児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

この船に乗せて

2020-06-08 | 物語 (電車で読める程度)

この船に乗せて!
この沈まない船に!



例えば少年と少女がいて、

どちらかは乗組員で、どちらが漂流者だったとして、

どちらかの小噺。

最初に得たものは落胆に他ならない。少なくとも乗組員は自分自身に求められた意味も与えられた不相応な権限も弱者のすべてを解決するための正義だとばかり思っていたから、何もなし得ないままの日々に呆然としていた。それは絶対に沈まない鋼鉄の船の上から、溺れている人のできるだけ近くに浮き輪を投げる仕事だったのだから。

 耳を塞いでも聞こえる悲痛な叫びを飲み込む度に、いっそこの身で助けに行けばと夢想した。実際、あちらへ飛び込もうものなら瞬く間に船員たちに首根っこをつかまれた。
「しにたいのか」
「とんでもないことになるぞ」
「お前が飛び込むならみんな飛び込まなくちゃいけない。」
「一度溺れれば誰も引き揚げちゃくれないぞ」
他の船員達にまくしたてられた叱責も失笑もやがて乗組員を変えるには十分だった。
きっと稀代の英雄ならば、それでも海へ身を投げたのだろう。けれども、乗組員は自分自身で思い出すほどに凡人だったから、ただただ甲板を右往左往と走り回ることで精一杯だった。


 溺れる人の形相は鬼のようで、よくいる普通の人だった乗組員は真冬のように縮こまってしまった。それでも時間は待ってくれない。一斉に警笛の合図で物資の入ったコンテナ付きの浮き輪を投げる。物資の入ったコンテナはあとで回収するために、ロープがついている。溺れている人が度々そのロープを必死に手繰り寄せるから、力のない船の乗組員は皆、海に落ちてもどってこなかった。鬼の形相で手繰り寄せる溺れた人の群れに乗組員は恐れをなして、隣の年老いた船員にどうすればよいかとたずねた。

「簡単なことさ」

「力をぬいて、握った手をほどくんだ」










どちらかの小噺



裏切りの果てに流れ着いた大海原で、
ボロ板にしがみついてすすり泣いていた。

嫌なの匂いのする涙を黄ばんだ袖でぬぐった。


腐りきった林檎を齧り、アダムかイブのどちらかは西へ沈む夕日の後追いを試み、何度となく失敗した。漂う先になにがあるかもわからず、ようやくわかったことは自分が人のようななにかであることだった。
たまに話す影はいつまでも漂流者の言葉に耳を傾け、されど何も指し示すことはなかった。それこそがかえって慰めとなった漂流者は、ならばいっそと影に向けて唄った。潮風で焼けた喉から発するしわがれた声は、亡者よりも死に近く、海鳥よりは幾分ましなものだった。

 その唄がやがて凪いだ水面を滑り、彼方の偉大なる錦旗に絡まり、唯一人が立つ甲板に滴る頃、乗組員はまさに石灰色の海に向けて小舟を浮かべていた。


ひとつの灯を乗せた小舟は闇の間際を沿って消えた。




その明かりが朝焼けを待つだれかに寄り添ったことなど知る由もなかったように、

その旋律が夕闇に立ち尽くすだれかを庇ったことも、




あるいは、それがどちらの物語なのかさえも、





この世界は黙秘した。














【おわり】


 
 


かなしいほどキラキラ

2020-06-02 | 物語 (電車で読める程度)
かなしいほどキラキラ。
まぶしくてなみだがでちゃう。
あぁ、きっと。おとうさんもおかあさんも
しらないんだろうな。
まいにちがぱっと消えちゃうから
ずっと気づかないまんまなんだろうな。

さよなら、キラキラ
ボクのなかの
光や風の輝きを
どうかいつかのボクにわたしてあげてください。
きっと、いつかのボクも
おとうさんやおかあさんみたいに
なくしちゃって
なみだがなくならないように



 電車のなかで目が覚めたときにはとうに乗り過ごしていた。なにもかもが面倒でくだらなかった。自分が思い描いていた以上に自分はつまらないやつで惨めな気持ちだった。仕事はうまくいかない。それは他の何者でもなく自分の事だった。僅かに顔をしかめたら、日中の苦虫が喉を這い上がってくる。こんなに毎日が泥をすする日々だと誰か教えてくれただろうか。
なぁ、俺。今なにしてんだ。
吊革にぶら下がる人は絞首台の囚人に似ていて、俺を見下ろす視線に生気はなかった。車窓のまばらな明かりが、チラチラと視界の端に写る。その明滅が鬱陶しくて、瞼を固く閉じた。


次に瞼を開いた時、そこは終着駅だった。駅に降り立つと、そこもまた見知ったような土地だった。記憶ではおそらくはじめて降り立ったこの地も、やはりここではないどこかに瓜二つで。結局、退屈なものだった。

 折り返す電車を待つよりも、ほんの僅かな冒険心を満たすため、改札をするりと抜けた。駅前にコンビニが一件、銀幕のスターのように佇んでいるばかりであった。
住宅地と少し場違いな分譲マンション、がらんとしたロータリー。けれども目が、心が、瓜二つの風景のなかを必死に探していた。暗闇に吸い寄せられるように、路地を抜ける。ずっと昔から隠されていたような文化住宅の角を左に曲がると、芝の生えた堤防に行き当たった。
赴くままに階段を上がり、やがて夜の川辺に出た。

向こう岸に立ち並ぶ分譲マンションのきらめきと水面に散らばった光の欠片に、なぜだか胸をしめつけられてしまった。

それは、かなしいほどきらきらだった。



夏虫のざわめきが、前髪を揺らすそよ風が
川辺に澱む光の屑が。


たったひとりの自分を
たったひとりだけの自分だとおしえてくれた。

どんなに惨めでも、どんなに虚しくとも



この景色を美しいとおもえる自分はかけがえのない自分だ。


 





 

それはいつかの自分が
まだここにいる証なんだ。












俺は少しだけ泣いた。





【おわり】