「どこにもいけない」
最近そうおもうの。白無垢を着た今言うのもばつが悪いんだけど。私はどこにいるんだろうって。おかしな話しだけれど、そうおもうんだ。とうとう私も病んでしまったのかな。
でもさ、べつに私は今の環境に大きな不満はないんだ。なんだかすっごくヘンテコな気持ちだ。
どこにもいけないっておもう一方で、
どこかにいってしまいたくて。
私はたぶんここにいないんだけど、だからといって本当の私がどこにいるのかわからない。
あぁ。一瞬、恐ろしい考えが胸をよぎった。
もし、これからどこにも私は行けなくて、
けれどもそれでいて、この地平線のどこにも私はいないとしたら?
私はどうすればいいんだろう。
私は今、昔描いた夢の三丁目二番地にいた。
だいたい同じ地域で、だいたい同じ最寄り駅を利用する。その程度には“同じ”だった。
だからかな、時々ぶらぶらと散歩をしても本当の自分に会うことはなかった。
私はきっと昔の私からすれば夢の中にいて、昔の私は私のことを本当の私と見間違えちゃうかもしれない。
けれど私は本当の私じゃない。
今も探しているけれども、すれ違いやしないんだ。それに私の夢の中は思ったよりも手狭で、それにしみったれてて、所々捨てられたゴミが目についた。
だからかもしれない。
私は夢が叶ったっていう実感がない。
それはとっても贅沢なことなのかもしれない。そうやってふと立ち止まって考え直しても、やっぱり私には感じることはできなかった。寂しい春風のように。あるいは穏やかな秋雨のように。五感の全てで感じることができればよかったのに。
私には夢の温度も質感も未だ曖昧なのだった。
「もうどこにもいけないの」
だからここで暮らすんだ。
心のなかで少しだけ付け加える。
ここで暮らし、ここで少しずつ幸せになろう。
これは夢ノ中町三丁目二番地の私が打ち立てる最初で最後の墓標だ。
ここで私は四季折々に移ろう町並みを背に、大切なひとと共に最期まで生きる。
だからここを離れる時、私はまた独りになってしまうんだろう。
いや、きっとちがう。
その時は私が私になる日なんだ。
ようやく私はどこか遠くでキラキラと輝く場所にいる私を連れ戻し、うつむいていた過去の私と再会して、ここを発つんだ。
「 」
だから、私を離さないで。
絶対、離さないでね。
それまでどうか、今の私と生きてください。
【おわり】