろう。しかしまだ君は悪意に耐えられない。このままではその優しさは生け捕りにされ、やがて邪な色に染まるだろう。」
旅人は彼女の瞳に向き直る。
「私とともに来ないか。」
「おじさん、わたしはこのフェンスにそって西から東へとずっと歩いてきた。幾夜を超え、フェンスが途絶えた先におじさんが立っていた。これをおじさんは運命だと思う?」
「あぁ、運命だと思う。再会とすらね。」
旅人は心が踊りました。ようやく会えた、と。まだ食料は十分ある。荒野の夜は冷える。暖かいスープを一緒に作って食べたらどれだけいいだろう。そして火を囲みながらこの子に人生についていろんなことを説いてやりたい。そして、もしこの出会いが本当に運命ならいつか手頃な町で旅を終え、ささやかな生活を営めるのではないだろうか。もう一度、私は生きる理由を得られるのではないだろうか。少女に笑顔でいてほしい。こんな世界の隅で忘れられるのではなく、もっと文化的な生活のなかで。
「さぁ、ともに行こう。君には伝えたいことがたくさんある。」
乾いた音が荒野に響きます。しかし青空は荒野よりも広く、枯れ木を揺らす風とともにすぐさま吹き飛ばされてしまいました。代わりに畑もできない硬い土の上から赤いカーネーションが一輪咲きました。
「他人は信じるな。それがお母さんとの最期の約束なの。」
少女はハンドガンを仕舞うと、旅人が持っていた杖を拾いまた歩みだしました。杖を引きずりながら歩く少女の道はちょうどフェンスの延長線となって大地に書き加えられました。
「…やっとおわったよ、おねぇちゃん。」
【おわり】