亀の子束子(たわし)西尾商店は、100年以上にわたってたわしを作り続けてきた老舗企業だ。同社のたわしを長年愛用されている方も多いことだろう。そんな同社が、今年の5月1日に新商品を投入した。即完売だったという。
今度はどんなたわしができたのかと思いきや、その新商品の名は、「亀の子スポンジ」である。今、巷で注目を集めているのはたわしではなく、台所用スポンジなのだ。
初回はテスト販売ということもあり在庫が十分ではなかったとはいえ、1週間で売り切れたという。「白と黄色は、発売日に完売した」(マーケティング部マネージャーの鈴木昭宏氏)。5月末に再入荷したが、すでにリピーターもいるそうだ。
いったい、何が台所ユーザーの心をつかんだのだろうか。話をうかがってみると、生活者のニーズに寄り添い続けてきた100年企業のこだわりが見えてきた。
まず、購買者が食いついたのは、おそらくこのスポンジの「抗菌力」だろう。片面に銀イオンを塗布するという、スポンジ業界唯一の抗菌法を採用しているのだが、この銀イオンによる、菌の繁殖を抑制する効果がスゴイらしい。財団法人日本食品分析センターの試験によれば、なんと6時間経過時点で大腸菌O157がほぼ検出できなくなるという結果が得られたという。ちなみに、効果維持のために塗布面は使わぬようご注意あれ。
台所のスポンジは、便座の20万倍の細菌がいるという衝撃的な説もあるように、いわば雑菌の温床である。雑菌に対して戦々恐々となる梅雨の時期到来を前に、この驚きの銀イオンパワーに飛びついた人は多かったに違いない。
しかし、いくら銀イオンが効果を発揮し、使用後も念入りに洗ったとしても、濡れた状態にしておいては意味がない。雑菌どもは高湿度の状態を好むからだ。スポンジを清潔に保つ最善の方法は、やはり「よく乾かすこと」と鈴木氏も強調する。また、ウレタンは水に弱いため、よく乾かすことはスポンジの劣化を防ぎ長持ちさせることにもつながるという。
そこで、このスポンジは、「目を粗くした」と、鈴木氏。水切れ、泡切れがよくなって乾くスピードが上がるからだ。
確かに、ギューッと絞った後の爽快感は、今までにないものだった。どんなに固く絞ったつもりでも、水や泡が微妙に残ってしまうモノが多い中、このスポンジはそういった不快感がない。筆者が使用した際も翌朝には乾いていたので、天日干しができない梅雨の時期でも安心感がある。
目が粗いので、細かいゴミが隙間に入りやすいという難点はある。だが、つまようじなどで簡単にとれるし、筆者に関しては、そういった細かいゴミになりそうな汚れはたわしやアクリル系アイテムなどで取るので、この難点もほとんど支障にはならない。
スポンジの消毒法としては、煮沸や漂白剤が一般的だが、はっきり言って面倒だ。除菌タイプの洗剤を揉み込み一晩放置する方法も、やり方によっては効果がないなど議論があるようで、筆者は、「熱湯をかける派」に落ち着いている。しかし、これらの方法ではいずれもスポンジがすぐに傷んでしまう。
それを考えると、このスポンジの“清潔力”を信じるのであれば、面倒な消毒が不要で、傷めることもない。実際、これを使い始め、熱湯消毒をやめて約1カ月。蒸し暑い梅雨の季節に突入したが、今のところ、自分を含め、家族でお腹の不調を訴える者はいない。
とはいえ、幼児がいるので衛生面を考えればもはや換えどき。だが、正直なところ換えるのをためらってしまう。なぜなら、ほとんどへたっておらず、お掃除用に格下げするにはまだ早い状態だからだ。昔から亀の子束子は「他社の3倍持つ」と言われているそうだが、スポンジもかなり丈夫そうである。
女性にとっての使いやすさを追求した厚みにも注目したい。一般的なスポンジは、30~40ミリメートルくらいだそうだが、これでは折った状態で皿の縁を洗うときなどにはちょっと太い。かといって、25ミリメートルでは、平面を洗うには頼りなく感じる女性もいる。こうしてたどり着いたのが、27ミリメートルという厚さだ。
確かに、手が小さく握力のない筆者でも快適に使うことができる。また、不織布がついていないので、やわらかな握り心地。筆者は、あっという間にボロボロになる不織布は用途的にも見た目的にも不要だと思っているので、この仕様も好みだ。
機能や使いやすさもさることながら、スッキリとしたデザインも好評だ。今回、商品開発は、シンプルな衣食住を提案するコラムニストの石黒智子氏に、パッケージデザインはデザイナーの菊地敦己氏に協力を依頼し、見た目にも徹底的にこだわったという。
まず、一般的なスポンジは“どぎつい”発色が多いが、ご覧のとおり、白、グレー、ナチュラルな黄色と、非常に落ち着いた色展開だ。特にモノトーンのスポンジはあまり市場に出回っていないので、シンプルなインテリアを好む人にはたまらないだろう。
色味そのものにもこだわり、何度も色合わせを行った。3色とも特注だという。ネット通販では白、店舗では黄色の人気が高いそうだ。筆者も白がお気に入り。1週間も使えば、さすがに多少黄ばむが、予想外にキレイな「白」を保つのでオススメだ。
同社では、スポンジの色と塗布する抗菌剤の色を合わせるのにも苦労したという。社内では、「抗菌剤とわかるようコントラストを付けた色にしてもよいのでは」という意見も出たが、「そんな見た目、カッコ悪い! ユーザーをナメないでほしい。抗菌塗布は触ればわかる」と、鈴木氏は断固として妥協案を却下し、色の統一を実現した。
また、ポリウレタンは、紫外線で黄変しやすくなる特徴があり、特に白などは店頭に置いておくだけでも変色して美しさが損なわれてしまうという。そこで、同社は難黄変処理だけでなく、パッケージまでUVカット仕様にした。「透明なパッケージのUVカット化は当初難しいと言われ、時間がかかった」と、鈴木氏は振り返る。このほか、パッケージ脇のペロッと微妙に飛び出たマチもイヤで、変更をかけたとか。
前述の機能面だけでなく、これだけディテールにこだわったデザイン性も備え、300円(税抜)だ。早いと1週間でヘタりがきて、とんでもない色でキッチンの調和を乱す従来のスポンジに、大きなストレスを感じ続けてきた筆者のような人にとっては「買い!」と感じる価格設定ではないだろうか。
実は、同社には、以前から「スポンジたわし極〆」という、熱狂的なファンを抱えるベストセラーのスポンジがある。ちなみに、あの服部栄養専門学校公認だそう。これをパワーアップさせたものが今回の「亀の子スポンジ」だ。専用の「亀の子スポンジホルダー」(800円、税抜)も合わせて発売。今後、スポンジ関連商品のブランド化と整理を進めていくという。
靴洗い用や浴用のたわしをはじめ、最近ではベーグル型の白いオシャレなたわしをリリースするなど、つねに生活者のニーズに寄り添い商品開発を行ってきた同社。スポンジに力を入れるのも、やはりニーズが大きいからだ。「店頭で話を聞くと、女性の9割が今使っているスポンジに不満を持っている」(鈴木氏)。
とはいえ、同社はあくまでもたわし屋。長年、台所ニーズを見つめ続けてきたからこそ、「たわしとスポンジの使いわけ」を推奨する。食べ物やまな板、網など、ザラザラしたものやデコボコしたものはたわしが、グラスや皿などツルツルしたものはスポンジが向いているという。「この2つさえあれば、キッチンはキレイになる」と鈴木氏は力説する。
「こういう使い方って、みなさん意外と知らない。家庭科などで教えればいいのに。呼ばれればどこへでも説明しにいきますよ」と鈴木氏は笑う。
同社は、商品について話ができる場所を作るため、2014年に直営店を開いた。「ゆっくりお客様とコミュニケーションをとりたい」(鈴木氏)という思いから、浅草など目立つ場所ではなく谷中を選んだ。「亀の子スポンジ」は、6月から全国の東急ハンズなどでも入手できるようになるが、店頭で手に取り、親切なスタッフの方とお話をして購入されることを個人的にはオススメしたい。
扱い方を知ることで、用途が広がりモノの寿命も延びる。その裏側にある歴史や作り手の思いを知ることで、愛着がわく。高コスパ商品が真に“最強”になるかどうかは、使い手の心にかかっているのではないだろうか。