児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

バイバイ バイミー

2016-04-13 | 物語 (電車で読める程度)
あのね、とハナちゃんは言った。
その続きを僕は聞きたくなかった。
学校からの帰り道。塩辛い風が埋まらない2人の間をすり抜けていった。

「転校するの」

「そうなんだ」

もちろんそれは知っていた。もう1ヶ月も前からわかっていたことなのだ。だけど、どうしてかな。やっぱりハナちゃんの口から聞くと心がぞわりとした。

「それだけ?」

「うん、いや違うよ。でも…どうすることもできないでしょ。」


ハナちゃんの大きな瞳に頭から爪先まで吸い込まれそうだ。

「ねぇ」

「…なに」

「迎えに来てよ」

「僕が?」

「うん。来れるでしょ。アンタ男の子なんだから」

「えぇ、どうやって」

「ふふ、こっち!こっちきて!」

ぴょんぴょん跳ねながら、ハナちゃんが僕の腕をひく。指の短い褐色の右手が僕のひょろい左手首を捕えた。

「ちょっと待ってよ」

もちろんそう言ってハナちゃんが立ち止まった試しはない。二丁目の民宿を抜けて自動販売機を曲がったら、そこはハナちゃんと学校帰りに遊んだ海岸が延びている。ザザァンと打ち寄せるあわあわの波に石とか投げてよく遊んでいた。

「ねぇ、ほら。こっち!」

「ここがどうしたの?」

「だーかーら、迎えに来てっていってるでしょ!」

「どうやってさ!」

すると、ハナちゃんは目を真ん丸にして海の向こう、柵の向こうを指差す。

「もちろん泳いでよ」

退屈なほどに穏やかな海岸線。曇り空と海猫の声。渚に沿って打ち立てられた鉄条網が端から端までつづいている。僕たちは派手に飛沫をあげながら、靴を脱ぎ散らかして一本のヒモのようになって鉄条網へと駆け寄った。ハナちゃんの小さな左手ががキュッと金網を握る。

「バカ言わないでよ」

「水泳大会で一番だったじゃない」

僕は首をふった。

「ちがうよ。ホントは二番なんだ。トミーがほんの少し早かったのに、先生が間違えたんだ。」

ハナちゃんはただ柵の向こう側へと続く水平線を見つめていた。僕の話はちっとも聞いていなかった。


「迎えに来てね。必ずだよ」


その目は、瞳は、
いや、その魂は僕に嘘を吐かせるのに充分だった。

「…わかったよ」












あれから幾つか夜を越え、

鉄条網の上の有刺鉄線に背が届く頃。


僕は未だに嘘を吐き続けていた。



【おわり】