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おっさんの品格
【SONY】わたしのカメラ使用遍歴(α100、α700)【α】
昔からカメラ(写真撮影)が割と趣味だったわたしの、カメラ使用遍歴の昔語りです。
ちなみに、歴代の使用カメラはすべて、ソニーのカメラです。
ソニーには本当に、頑張ってほしいと思います。
トヨタとソニーしかもう残っていないですからね、日本には。
ソニーの落日は、日本の落日を意味すると思います。
前回は、コンデジを卒業後に DSC-R1 という物凄いカメラに出会った、というお話でした。
その性能の本当の凄さが分からぬまま、DSC-R1 をしばらくメイン機として使った後、
一眼レフへ移行しようと思い、2007年の暮れから α100 を使い始めました。
α100 は、2006年3月にコニカミノルタからカメラ事業を受け継いだソニーの、
記念すべき一眼レフカメラ第一号機として、同年6月に発売されました。
当時の一眼レフは、ライブビュー機能がまだ一般的ではありませんでした。
コンデジでは当たり前の「液晶画面で確認しながら撮る」が、出来ませんでした。
コンデジのそうした利便性がなくなる代わりに、一眼レフには、
画質や AF の良さに加えて、レンズ交換や、シャッターの音と感触を通して、
写真を撮る行為自体が格段に楽しくなるという醍醐味があります。
α100 で、わたしもその醍醐味を存分に味わえました。
特に、シャッターを切ったときの音が、気分を上げてくれますよね。
α100 のシャッター音は、わたしには「ウィン!」と甲高く唸る音に聞こえました。
いかにもこう、ワイヤーか何かでミラーを駆動してるぞ、みたいな感じの。
YouTube の動画で聞くと、「パシャ」という普通のシャッター音に聞こえます。
一番近いところで撮影者自身が聞くと、違った音に聞こえるのは、面白いと思います。
その後 α700 が発表され、わたしの防湿庫の中では、DSC-R1、α100、α700 の3台がスタンバイする態勢となりました。
α100 が入門機だったのに対し、ハイアマチュア機の位置付けで発売された α700 は、
当時のソニーの一眼レフのフラッグシップでした。
実際に使ってみると、作りの質感から操作性まで、α100 とは格が違っていました。
α700 で特筆すべきは、あのシャッター音、あれは最高でした。
「シャキ!」もしくは「チュキュッ!」という独特の音がして、撮影の気分が上がりました。
ソニーのオーディオ部門とコラボして、あのシャッター音にチューニングされたのだとか。
α100 が 1,020万画素 CCD なのに比べて、α700 は 1,240万画素 CMOS センサー搭載。
HDMI 端子装備で BRAVIA と接続もできたとは、なかなか攻めていたんだなという印象です。
この 2006年~2007年当時、ソニーは、ニコンキャノンの2大巨頭が支配するカメラ市場に殴り込みをかけ、α100 と α700、2機種のラインアップで闘いを挑んでいきました。
今で言えば、iPhone と Android が支配するスマホ市場に、割って入るようなものでしょう。
Windows という強力な武器を持つ、あの巨大企業のマイクロソフトでさえ、それをやって見事に失敗しました。
コニカミノルタのカメラ事業撤退のニュースに、多くの「α」ファンは悲しんだと思います。
しかし、「α」の文化遺産は、ソニーによって受け継がれました。
一眼レフの技術とノウハウを得ただけでなく、「α」の看板を残し、文化を継承する選択をした。
多くの「α 難民」を見捨てなかったこと。
そこがソニーの偉いところだったと、わたしは思います。
ちなみに、歴代の使用カメラはすべて、ソニーのカメラです。
ソニーには本当に、頑張ってほしいと思います。
トヨタとソニーしかもう残っていないですからね、日本には。
ソニーの落日は、日本の落日を意味すると思います。
前回は、コンデジを卒業後に DSC-R1 という物凄いカメラに出会った、というお話でした。
その性能の本当の凄さが分からぬまま、DSC-R1 をしばらくメイン機として使った後、
一眼レフへ移行しようと思い、2007年の暮れから α100 を使い始めました。
α100 は、2006年3月にコニカミノルタからカメラ事業を受け継いだソニーの、
記念すべき一眼レフカメラ第一号機として、同年6月に発売されました。
2006年6月9日 α100(DSLR-A100)
当時の一眼レフは、ライブビュー機能がまだ一般的ではありませんでした。
コンデジでは当たり前の「液晶画面で確認しながら撮る」が、出来ませんでした。
コンデジのそうした利便性がなくなる代わりに、一眼レフには、
画質や AF の良さに加えて、レンズ交換や、シャッターの音と感触を通して、
写真を撮る行為自体が格段に楽しくなるという醍醐味があります。
α100 で、わたしもその醍醐味を存分に味わえました。
特に、シャッターを切ったときの音が、気分を上げてくれますよね。
α100 のシャッター音は、わたしには「ウィン!」と甲高く唸る音に聞こえました。
いかにもこう、ワイヤーか何かでミラーを駆動してるぞ、みたいな感じの。
YouTube の動画で聞くと、「パシャ」という普通のシャッター音に聞こえます。
一番近いところで撮影者自身が聞くと、違った音に聞こえるのは、面白いと思います。
その後 α700 が発表され、わたしの防湿庫の中では、DSC-R1、α100、α700 の3台がスタンバイする態勢となりました。
2007年11月9日 α700(DSLR-A700)
α100 が入門機だったのに対し、ハイアマチュア機の位置付けで発売された α700 は、
当時のソニーの一眼レフのフラッグシップでした。
実際に使ってみると、作りの質感から操作性まで、α100 とは格が違っていました。
α700 で特筆すべきは、あのシャッター音、あれは最高でした。
「シャキ!」もしくは「チュキュッ!」という独特の音がして、撮影の気分が上がりました。
ソニーのオーディオ部門とコラボして、あのシャッター音にチューニングされたのだとか。
α100 が 1,020万画素 CCD なのに比べて、α700 は 1,240万画素 CMOS センサー搭載。
HDMI 端子装備で BRAVIA と接続もできたとは、なかなか攻めていたんだなという印象です。
この 2006年~2007年当時、ソニーは、ニコンキャノンの2大巨頭が支配するカメラ市場に殴り込みをかけ、α100 と α700、2機種のラインアップで闘いを挑んでいきました。
今で言えば、iPhone と Android が支配するスマホ市場に、割って入るようなものでしょう。
Windows という強力な武器を持つ、あの巨大企業のマイクロソフトでさえ、それをやって見事に失敗しました。
コニカミノルタのカメラ事業撤退のニュースに、多くの「α」ファンは悲しんだと思います。
しかし、「α」の文化遺産は、ソニーによって受け継がれました。
一眼レフの技術とノウハウを得ただけでなく、「α」の看板を残し、文化を継承する選択をした。
多くの「α 難民」を見捨てなかったこと。
そこがソニーの偉いところだったと、わたしは思います。
(2006年1月19日) カメラ事業、フォト事業の終了と今後の計画について
https://www.konicaminolta.jp/about/release/2006/0119_04_01.html
(2006年1月19日) コニカミノルタ、カメラから撤退 ソニーが「α」を継承
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0601/19/news047.html
https://www.konicaminolta.jp/about/release/2006/0119_04_01.html
(2006年1月19日) コニカミノルタ、カメラから撤退 ソニーが「α」を継承
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0601/19/news047.html
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