ふらふら歩いていた。大学とは真逆の方に。わたしはいったいなにをしているんだろう。河に沿って歩く。天気はいい。体調もいい。けれどわたしの体は重かった。わたしを中心とした半径3cm以内だけ虚ろな世界が広がっている。外は柔らかな日射しが降り注いでいるのに、わたしのもとには冷めきって届かない。わたしは今日もテストを休んだ。これまで頑張って出席した単位すべてが吹っ飛んでしまった。もう、なにもしたくないのだ。頭の隅でそれは嘘だとかなんだとか言っている自分がいた。けど、またどうせいつもの前頭葉のお節介だ。どうでもいい。ブリキの兵隊のようにアタシは足を動かす。お爺ちゃんが散歩してて、テストのない大学生がイチャイチャ楽しそうにしていた。別にいいのだ。ヨソはヨソ。ひとりぼっちの行軍。わたしはこのままどこに行くんだろう…。水は低きに流れるのなら、わたしもこのまま流れていっちゃうのかな。突然お茶が飲みたくなってベンチへ座った。ぺちゃんこのリュックからペットボトルを取り出して、グビグビ飲む。一瞬だけ何かが満たされたかけて、やっぱり何も満たされなかった。ついでに少しだけ本を読んでいくことにした。リュックの奥底から取り出すと、折れた染みだらけの表紙をなぞった。それはわたしが好きだった本。ワクワクして止まらなかったページを今はゆっくりとめくる。適当に開いた文を殊更ぼんやりと眺めた。目の前には一級河川が青空の雲と共に左へと流れてゆく。2,3ページ程読んで脇に置いた。つまんないお話し。足をぶらぶらする。わたしは再び歩き出した。
つまんないお話しをしてあげる。わたしはわたしの脳幹へと語りかける。わたしにはおそらく唯一の友達がいた。とっても地味で優しい子。おとなしくて控えめなその子とは小さい頃から一緒だった。唯一そう、わたしとまだ友達でいてくれる子。昔わたしには「お友達」がたくさんいた。けれどそれはあっという間の現象のようなものだった。嵐が過ぎれば空は晴れるように、気がつけばわたしのもとにはなにも残っていなかった。
「子どもは風の子…」
少しだけクスリと笑った。
「それ、使い方違うんだよ。」
そんなご指摘が聞こえた気がして、つい可笑しかったのだ。唯一の友人は度々そうやってわたしの間違いを正してくれた。それがなんだか楽しかった。学校は当然窮屈でよくわからないことだらけだった。勉強よりも落書きのほうに熱中した。「お友達」同士のルールはシンプルで、たった1度の違反でレッドカードだった。当然それはとても高度なプレーを求められたし、時には不本意なチームプレーを強いられた。けれども元々わたしにそんな器用さはなかった。レギュラー確保に向けてギリギリの日々を送っていた。ある日、上手くいかないことが辛くて、わたしは簡単にそこから眼をそむけた。けど、唯一の友人はそんなことをしなかった。ただただ言われたことを、先生や「お友達」に言われたことをやり続けていた。
例えば野球選手ならホームランを打てば、それでよかったのかもしれない。わたしは9回裏二死までバッターボックスに立てない臆病者だった。幾度も絶体絶命の窮地を火事場の馬鹿力によって引き分けに押さえ込んできた。けれど最近その力さえも馬力不足で、わたしの人生はジリジリと負け越しはじめていた。点差が開くにつれわたしは自分に絶望した。あの子は空振っても、ピッチャーゴロでも、ただの凡フライでもすべての打席に立ち続けた。いつの間にかあの子とわたしとでは比べ物にならないほどの差ができてしまった。今、わたしはあの子に会うことがこわい。今の有り様をみてあの子が唯一でも友人でもなくなってしまうことがこわいのだ。
さてと。わたしはこのお話しに終わりをつけるためピタリと歩みを止めた。
困ったもので、それでもわたしは全く懲りてないのだ。
どうせもう追い付けないなら
歩く亀より脱兎たれ。
わたしは先の対岸へと伸びる橋を目指して駆け出した。
【おわり】