「おまたせ」
って 言ってくれた
そんなことがたまらなく嬉しくて
つい、 「遅い」
って言ってしまった
少しずつ暗くなっていく空
開け放たれた窓から差す
薄いオレンジと緩やかな風が
放課後のあなたと
放課後のないわたしを包んでいった。
「先生いーひんねんな。」
その言葉が、私には意味深に聞こえた。
「今は、おらんよ。」
わたしはあくまで外に目をやった。
あなたはプリントとノートを数冊、そっと戸棚に置いた。
「…じゃあ、もうオレ帰るな。」
その言葉をわたしは否定した。
「なら、先生くるん待とか?」
それも違うと言った。
あなたはしばらく困った素振りをみせると、近くの丸椅子に座ってうつむいてしまった。
「学校、たのしい?」
なるべく、語気に気を付けて言ったはずだったのに、あなたはよけい黙りこんでしまった。 話題を変えよう。
「保健室ってさ、なんで全然プライバシーないんやろな。」
あなたが顔を上げる。
「ベットで休んでても、別の子が保健室の先生に悩みを相談したら 全部聞こえるし。」
あなたが心配そうな顔でいる。
やだ、そんなつもりで言ったわけじゃないのに
「でも、今はそんなことも気にならへんけどな。」
少し元気に言ったつもりなのに、あなたはまた下を向いてしまった。
「ごめん。」
そんな言葉があなたの口から零れる。次にそこから紡がれる言葉はただわたしを苦しめるだけの言葉だった。
「オレのせいで…」
「ねぇ、」
わたしは被せるように少し声を張って、あなたに一方的なお願いをする。
「今度は必ず、海に連れて行ってや。絶対やで。」
あなたは目を丸くして驚いていた。
「でも、」
「いいの、もう怒ってへんから。」
怪我なんて、時間が経てば治る。
けど、
生真面目なあなたはいつまでも自分を責め続けてしまうだろうから、
「ずっと前に教えてくれた、海に沈む夕日をわたしにもみせて。」
そして次こそ本当にそれをみることができたら、
その瞬間からあなたが昔よりもわたしを大切にしてくれている証明になるはずだから。
本当は内気なわたしを連れ出してくれた、あの日のようにもう一度。
あなたは何か決意したように、眉間にしわをよせながら
わかった、行こう。必ず、行こうな。
と約束してくれた。
いつの間にかオレンジは黒く、闇に溶けていた。
去り際に、
「手術、成功するよう祈ってる」
と言ってあなたは病室を出て行った。
バイクの音は聞こえなかった。
【おわり】