どうしようもないや。彼女の標準語がいまはやけに気に障った。
どうしようもないのはこっちのほうだ。
不幸自慢で爛れた会話が少しずつ僕らの関係を取り返しのつかないものへと変えてしまうようだった。
どうだっていいと投げやりな態度の反面、これが悪い夢であってほしいというおもいもあった。
沈黙が僕たちの間の空間も時間も信頼関係も泥沼へと沈める。
どうしろってんだ。沸き上がる怒りで手元のマグカップを叩き割ってやりたくなった。一瞬、関節がぴくりと動き、瞼の裏で何もかもぶちまけた自分が写る。
そして、かなしくて堪らなかった。
ふたりで行ったはじめての海外がシチリア旅行で、彼女が僕に選んでくれたマグカップだった。よくわからない外貨にあたふたとしながら、一生懸命買って、たぶんあれは観光地価格のぼったくりだろうにも関わらずうれしそうに僕に手渡してくれた。ホテルに帰って、僕より先に勝手にあけて、しげしげとマグカップをみつめていた。かわいいね、という彼女がかわいくて彼女が使えばいいさと言ったのに、彼女はやんわりと首を横にふって、かわいいマグカップを僕に使ってほしいんだって、なぜか誇らしそうに説得されてしまった。シチリアの海と窓辺をなぞるそよ風が心地よくて、彼女の頭を撫でた。彼女も気持ち良さそうに寄り添って、ずっと一緒にいたいっておもった。
どうしちゃったんだろう。
かなしくて仕方なかった。
【おわり】