楽学天真のWrap Up


一語一句・一期一会
知的遺産のピラミッド作り

科学における「嘘」と「誤り」(その2)

2006-04-02 07:41:59 | まじめ
まず最初に本題からはずれるが、イントロ。
 最近、科学論文のレビューは最初の投稿の段階から、ウエブで公開で進める、というのがいくつかの分野で行われており、話題を呼んでいる。電子投稿は当たり前になったが、この新しいシステムは投稿段階で公開し、著者の知的先取権を保証する。しかし、そのデータセット、論理が科学論文として成立するかどうかの専門家によるレビュー過程も公開する。そして、それらが終了した段階で、論文は受理され、当然即刻電子発行となる。これまで、レビュー過程は著者、査読者、編集者の間で秘密のベールに隠され、査読者側の倫理になければ、知的先取権が犯されるというトラブルが、この投稿即刻公開ということで防ぐ事ができ、かつレビュー過程が公開ですすめられるので、著者や査読する側も、いいかげんなものを提出するわけにはいかず、高度の知的作業が要求される、というわけである。受理までの時間も大幅に短縮された。受理されたものは永久保存となる。

そこで、本題。
 科学論文は、専門の第3者の判断を入れて、ここまで徹底してレビューを行い、出版する。それでも「嘘」が発見できなかったり、著者や査読者の気がつかない「誤り」は起こる。「嘘」は発覚した時点で、発行取り消しとなるのは当然である。科学論文の永久保存記録から抹殺されるのである。発行する側のできる最大の処分である。「嘘」をついた全責任は当然、著者にあり、それに気がつかなかった、出版元や査読者にはない。
 「誤り」は別である。それはデータの訂正や、誤りの修正記事を掲載し、是正される。また、論理や結論が一義ではない場合、学術雑誌においては、「討論」コーナーがあり、問題提起する側とそれに対する「返答」を同じところで併記、反論権を保証しているのが普通である。
 このような一般的な、科学論文のあり方は、出版社、記者側に一方的判断がゆだねられ、それらに対する反論も保証されていない「新聞記事」「週刊誌記事」と明らかに異なることは明確である。これらの記事を巡って、多くの訴訟が起こされるのはそのためである。

最後にまた本題からはずれて、「ホームページでの発表は、科学の発見においてはどうなるの?」について。
 一方的に自己の見解を発表し、永久保存の保証されない「自分のホームページ」などに、今のところ、科学の発見としての知的先取権が認められていません。理由はそれを客観的に検証する体制がないからである。しかし、上に述べたような科学論文投稿から受理に至る過程の完全公開システムがあらゆる分野で成立するようになれば、それは、そこへ形式を整えて、提出するだけなので、自分の「ホームページ」上で公開するのと、ほとんど同じであるから、近い将来、このシステムが科学世界で当たり前になると予想される。 
 まだ、ホームページで自己主張しても、それは知的先取権を取得した事にならないし、査読のない雑誌や週刊誌で取り上げられたとしても、同じ。
 みなさん、くれぐれも気をつけて。新しい発見の喜びのあまり、自分のホームページで書き連ねないように。その発見の知的先取権は保証されません。

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