さよなら以前に君と決着をつけなければいけない。君は僕のことが嫌いで、けれども僕は君のことがそれ以上に大嫌いだ。君は僕と話さない。僕は君を離さない。それがたまらなくもどかしい。苦しいのかな、わからない。自分の中で気持ちが途切れ途切れに浮かんでは消える。君がどうして僕を愛してくれなかったのか、それすらわからないままだ。だけど一つだけ言えるのは、僕は僕を嫌う君が大嫌いだ。
その日、彼と彼女はさよならを言うために会う約束をしていた。
彼の話
彼方の水平線に太陽が沈む。僕らが住んでいた町は海と山しかなかった。眼前に広がる海。そして背後には静かな県道と山が迫っていた。県道と斜面のわずかな隙間に張り付くようにある集落こそ僕が生きた19年間のすべてだ。茜色に染まる空。世界を焼き払うような赤に僕は、いや世界中の人々が今もこうしてそれぞれの思いを馳せているのだろう。あと1時間を待たずして世界が滅びるのだと聞いたら昔の人はどんな顔をしただろうか。超新星爆発を起こしたクジラ座T星の破片が半世紀後地球に衝突することがわかったのはもう20年も昔。僕らがまだ生まれてすらいない頃だ。直径は月の半分ほどの大きさ。けれども地球を終わらせるには十分すぎるほどらしい。先生曰く僕らは人類学上最後の世代と言われていて、「永遠の十代」「託された革命世代」などと言われているらしい。世界は残存する化石エネルギーをつぎ込んで無数のロケットを打ち上げた。決まってロケットや核弾頭には希望や平和といった意味の名前が付けられた。テレビでは希望の核ミサイルが地球を飛び立ち、ネットでは世界中の自暴自棄になった人々の愚行であふれかえった。うんざりする。僕は携帯型web閲覧ツールを海に投げ捨てた。政府からの支給品だった。僕は自転車を取り出して山手の集落へと漕ぎ出す。今日僕は彼女と約束をしているのだ。
彼女の話
今日彼と会うことになっていた。学校が自主登校になって以来、久しぶりであった。会うといっても特に何かするわけではない。一緒に海岸をあるいたり、野山で放置された蜜柑の木に水をやりにいったり特になにもしない。正直退屈だ。けれど私が手の届く何もかもは全てやり尽くしてしまった。遊びも恋も全部。
だから私達は一切を諦観することができた。けどやっぱり心のどこかでは気づいてもいた。おそらく世界は終わらないということを。終わるのは人類で、きっと
この世界はごく自然にむごたらしい形であり続けるということを。そう、世界は終わらない。けれども幾億の人々の世界はここまでなのだろう。もし仮に、その後の世界に置き去りにされた者がいたならば、何を見るんだろう。地を這いつくばりながらも仰ぎ見るのかな。何光年も昔の星空を。
そしてその時が来た。空一面が焼けた。燃え上がる炎の大地であらゆるものが押しつぶされる。この世にあるもの全てが発火し、天と地の火の手が互いにもつれあった。はじめに髪が焼けた。次に耳が落ちた。お気に入りの服が爛れた肌に張り付いてかきむしりたくなった。叩きつけるような激しい熱風と相まって伸びた指先の皮はちぎれ飛んでいった。瞼は焼かれ、否応なく愛する人の首が吹き飛ぶ様を見せつけられる。轟音と何かが折れる感触。息を吸おうとすると血と肉が肺に雪崩れこんできた。身体の重さに耐えきれずその場に崩れ落ちる。
やがて空は暗転し、赤く揺らめく地上には一つの亡骸と一匹の異形だけが取り残されたのだった。焦げた臭い。止まない耳鳴り。落ち窪んだ節穴じゃないほうの眼球で、異形は頭上に浮かぶ星々とひときわ明るい上弦の月を仰いでいた。それはいずれどうあがいても夜が明けることを意味していた。異形はおもう。
彼が死んで、私が生き残ったのか
彼女が死んで、僕が生き残ったのか
そんなのは大した問題じゃない。
そんなことよりも、
本当はさよなら以前に君と決着をつけなければいけなかった。君は私のことが好きで、けれども私は君のことがそれ以上に大好きだ。君は私を離せない。私は君に話せない。それがたまらなくもどかしい。苦しいのかな、わからない。自分の中で気持ちがふわりふわりと浮かんでは消える。君がどうして私を愛してくれるのか、それすらわからないままだ。だけど一つだけ言えるのは、私は私を好いてる君が大好きだ。
それが彼と彼女のさよなら以前の問題だった。
【おわり】