七十二候「朔風払葉(きたかぜはをはらう)」。北の使者・白鳥の到来シーズンとなりました
2018年11月27日
秦(BC221~206)時代の宰相・呂不韋(りょ ふい)によって編まれた呂氏春秋(りょししゅんじゅう)の「孟冬月」の項に「天気上騰、地気下降、天地不通、閉而成冬。」(天の気は上騰し、地の気は下降する。天地の気の疎通が途絶えて冬となる)とあります。これを一部の辞書では「いい天気になっても地上は気温が上がらない冬となる」という意味だと書いていますがちがいます。陰陽思想に基づいて唱えられる「気」とは、世界の万物に作用するエネルギー。世界の森羅万象は、この「気」の循環と離合集散が五行(土・木・火・金・水)を通じて作用することで形・現象となって現れるとされます。自然物も生命も、人間社会も、この気の作用を感得することを抜きにしては理解できない、と考えられ、七十二候も編まれているのです。
この候では、天空世界を構成する「天の気」が地上から遠い高所に退き、それに呼応する地上世界の「地の気」も衰退。天地の呼応が途絶えて、仮死の状態=冬となる、としています。
仮死状態となった世界が「復活」するのは孟春(初春)を迎えてからで、時期的に言えば雨水(2月20日頃からの半月)の時期に当たります。孟春は「天気下降、地気上騰、天地和同、草木萌動。」と記され、天の気が地に降り、地の気はそれを迎えるように上昇し、天と地の気がからみあって草木が萌え出す、としています。中国古典に見られる、世界の大きな流れをとらえるスケールの大きなイメージ力は、感動的です。
冬の始まりから春の始まりごろまで、天地の気は遠く離れてその力は衰えて働かず、命あるものたちは(もちろん人間も含めて)皆身を縮ませ、じっと耐えて過ごす、ということになります。そして、より寒さの厳しい北方地からは、暖かい土地と餌を求めて冬鳥たちが越冬に訪れるのです。
ハクチョウ飛来地のポイントとは
千葉県の田園地帯に飛来した白鳥
実際オオハクチョウ(Cygnus Cygnus)は全長140㎝、翼開長210~230㎝、体重は10㎏にもなり、サギやツルと比べると体高が低いのでアヒルのちょっと大きめのものと思っていると、近くで見てあらためて巨大な鳥であることを実感します。
先シーズン(2017年冬~2018年春)の全国のハクチョウの飛来(留鳥も含む)数は、約7万1千羽。うちわけはオオハクチョウが約2万6千羽、コハクチョウ(Cygnus columbianus)が約4万2千羽、まれにアメリカコハクチョウなどが飛来するほか、300羽ほどのコブハクチョウ(Cygnus olor)が主に留鳥として分布します。
ハクチョウというとイメージ的に北海道のように思われがちですが、北海道は渡りの中継地になっていることが多く、実際に飛来する個体数が多いのは新潟県、山形県、宮城県、岩手県、福島県などの北陸と東北地方。特に新潟県は、大陸から直接来るルートと、列島を南下してくるコースのどちらにも当たるためか飛来数が多く、二万羽以上のハクチョウ類が飛来します。特に有名なのは阿賀野市の瓢湖で、こちらには6千羽ものハクチョウが越冬するハクチョウのメッカ。日本国内ではじめて野生のハクチョウを餌付けした場所としても知られています。
雪国新潟とハクチョウの組み合わせは何とも絵になりますが、首都圏にもハクチョウが大挙して訪れる有数のハクチョウスポットがあります。千葉県印西市の旧本埜村に広がる田園地帯です。ここでは近年、1000羽以上のハクチョウが訪れ、越冬します。コハクチョウが大半ですが、中にアメリカコハクチョウが渡ってくることが他地域より多く、その観察にも最適な場所です。
阿賀野市にしても印西市にしても、また他のハクチョウ飛来地にも共通するのは、言うまでもなくハクチョウにとって好適な環境であること。ハクチョウは昼間は餌場である圃場や湿原などで、イネ科の草の茎やレンコンなどの草の根、藻などを食べ、夜になると安全な広い静かな湖沼に集まって水面で休眠します。こうした餌場、特に湿田の田んぼやその周辺の萱などの水草が生い茂る原野や川原が残っていること。安眠できる十分に広い湖沼があることです。ハクチョウはマコモなどの水辺の草を旺盛に食べますが、こうしたとき、体重の重いハクチョウが水辺を踏みしめることで草が泥に沈んで腐熟を促進し、また泥が噴出することで水が後退して、より小型のカモ類などが休むことの出来る泥地が形成され、カモ類が多く集まるようになるという好循環も生み出します。
なんと日本でもハクチョウの子育てが見られる!
コブハクチョウのひな
基本的には川・湖沼に生える水草の根や茎、藻などを食べますが、時に昆虫・貝類・甲殻類などの動物も食べます。また、餌付けする場合はパンの耳や雑穀などを与えることが多く、日本各地で白鳥の飛来が増えているのは、中国など諸外国の自然環境の悪化もさることながら、餌付けされることによって増加しているとも言われています。繁殖地では、特に育ち盛りの雛のいるつがいは、トビケラの幼虫やカブトエビなどの水生無脊椎動物を、積極的に摂食し、たんぱく質を摂取していることも知られています。オオハクチョウは4~7個、コハクチョウは2~6個、5月から6月の初夏ごろ、卵を産み落とします。極地では真夏でもときに氷点下まで下がるため、親鳥は分厚く枯草を敷き詰めて、卵を寒さから守ります。ハクチョウの仲間は終生そいとげるといわれ、雌雄で協力して子育てをおこないます。ひな鳥は3ヶ月も経つと飛べるようになり、4~5ヶ月でほぼ親と同じ大きさまで成長します。しかし約一年ほどはヒナの羽色である灰色が残るため、識別できます。観察していて「あれ、あの子は汚れてるのかな」と感じる個体があれば、そのシーズンに生まれた若い鳥です。
実は日本でもハクチョウの繁殖(子育て)を見ることが出来ます。留鳥のコブハクチョウです。コブハクチョウは、黄色ではなく朱色のくちばしと目の周りの黒い隈取が特徴。英語ではミュート・スワン(Mute Swan)と言い、あのハクチョウの特徴である高鳴きをほとんどしないとされていますが、筆者が水辺で観察していたときに近づいてきたコブハクチョウは、「ぶぐぐ、ぶぐぐ」と低く声を出していました。威嚇の声だったようです。全国の何箇所かで繁殖行動が見られ、特に全国のコブハクチョウの三分の二が集中する千葉県、茨城県、福島県の首都圏近郊では、初夏の水田地帯などで野生の白鳥の子育てを見ることが出来ます。あの、童話の「みにくいあひるの子」そのままの灰色のかわいいヒナをかいがいしく面倒を見る両親。カルガモ母子とはまたちがった、一家の懸命に生きる姿に感動をおぼえることでしょう。
今年は暖冬気味で、北海道・東北・北陸などが気温が高めだとハクチョウが関東などの南部に南下してこない、と言われています。先述した本埜のハクチョウも、今年は11月下旬になっても姿を見せず気をもんでいましたが、ようやく11月24日ごろから数十羽が飛来したようです。ハクチョウは、天気の長期予報を告げる使者でもあるようですね。