児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

あきれるくらい君をみてる にゃ

2015-02-26 | 物語 (電車で読める程度)


ふふんと鼻を鳴らすと、君は犬みたいにサッとこちらを見た。「何?」無愛想な返事が返ってきた。「うーん、別に。」君が犬みたいに振り向くかなーと思って。なんて言ったらガルルって唸りそうだから言わないでおいた。「なんだそれ。」そういってまたこたつの上に顔をのせた。みかんがあればなぁ、ひとつ手にとってなげてやれば、君はすぐに追いかけたんだろうに。残念だ。こうしてふたり温まりながら、ぼんやりとテレビの音を聞き流していた。本当になんてことはない日々だ。彼の頬っぺたはムニムニしててなんだか新しい生物がこたつの上で誕生したみたいだった。「あー、ヒマだ。」ムニムニがそんなことを喋った。「うん、そだね。」わたしもそう返したけど、つまんなくはなかった。見てて案外面白いし。その彼は「う」と「あ」の間の音を絶妙に伸ばしながらスマホで、なんかの動画をみてる。もうテレビは消してもいいかもしれない。リモコンを探すと彼の後ろにある。「リモコンとって。」すると「んぁ?」と語尾があがる。またニヤけそうになるのを必死にこらえた。「テレビ消すから。」
「あー はいはい。」そう言ったくせに自分がリモコンをとると勝手にチャンネルを変えだした。結局みるのかよ、内心ツッコミながらもあえて何も言わないでおくことにした。

「あ、モアイ像じゃん。」
彼は手をとめた。番組ではモアイ像ができた理由や経緯についてヒゲもじゃの先生が解説していた。

「イースター島ってなんもないのに人住んでたんだ。」
「大昔、木を切りすぎちゃったらしいよ。」
小学校の頃、国語の教科書かなにかにそんなことが書いてあったはず。
「ふーん。」
彼は興味なさそうだ。
丘にそって生えた背の低い草と透き通るような青い海にそれとよく似た空が広がっていた。
「モアイ像ってさぁ、」
少し神妙な面持ちで彼は言う。
「ずっと、同じところばかりみてて退屈しないのかな。」
「んー、どうだろ。」
わたしは冷蔵庫に牛乳がまだ残っていたか思いだそうとしていた。
「ヒマすぎてあんな渋い顔になったんだろな。」彼のドヤ顔にエアパンチをしてわたしはちょっと考えてから答えた。
「きっと、なにかを待ってるんじゃない? 」
「うっわ、恥ずかしっ!」
エアパンチ×2をくらわせてやった。

「けど、」
少し笑ってから彼は言った。
「待つのなら、嫌いじゃない。」
向かいの忠犬ハチ公が得意気に胸を張る。そうだね、よしよし。って髪を両手でクシャクシャにしてやりたい衝動にかられる。彼のハチ公エピソードは大小あわせていろいろある。
「そういえば、この前遊びに行ったときも待ち合わせより1時間も前に来てたんでしょ?」
うん、と頷きながら彼はこたつのスイッチを切った。熱かったみたい。
わたしはじーっと彼をみつめる。
なんだよ、と彼がたじろいでも目を離さない。それからどれくらいかな? たぶん100秒ぐらい経って「よく飽きないな。」と呆れられてしまった。

「ちっとも飽きないよ。」

わたしは彼の眼をまっすぐとみた。

わたしの瞳には彼が写っている。
そして彼の瞳にもまたわたしが写っているのだろう。

そんなことさえ、わたしは嬉しいと思った。

だから案外、その言葉は私が想像していたよりもずっと自然に、するりと出てきた。

「ねぇ、来年結婚しよう。」

「えっ、」

彼の表情をみて、一瞬の後悔がわたしを包む。けれどそれを塗り替えるようにわたしは言葉を重ねた。

「それまでどっちが先に『(あき)れる』か勝負しよう!」

「え、 えーっとそれって、あきたほうが勝ちなの?」

「うん、そう。君があきたら君の勝ち、もっと広い世界に飛び立てる! だけど、」

「だけど?」

「………だけど、もし君が負けたらその時は。…その時は、わたしと一緒にいてください。」

彼は驚いた顔をしていたが、もぞもぞと体を起こし、すごく真面目な顔で向き直ると

「わかった。じゃあ、君が負けたら僕と一緒って約束だよ。」


そんなルールが追加された。


とても優しい日々だった。
目的のない、ゆらゆらとした日々を
ただ消化してゆくわたし達はいつか
イースター島の人達みたいになってしまうかも、しれない。

だから、待ってみようと思うんだ。

君がわたしであきらめるまで

その日まで


君と、ふたりで。

この星の片隅で。





その時まで。










【おわり】

あきれるくらい君をみてる わん

2015-02-26 | 物語 (電車で読める程度)


ふふんと声がして何か笑われたのかと思った。「何?」って言ったら「うーん、別に。」とか彼女は言う。「なんだそれ。」あれか、よくある「呼んでみただけぇーw」ってやつか。なんなんだいったい。こたつの上に頭をのせるとひんやりして気持ちよかった。彼女はテレビをみてるっぽかった。どれもたいして面白くもないのに、よくみてられるなーとか彼女を讃えてみる。自分でも意味不明だった。「あー、ヒマだ。」できるだけ抑揚を付けずに口から発射すると、「うん、そだね。」と間髪入れずに撃墜された。今度はもっとゆっくり慎重に発射してみるか。何の気なしにスマホを取り出す。先週、念願のWi-Fiをつないだおかげで心おきなく動画がみれる。素晴らしい。新着の猫動画をザッピングして、茶虎の猫動画をタッチする。ミャーミャー鳴きながら近づいてきて、投稿者が餌を渡そうとすると全速力で逃げる内容だった。あー、これ完全に彼女だわ。僕は投稿者にとても親近感が湧いた。声を出さずに苦笑してるとこたつの向かい側から「リモコンとって。」と大きな猫が言ってきた。あわてて返事したため「んぁ?」とか変な声が漏れてしまった。「テレビ消すから。」「あー はいはい。」『はい』は一回!ってツッコミを期待したけど、普通にスルーされた。リモコンをとって、いちよう消す前に他に何かやってないかチャンネルをまわす。と、見たことあるものが目に飛び込んできた。


「あ、モアイ像じゃん。」
ヒゲもじゃの先生がなんかいろいろ解説する番組らしかった。何にもないデスクトップみたいな背景。こんなところで生きる人達は何を思って、考えて生きていたのだろうか。

「イースター島ってなんもないのに人住んでたんだ。」
「大昔、木を切りすぎちゃったらしいよ。」
彼女はふらりとそう返した。案外博識なんだなーとか感心した。
「ふーん。」
だから、腑抜けた顔でこたえてしまった。少し悔しくなって自分も何か言ってやろうと思った。
「モアイ像ってさぁ、」
あえて少し神妙な面持ちで僕は言う。
「ずっと、同じところばかりみてて退屈しないのかな。」
「んー、どうだろ。」
彼女の声が聞こえる。
なんだかこのやりとりがとっても幸せに感じた。だからもっと彼女の声が聞きたくてふわふわとした会話を紡ぐ。
「ヒマすぎてあんな渋い顔になったんだろな。」僕のドヤ顔に彼女の猫パンチが飛んできた。もちろん寸止めだけど。彼女は少し考える素振りをしてから言う。
「きっと、なにかを待ってるんじゃない? 」
「うっわ、恥ずかしっ!」
猫パンチ×2をくらってしまった。

うはは。
つい、笑ってしまった。
彼女もつられて口角がゆっくりとあがる。六畳の部屋がまた少し温かくなった気がした。

「けど、」
笑いがとまってから僕は言った。
「待つのなら、嫌いじゃない。」
それは猫みたいに気まぐれな君を待つことがね、なんて脳内でつぶやく。
「そういえば、この前遊びに行ったときも待ち合わせより1時間も前に来てたんでしょ?」
うん、…あれ? そんなこと言ったっけ? よく覚えてるなぁとまた感心してしまった。そういや、こたつ熱くないかな。スイッチをこっそり切る。

すると彼女がじーっと僕をみつめる。
なんだよ、こたつのスイッチ切ったのバレたかな。僕がたじろいでも彼女は全然目を離してくれない。それからどれくらいかな? たぶん1分と40秒ぐらい経った、「よく飽きないな。」僕は降参の意味も込めて肩をすくめた。

でも彼女はむしろ獲物を捕えるときの猫のように、まっすぐと僕をみた。

「ちっとも飽きないよ。」

それは何か決意めいたものを含んでいた。 そして、次の言葉を

「ねぇ、ーーーーーしよう。」

「えっ、」

僕には聞き取れなかった。
それは僕にとってありあまるほどの言葉だったから。


「それまでどっちが先に『(あき)れる』か勝負しよう!」

「え、 えーっとそれって、あきたほうが勝ちなの?」

僕は惚けながら、よくわからないままに彼女の言葉に反応した。

「うん、そう。君があきたら君の勝ち、もっと広い世界に飛び立てる! だけど、」

「だけど?」

「………だけど、もし君が負けたらその時は。…その時は、わたしと一緒にいてください。」

僕はそこでようやく全ての意味を理解した。そして、飽き性な彼女の勝負にのることにした。ははっ、気長な勝負になりそうだ。


「わかった。じゃあ、君が負けたら僕と一緒って約束だよ。」

そして、君が勝ったら
またふらりと どこへでも
いけるだろう。

けれど、君がここが一番温かい日だまりだと選んでくれるように、
君を守れるようにならなきゃね。


だから、待ってみよう。

彼女が本当に僕を選んでくれるまで

その日まで


君と、ふたりで。

この星の片隅で。





その時まで。










【おわり】

6の1チャンネル

2015-02-23 | 物語 (電車で読める程度)


6年1組はつまらない。
それはもう6年も似たような番組をローテーションしてるから。

チャンネルを変えるように人も、クラスも、学校そのものも変えれればいいのに。そう願ったことは少なくない。

けれど「新たな旅立ち」とか「夢をもった大人になる」とか、あんまり考えたくないし、たとえ大人になったって、この番組めいた人間関係の形は変わらないんだろうな。とか、そんな想像をしてまた気が滅入りそうになる。

卒業証書を受けとるまでの間
僕はそんなことを考えていた。








このクラスはサイコーに楽しい。
ホントにオレを笑わせてくれる。
だいちゃんも、さこちもマジでいい奴ばっか!これから中学にあがってバラバラになる奴がいるのがクソ辛い。
でもまぁ、イマドキ、ラインとかツイッターとかあるし? 大丈夫じゃね?
みんなサッカー部入ったら試合でまた会えるし!敵としてッ!絶対負けねー。
ミハルもいるし、オレらの入る中学最強じゃん! 一年だけでレギュラーいけるかもw




みんな、卒業なんだね。少しさみしいな。わたし、迷惑はかけてなかったかな? 心配です。左古矢さんは明るくてわたしには遠い存在です。4年生の時、保健委員の委員会会議に出席できなかった時、かわりに出てくれてありがとう。だいちゃん君はすごく面白い人です。中学校で給食の牛乳がないのがとっても残念(笑) ただ、テストの成績で出島君に勝てなかったのは悔しいです…中学校も一緒だから次は負けません!ミハル君には……結局言えなかったな。あんまり話せなかった人ばかりだったけど、楽しいクラスでした。ありがとう。




ボクの成績だったら、もしかしたら私立の中学校に受かったかもしれない。実際、塾の先生にもそういわれたし。ただ、やっぱりウチには無理だと思った。中学受験にはカネがかかるし、本気の人とかは3、4年生のころから進学塾に通ってる。これ以上親に無理してほしくない。だから塾の受験組にバカにされるのがウザかったから学校では絶対一番になるようにした。去年違うクラスの入海さんには夏休み明けの算数の小テストで負けてしまった。チッ。
いつも2、3点まで追い詰めてくる。中学になったら勉強も難しくなるらしいし絶対油断できない。




アタシ的にはまぁまぁよかったかな。
リョー や みっくん達、サッカーばか とは中学から別々……だけど………………うん。そう、別々。だからアタシは強くならなくちゃって思ってる!仲よかった他のみんなとも離れてばなれになっちゃうし………………ちょっと………ううん、すっごく不安だけど、アタシがんばらなきゃ!もっともっとがんばって、友達たくさんつくろう!………うん、………がんばらなきゃね。
あ、あと みっくんは ばかじゃないよ。頭もいいし、でもガリ勉って感じじゃないし、走るのはやいし。……………………うん……はぁグス。




オレとしては、中学でも同じ感じでやってきたい。今のクラスが一番ラクだったしな。 リョー や 大地が騒いで、それにみんながノルかんじはシンプルでいい。まぁ、勉強も出島ほどじゃなくても、そこそこやって、そこそこ部活やって、そこそこ恋愛できたらベストだろ。だから、大地みたいなキャラにはなりたくない。アイツはいつもへらへら笑ってるけど、なんかみてて痛々しいってか、あぁ必死なんだなぁーって思う。そういや、昨日左古矢に告られたけどフったわ。だって中学離れんじゃん。エンキョリとかめんどい。それに春になれば新しい出会いとかもあるだろーしな。



僕達はきっと6年1組という番組をやらされていたんだと思う。アイドル達がいて、芸人がいて、司会がいて、インテリがいて、スポーツマンがいて、ただ座ってるだけの観客がいた。授業中はクイズ番組。先生の質問に誰かがボケて観客が笑って最後はインテリが答える。休み時間はトークバラエティー。芸人を嘲笑って、みんなで笑った。放課後のドッヂボールはスポーツ中継。運動ができるやつはドッヂもそつなくこなした。華やかな役にはアイドル達が当然選ばれた。演劇の主役なんかにみんなから推薦される。

あぁ、本当ならこの番組の観客にもなれないはずなのに、なんとか食らいついてこの輪の中に入れている。けどそんなことを強いるこのクラス事態、僕にはヘンに思えた。


それから僕は少しだけ大きくなって何度か席換え、クラス換えをするうちに、もしかすると番組のような関係図は永遠に続くんじゃないかって思うようになった。



だから、中学生になったってこのくだらない番組は形をかえて、キャストをかえてどうせまた続くんだろう。



でも、とりあえず今日で6の1チャンネルはおしまい。

最終特番「卒業式」にて、
僕はとびきりの笑顔をはりつけて
だれかれかまわず、話しかけた。

スポーツマン、観客、インテリ、
アイドル達、

そして最後に僕は昔の親友の姿を思いだそうとした。丸くてチビた背中、そういや幼稚園から小学2年生の時までは、お互いの家で遊んだりとかしたっけな。


いつからだろう、僕達2人の距離がとても遠く感じるようになったのは、




僕は隣りに座るピエロに
まるでインタビューするみたいに、
たずねる。



「Mr.大地にだって泣きたい日があってもいいと思うんですがいかがでしょうか?」





それは

嘲笑っていい
ものじゃないし、


消せば消える
テレビでもない。






「せやな……………………ありがとう。」





普段の彼からは想像できないほどに口下手にポツリポツリと話しはじめ、
最後に小さくオチがついたころ。























笑って
笑って
いいともだち。








【おわり】

俺たちに今はない

2015-02-19 | 物語 (電車で読める程度)


紫煙が真っ暗の空に立ちのぼる。
煙草か凍った息か、ふたつは混じり合い、やがて闇に溶けていった。フーッと長い息を吐ききり、俺は髪をかきあげる。もたれかかっていた非常階段の手すりには錆びが浮いていたのか、右手が鉄臭かった。鬱陶しい。何もかもがだ。一瞬の夜風が吹いて、俺は思い出したように携帯をみた。24:53。今日も朝までこの店と心中か。そう思うと、あまり愉快な気分にはならなかった。10分ちょっとの休み時間。それは俺が俺でいていい唯一の時間。
人間関係が終わってる、社員ですらコロコロ辞めていくのに、それでも時給がいいからと今のバイトにしがみついている俺は憐れだろうか。

また煙草にそっと口をつける。高く行く手を阻む雑居ビルの壁。室外機と排気ダクトを上にたどると、区切られた空がある。ここからじゃ星ひとつみえやしない。型どられたビルの端からどす黒い夜が流れこんで、自分が溺れてしまいそうになる。自然と手すりをギュッと握った。俺は買っておいた缶コーヒーのプルタブを開け、少しだけ口に含んだ。

すると後ろの非常口がガチャリと開いた。振り返ると、隣りにある飲食店の店員であった。ヒョロリと背が高く、角張った頬に落ちくぼんだ双眸は店のロゴが入った楽しげな制服が最高に似合わない男だった。彼は煙草を取り出すとこちらに頭を下げ、目の前の灰皿に近寄ってきた。俺は軽く会釈して短くなった煙草を灰皿に押しつける。缶コーヒーをまた一口飲んだ。

「こんばんは。お隣りのお店の方ですか?」

少し間があってから彼はこちらに尋ねてきた。

えぇ、そうです。とだけ俺は言って、携帯に目を落とす。電池が残り10%を切っていた。もう一本吸うか悩み、結局コーヒーを手にとった。

そろそろ戻るか。彼に灰皿を譲ろうと場所を空けたとき、彼がポツリと「お疲れ様です。」と言った。なんだかその言葉が煙のように儚くて、「あなたの方こそ、」と余計なことを言ってしまった。
すると彼は目を丸くして、何か言いたげにこちらを仰ぎ見たが、すぐに視線をそらしてしまった。


それから俺は度々この錆び臭い喫煙所で彼と遭遇するようになった。



彼とは会話とも言えないような散発的なものばかりであったが、彼についていくつかのことが明らかとなった。


・四大をでたということ
・経済学部であったこと
・バイトから今の店の正社員になったこと
・今月からこちらに異動になったこと
・実家は千葉だということ
・俺より4つ年上だということ
・煙草はあまり吸うほうじゃなかったこと
・スロットで先週、数万円勝ったこと


正直、どうでもいいことばかりだった。でも、枯れたように笑う彼の声にはどこか自虐染みたものが含まれていて気に障った。


「…だからさ、どうせ俺達みたいなのに明日なんか来ないんだよ。」


いつになく饒舌な彼がそうボヤいたとき、俺は無意識のうちに灰皿を蹴っていた。

彼はビクッとして話しをやめる。
それはとてもいい提案に思えた。


「…もう、戻りますので。」


その日のシフトは最悪のメンツで忙しさよりも人選のミスによるストレスの方が多く、あがった時にはイライラを越えて一種の虚しさすら感じた。さっさと着替えて外に出ると、早朝の青白い世界が俺を迎え入れた。まだ太陽にあたためられていない冷気に俺はようやく「今日」が終わってしまっていたことを実感した。










俺がいたはずの「今日」は

あっという間に「昨日」と なり、

俺の知らない「今日」が

音もなくはじまる。












だから、たしかなことは刹那的に生きるようでは遅すぎるということだ。
ボニーとクライドの乗るフォードV8がどれだけ速くても、夢の向こう側へと辿り着くことはできないのだ。




「今」に生きていては
永遠に「今」をつかむことはできない





だから、俺は「明日」に生きる。











夜に吐き出した紫煙のような雲が
まだ朝焼けの中に漂っていた。










【おわり】

一日遅れのバレンタイン

2015-02-16 | 物語 (電車で読める程度)


昨日の2月14日はバレンタインデーだ。私は近くの百貨店へと走った。昨日の盛り上がりはなく、どの店舗も山のようにあったチョコレートは姿を消していた。一瞬、スーパーにいって板チョコを買うことが頭をよぎった。いや、ダメダメ。ちゃんといいチョコレートを食べさせてあげたい。お歳暮向けのお店が並ぶコーナーでひとつだけまだバレンタインチョコを売っているところをみつけた。内心小躍りしながらゆっくりと近づく。綺麗に包装されたチョコレートが見本としておいてあった。「すみません。これ、おひとついただけますか。」すると若い売り子が「申し訳ございません。こちら先程完売となりましてホワイトチョコのみの販売となりますがいかがいたしましょうか…」と少し困った顔で答えた。「そうなんですか、なら仕方ないですわね……」私はその場から去るしかなかった。

ホワイトチョコでは意味がないのだ。
昔、息子が小学校に入る前、おうちでホワイトチョコをそう、ちょうどバレンタインの日につくってみたことがあったが、息子はおいしくないと、ほとんど残してしまったのだ。

昨日買いに行ければよかった。
そんな後悔が頭の中でうずまく。
でも、私のパート先ではお給料の前借りは原則禁止だった。ヒールのかかとが擦れて痛い。さっき走ったせいだ。
肩を落として駐輪場に向かう。鍵を差し込んでところどころ錆びの浮いたママチャリを押す。カゴもボロボロで新品で買ったあの日からもうずいぶんと時間が経ったことを思い出させた。
この自転車も実は息子が中学一年生になったとき入学祝にプレゼントしたものだ。


帰り道、私はいつも贔屓にしているスーパーに寄った。ここはお野菜が他より安い。今晩のおかずを考えながらふとお菓子売場に目をやると、大きなカゴにキチンと包装されたバレンタイン用のチョコが投げ売られていた。
かなり売場周辺をぐるぐる回り買うか悩んだ。デカデカと「30%引き」というシールを貼った店員は本当にセンスがないと思う。ただ、メッセージカードが後ろについていたので、散々悩んだあげく、ひとつ自分の買い物カゴに入れた。

キャベツやもやし、あと切らしていたお醤油なんかをカゴに詰めレジに並ぶ。ポイントカードをお財布から取り出し顔をあげるとレジ打ちの店員と目が合った。

「あら、奥さん。お久し振り。」

彼女は息子の同級生の母親だった。

「あぁ、どぅも。 …こんにちは。」

同級生の母親はいやらしい目つきで私の方をみた。

「本当にお久し振りね。おたくの息子さんはお元気?」

もたもたとバーコードを読み込む彼女に私はイライラした。そもそも、ここでパートを始めていたなんて、聞いていない。最悪だ。

「うちの子は去年の春、会社の独身寮に入っちゃって寂しいかぎりですの。まぁ食費は旦那の分だけでよくなったんで楽ですけど、フフフ。」

聞いてもいないことを早口でまくしたてる。そこで私は半玉のキャベツの下にあるものを思い出した。マズい、どうしよぅ…。私はこのレジに並んだことを心底悔やんだ。

案の定、彼女にそれがさらされた時、「あら、」と一瞬わざとらしく手を止めた。

「そういえば、バレンタインでしたわね。今日でしたっけ?」

私は何も答えないまま一万円を払い、お釣を財布にねじ込んで、ひったくるようにしてカゴを奪った。



悔しさや恥ずかしさで、頭がどうにかなりそうだった。




パンパンの買い物袋を自転車の前カゴにのせるとキィッと短い悲鳴をたてた。
変則のないママチャリはいつもよりペダルが重く感じられた。


家に帰りついた時にはもう夕方だった。なにも物音がしないから、きっと疲れて寝てしまっているんだろう。息子とはもう、ずっとまともに会話もしていなかった。たくさん話したいことがある。けれど、もしかしたらそれは重い期待となってあの子を苦しめてしまうかもしれない。そう思うと口が開かなかった。

けれど、今日はバレンタイン。
一日遅れちゃったけど
なにかひとつだけ、伝えよう。




「30%引き」のシールをなんとかきれいに剥がして、私はメッセージカードと向き合った。



たくさんかけたい言葉はあるけど

あえて 今ひとつだけ、

伝えるならば

それはーーーーーーーーー、























ハッビーバレンタイン

あなたがいてくれて ありがとう
















【おわり】