児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

緋色のひーちゃん

2021-06-14 | 物語 (電車で読める程度)
緋色のひーちゃんが空を仰いで、
きっと明日はうまくいくさって
なぐさめよりも力強い調子で
僕の太鼓を叩いてくれた。
ようやく夜が終わって、いつもならまだ眠っている頃なのに、突然目の前に地平線が広がって、どこもかしこも視界が開けていった。
「音楽はね」
ひーちゃんはいつの間にか真っ赤なテレキャスターを構えていた。
「革命なんだよ」
僕はかぶりを降った。
「ウソじゃない」
ひーちゃんをまっすぐ見ることができない。自分みたいなちっちゃいやつには眩しくて仕方がない。
「たった一曲でだれかの世界をくるんとひっくり返すよ」
音楽なんてありふれている。否定よりも鋭く、僕の胸を串刺しにしたのは往年の腐りたい欲求だった。
「ぼくらの物語を勝手に悪くないものにするんだ」
ギターのパワーコードが心を突き飛ばした。朝焼けは空を燃やし続けていた。
大嫌いな朝だ。いつも息がうまくできなくなって、もう何千年も溺れていた朝なのに。ひーちゃんのテレキャスターは星空の残滓を纏って僕を連れ出した。

僕は少しだけ泣いてしまった。こんなにも力が湧いてくるのに、実際のところ何をしたらいいのか見当もつかなかった。

「息を吸ってごらん」
「なにも考えなくていい」
「なにも成し遂げなくていい」
「なにも意味なんてなくていい」
「なんだってそう悪いばかりじゃない」

ひーちゃんがにかりと笑って、僕の口角もつられてしまった。



爆音とともにひーちゃんの声は徐々にちいさくなっていき、僕はそっとヘッドフォンを外した。


なにかを始めるにはぴったりの世界だった。




【おわり】



忘却の空

2021-06-13 | 物語 (電車で読める程度)
有刺鉄線の向こう側は滑走路だった。
ここは飛行機の腹が見える場所だ。
風が吹いていて、汗をさらっていった。
みずみずしい緑の雑草はまるで初夏の景色だった。用水路とも川ともいえない水路に沿って亀やらイタチやらがゆったりと横切っていく。人はほどほどにいた。その手のマニアらしき人々よりも、ただふらっと来ている人のほうが多くかんじた。

10年振りとは言わないまでも、高校生時分の友人と柵に寄りかかって空を見上げていた。友人いわく、平日の夜こそ幻想的なんだという。ここでよく最近仲の良い人妻といつまでも手を暖め合うのだそうだ。なら平日の夜は絶対来れへんやんという指摘の代わりに、幼い兄姉があげくの果てに妹を埋める映画をお勧めしておいた。顔をしかめた友人に映画サークルの性分がつい出たのだと弁解しておいた。

雲間からわずかに見える光はやがて二つになり、それが旅客機であることがわかる頃には轟音を連れて背後へと過ぎていった。

子どものようにはしゃぐ人妻が可愛くて仕方がない。そう話す友人に何も思わなかったわけではなかったが、何も思わなかったことにした。

向こう側で離陸する飛行機も、頭上を駆け抜ける飛行機も同じだとは思えないように、今の友人もまた、昔の友人とまったく同じようには思えなかった。

友人の話よりも、右耳を貫通する安全ピンのほうがよっぽど気になって仕方がなかった。

コンビニの軒先で煙を薄く吐いたあと、少し車を走らせて海に向かった。

薄桃色に染まった湾の先で、適当に車を停めて、浜辺を歩きながら互いの近況を話した。

友人もそう思ったのだろうか。
話す自分に僅かな違和感を感じながらも、
見逃してくれたのかもしれない。

それこそ、もう大人だったからかもしれない

「またな」
「おう」
軽く手をあげた。あげた手をおろしてよいのだろうか。二度とあげることはない気がした。



銭湯に寄り、車を戻して、自転車がパンクし一苦労しながら家へ帰りついた頃には、夜になっていた。






ベッドに潜り、明日に気づかれないよう息を殺していたとき、夢の中で、かつて妻と使われなくなった飛行場の滑走路を車で走らせたことを思い出した。無邪気に車を走らせて、澄みきった空へ思いを馳せた。

あれはいつのことだっただろうか。



もう何も思い出せなくなっていった。




【おわり】