無人島で、しかも島に渡っていくための道が、引き潮のときにしか現れない
という知林ヶ島。
この島に渡ることが今回の旅の一番の目的ですが、そんな島ですから一人で
渡るのには不安もあります。
ホテルでは、知林ヶ島への渡島案内も地元ボランティアさんたちの協力で行
なわれているということを前回、前々回の宿泊時に聞いていました。

●魚見岳より知林ヶ島を臨む(2度目の指宿への旅にて)
そこで今回もボランティアガイドの Iさんと再会し、渡島ツアーに参加する
ことを楽しみにしていたのです。
ところがフロントに聞いてみると、私の宿泊期間中はIさんはホテルにいらっ
しゃる予定はなく、しかも今年度から渡島ツアーはなくなったということで、
非常にがっかりしました。
しかたなく一人で渡島することにしホテルのロビーを出ると、そこにIさんが
立っているではありませんか。
ホテル建物のすぐ外では毎朝お土産品の販売があるのですが、Iさんはそこに
私的な用事でこられていたのです。
私たちは再会を喜びました。
お忙しいはずですし突然のことなのにも関わらず、Iさんは知林ヶ島を含めて
案内してくれるといいます。
喜んでお願いすることにしました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山川町のかつお節はとてもおいしいです。
関東のスーパーマーケットで販売されているかつお節で作る味噌汁とは、
格段に味のちがう味噌汁になるのです。
指宿に来たら、必ずまた買って帰ろうと思っていました。

●山川町のかつお節でつくる味噌汁はとてもおいしいです
Iさんの車に乗り込み町なかを走っていると、町のいたることろにたくさんの
薪(まき)が積んであるのが見られました。
なぜあんなに薪が積んであるのかIさんにたずねると、かつお節を製造する
ための薪なのだそうです。
そこでかつおぶし工場に向かうことになりました。

●山川町のいたるところにたくさんの薪が積んでありました。
かつお節製造のための薪で、木の種類はシイ、カシ、ナラといったドングリの
なる木だそうです。
工場ではIさんと工場の会長さんによる説明を聞きながら作業現場を見学する
ことができました。
まず、湯通ししたかつおの頭部尾部・骨・内臓を取り除いて、残った肉の形を
整えます。
次に地下1階、地上6階の大きな施設で、かつおを燻製にする作業を行ないます。
燻製作業はかつおへ煙の成分が定着する具合をみながら、釜に入れたり出したり
して約20日間続けられるそうです。

●この工場の燻製設備は地下1階に火を焚く部分があり、地上6階にまで及ぶ巨大
なものでした。煙が上に昇ってゆく性質を効率よく活かしているのでしょう。
薪はこの地下1階で使われています。
20日間にもわたる燻製処理を経たかつおは、すでに硬くなっています。
このかつおを機械式のヤスリにかけて、表面をなめらかにします。
そして、なめらかになった燻製かつおの表面にアオカビを霧吹きで吹き付けます。

●カビの発生したかつお節
ただのカビではなく、かつおぶし専用の優良カビが使われています。
その後、天日干し約20日間と寝かす(熟成させる)作業とを4回から5回くり
かえし、約半年間かけて、山川のおいしいかつお節が完成するのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鹿児島に行くとあくまきという食べ物があります。
5月の節句、こどもの日に食べるそうで、関東でいうちまきにあたります。

●鹿児島県の特産「あくまき」
なぜあくまきという名なのか、初めてのあくまきという食べ物を知ったころ
からの疑問でした。
なぜあくまきという名なのかというと、その名のとおり灰汁(あく)を
使って作られているからだと聞き、少し驚きました。
灰汁を使っているなんて、まずそうな気がしたからです。
一方、その灰汁は、かつお節製造のときにあの薪を燃やして出た灰から
ったものだということも聞き、町で見た薪とかつお節とあくまきとは、
みなつながりがあるのだなとわかりました。
Iさんのこうした話を聞き、あくまきにの製造にも関心を持つことに。
あくまき工場へと向かいました。
灰汁は、灰に水をかけながら布で濾(こ)して取り出すそうです。
この灰汁にもち米を一晩浸し、竹の皮で包み、これを灰汁で茹(ゆ)でて、
あくまきができあがります。

●これは一晩灰汁に浸しておいたもち米を竹の皮に包む工程です。
もち米が灰汁で黄褐色に色づいています。

●もち米を竹の皮に包んだものを灰汁で茹でる工程です。

●茹でている最中のあくまきを特別に出して見せてくれました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今まで、ただ「おいしい」「うまい」と言って食べていただけの鰹節や
あくまきでしたが、製造過程を見学し、製造者の方々とも言葉を交わして、
より親しみと愛着を持つようになったことはいうまでもありません。
Iさんが案内してくれた貴重な経験でした。
という知林ヶ島。
この島に渡ることが今回の旅の一番の目的ですが、そんな島ですから一人で
渡るのには不安もあります。
ホテルでは、知林ヶ島への渡島案内も地元ボランティアさんたちの協力で行
なわれているということを前回、前々回の宿泊時に聞いていました。

●魚見岳より知林ヶ島を臨む(2度目の指宿への旅にて)
そこで今回もボランティアガイドの Iさんと再会し、渡島ツアーに参加する
ことを楽しみにしていたのです。
ところがフロントに聞いてみると、私の宿泊期間中はIさんはホテルにいらっ
しゃる予定はなく、しかも今年度から渡島ツアーはなくなったということで、
非常にがっかりしました。
しかたなく一人で渡島することにしホテルのロビーを出ると、そこにIさんが
立っているではありませんか。
ホテル建物のすぐ外では毎朝お土産品の販売があるのですが、Iさんはそこに
私的な用事でこられていたのです。
私たちは再会を喜びました。
お忙しいはずですし突然のことなのにも関わらず、Iさんは知林ヶ島を含めて
案内してくれるといいます。
喜んでお願いすることにしました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山川町のかつお節はとてもおいしいです。
関東のスーパーマーケットで販売されているかつお節で作る味噌汁とは、
格段に味のちがう味噌汁になるのです。
指宿に来たら、必ずまた買って帰ろうと思っていました。

●山川町のかつお節でつくる味噌汁はとてもおいしいです
Iさんの車に乗り込み町なかを走っていると、町のいたることろにたくさんの
薪(まき)が積んであるのが見られました。
なぜあんなに薪が積んであるのかIさんにたずねると、かつお節を製造する
ための薪なのだそうです。
そこでかつおぶし工場に向かうことになりました。

●山川町のいたるところにたくさんの薪が積んでありました。
かつお節製造のための薪で、木の種類はシイ、カシ、ナラといったドングリの
なる木だそうです。
工場ではIさんと工場の会長さんによる説明を聞きながら作業現場を見学する
ことができました。
まず、湯通ししたかつおの頭部尾部・骨・内臓を取り除いて、残った肉の形を
整えます。
次に地下1階、地上6階の大きな施設で、かつおを燻製にする作業を行ないます。
燻製作業はかつおへ煙の成分が定着する具合をみながら、釜に入れたり出したり
して約20日間続けられるそうです。

●この工場の燻製設備は地下1階に火を焚く部分があり、地上6階にまで及ぶ巨大
なものでした。煙が上に昇ってゆく性質を効率よく活かしているのでしょう。
薪はこの地下1階で使われています。
20日間にもわたる燻製処理を経たかつおは、すでに硬くなっています。
このかつおを機械式のヤスリにかけて、表面をなめらかにします。
そして、なめらかになった燻製かつおの表面にアオカビを霧吹きで吹き付けます。

●カビの発生したかつお節
ただのカビではなく、かつおぶし専用の優良カビが使われています。
その後、天日干し約20日間と寝かす(熟成させる)作業とを4回から5回くり
かえし、約半年間かけて、山川のおいしいかつお節が完成するのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鹿児島に行くとあくまきという食べ物があります。
5月の節句、こどもの日に食べるそうで、関東でいうちまきにあたります。

●鹿児島県の特産「あくまき」
なぜあくまきという名なのか、初めてのあくまきという食べ物を知ったころ
からの疑問でした。
なぜあくまきという名なのかというと、その名のとおり灰汁(あく)を
使って作られているからだと聞き、少し驚きました。
灰汁を使っているなんて、まずそうな気がしたからです。
一方、その灰汁は、かつお節製造のときにあの薪を燃やして出た灰から
ったものだということも聞き、町で見た薪とかつお節とあくまきとは、
みなつながりがあるのだなとわかりました。
Iさんのこうした話を聞き、あくまきにの製造にも関心を持つことに。
あくまき工場へと向かいました。
灰汁は、灰に水をかけながら布で濾(こ)して取り出すそうです。
この灰汁にもち米を一晩浸し、竹の皮で包み、これを灰汁で茹(ゆ)でて、
あくまきができあがります。

●これは一晩灰汁に浸しておいたもち米を竹の皮に包む工程です。
もち米が灰汁で黄褐色に色づいています。

●もち米を竹の皮に包んだものを灰汁で茹でる工程です。

●茹でている最中のあくまきを特別に出して見せてくれました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今まで、ただ「おいしい」「うまい」と言って食べていただけの鰹節や
あくまきでしたが、製造過程を見学し、製造者の方々とも言葉を交わして、
より親しみと愛着を持つようになったことはいうまでもありません。
Iさんが案内してくれた貴重な経験でした。