ふふんと鼻を鳴らすと、君は犬みたいにサッとこちらを見た。「何?」無愛想な返事が返ってきた。「うーん、別に。」君が犬みたいに振り向くかなーと思って。なんて言ったらガルルって唸りそうだから言わないでおいた。「なんだそれ。」そういってまたこたつの上に顔をのせた。みかんがあればなぁ、ひとつ手にとってなげてやれば、君はすぐに追いかけたんだろうに。残念だ。こうしてふたり温まりながら、ぼんやりとテレビの音を聞き流していた。本当になんてことはない日々だ。彼の頬っぺたはムニムニしててなんだか新しい生物がこたつの上で誕生したみたいだった。「あー、ヒマだ。」ムニムニがそんなことを喋った。「うん、そだね。」わたしもそう返したけど、つまんなくはなかった。見てて案外面白いし。その彼は「う」と「あ」の間の音を絶妙に伸ばしながらスマホで、なんかの動画をみてる。もうテレビは消してもいいかもしれない。リモコンを探すと彼の後ろにある。「リモコンとって。」すると「んぁ?」と語尾があがる。またニヤけそうになるのを必死にこらえた。「テレビ消すから。」
「あー はいはい。」そう言ったくせに自分がリモコンをとると勝手にチャンネルを変えだした。結局みるのかよ、内心ツッコミながらもあえて何も言わないでおくことにした。
「あ、モアイ像じゃん。」
彼は手をとめた。番組ではモアイ像ができた理由や経緯についてヒゲもじゃの先生が解説していた。
「イースター島ってなんもないのに人住んでたんだ。」
「大昔、木を切りすぎちゃったらしいよ。」
小学校の頃、国語の教科書かなにかにそんなことが書いてあったはず。
「ふーん。」
彼は興味なさそうだ。
丘にそって生えた背の低い草と透き通るような青い海にそれとよく似た空が広がっていた。
「モアイ像ってさぁ、」
少し神妙な面持ちで彼は言う。
「ずっと、同じところばかりみてて退屈しないのかな。」
「んー、どうだろ。」
わたしは冷蔵庫に牛乳がまだ残っていたか思いだそうとしていた。
「ヒマすぎてあんな渋い顔になったんだろな。」彼のドヤ顔にエアパンチをしてわたしはちょっと考えてから答えた。
「きっと、なにかを待ってるんじゃない? 」
「うっわ、恥ずかしっ!」
エアパンチ×2をくらわせてやった。
「けど、」
少し笑ってから彼は言った。
「待つのなら、嫌いじゃない。」
向かいの忠犬ハチ公が得意気に胸を張る。そうだね、よしよし。って髪を両手でクシャクシャにしてやりたい衝動にかられる。彼のハチ公エピソードは大小あわせていろいろある。
「そういえば、この前遊びに行ったときも待ち合わせより1時間も前に来てたんでしょ?」
うん、と頷きながら彼はこたつのスイッチを切った。熱かったみたい。
わたしはじーっと彼をみつめる。
なんだよ、と彼がたじろいでも目を離さない。それからどれくらいかな? たぶん100秒ぐらい経って「よく飽きないな。」と呆れられてしまった。
「ちっとも飽きないよ。」
わたしは彼の眼をまっすぐとみた。
わたしの瞳には彼が写っている。
そして彼の瞳にもまたわたしが写っているのだろう。
そんなことさえ、わたしは嬉しいと思った。
だから案外、その言葉は私が想像していたよりもずっと自然に、するりと出てきた。
「ねぇ、来年結婚しよう。」
「えっ、」
彼の表情をみて、一瞬の後悔がわたしを包む。けれどそれを塗り替えるようにわたしは言葉を重ねた。
「それまでどっちが先に『(あき)れる』か勝負しよう!」
「え、 えーっとそれって、あきたほうが勝ちなの?」
「うん、そう。君があきたら君の勝ち、もっと広い世界に飛び立てる! だけど、」
「だけど?」
「………だけど、もし君が負けたらその時は。…その時は、わたしと一緒にいてください。」
彼は驚いた顔をしていたが、もぞもぞと体を起こし、すごく真面目な顔で向き直ると
「わかった。じゃあ、君が負けたら僕と一緒って約束だよ。」
そんなルールが追加された。
とても優しい日々だった。
目的のない、ゆらゆらとした日々を
ただ消化してゆくわたし達はいつか
イースター島の人達みたいになってしまうかも、しれない。
だから、待ってみようと思うんだ。
君がわたしであきらめるまで
その日まで
君と、ふたりで。
この星の片隅で。
その時まで。
【おわり】