震災から6か月が過ぎ~ あの時危機一髪だった夫のことを書きます・・・
ダダっ広い弓道場の避難所で恐怖におののきながら夫の到着を待ったが
待てど暮らせどその晩夫の顔を見ることはできなかった。
否応なしに襲いかかる不吉な予感にどうにかなってしまいそうな心身。
殆どの人が果てない不安を抱えながら朝を迎えた。
2階まで浸水したという隣町の海の近くにある夫の会社に息子と甥が向かった。
瓦礫をかき分け歩きやっとたどり着いたその場所の様変わりに愕然とした二人。
この地区の避難所を訪ねたら ” 生徒さん達は来てるが先生方は来てません! ”
不人情な言葉を突きつけられガックリ肩を落とし二人が帰って来た。
” あっ! もうだめなんだ。。。 ” その顔を察し目の前が真っ暗になった!
これからの暗澹たる生き方を考え極限状態のまま夕方になった。
すると命長らえた夫が心底疲れ切った姿で私の目の前に突如現れた。
言葉にならない安堵感に涙が止まらずシッカリしがみつき放さなかった。
これまでの経緯を聞くと~ 地震直後、反射的に津波を想定し生徒と先生方を
即帰し、最後を見届け車で我が家に向かったそうだ。
途中には前方から瓦礫交じりの津波に方角を阻まれこれはだめだと即決Uターン。
今来た道の後方をバックミラーが捉えた途轍もない惨憺たる光景!
10mもある波の壁が命を奪いに水煙をあげ襲ってきたという。
半ば諦めながら~ 何が何でもと細い山道を駆け上り命拾いしたのでした。
国道に並んでいたはずの沢山の車は一台も夫の後に続いて来なかったそうだ。
こんな危機一髪に運を授かった分かれ道に背筋が凍る光景を一気に話す夫であった。
その場所を車で通るたび何十台もの瓦礫車を見ては、まだまだ震えが止まりません。
続きます~。