証券市場で防戦買いの弾が尽き始めた韓国、外国人の攻撃で… 文在寅が直視しない現実
――韓国で外国人売りが続いています。
鈴置:11月7日から12月5日まで、外国人は21営業日連続で売り越しました。12月6日にようやく買い越しに転じましたが、週明けはどうなるか分かりません。
今局面での累積売り越し額は11月29日の段階で、すでに史上最高額を更新しています(「米国にケンカを売った『韓国』から外国人投資家が逃避 ムーディーズには怪しい動きが」参照)
12月6日のKOSPI(韓国株価総合指数)は前日比1・02%高の2081・85。この日は上げたものの、傾向としては11月15日の2162・18をピークに下げ続けています。
為替も怪しくなってきました。12月6日は少し戻し、前日比3・50ウォン高の1ドル=1190・20ウォン。ただ、11月7日に1ドル=1156・10を付けた後はウォン安傾向に転じ今や、心理的抵抗線とされる1ドル=1200ウォンに迫っています。
11月以降、外国人が株もウォンも売って逃げ出すという構図がはっきりとしてきたのです。
――韓国政府は困惑しているでしょうね。
鈴置:文在寅(ムン・ジェイン)政権に危機感があるかは分かりません。そもそも、経済知識に乏しい左派の人々が要所を占める政権です。
それに現在、地方自治体の首長選挙に青瓦台(大統領府)が警察を使って介入したという大スキャンダルが発覚。野党や保守メディアはこれを武器に政権を追い詰めつつあります。株価どころではないでしょう。
仮に政権が危機感を持って対応しようにも、市場を守るための弾(タマ)がなくなりかけています。グラフ「韓国証券市場で戦う外国人と国民年金」をご覧下さい。今年8月から外国人売りが本格化すると、国民年金基金が大量に買い入れ、暴落を防いできました。
毎日経済新聞は年金基金の「功績」を指摘していました。「年金基金の年内買い越し余力は10兆…『配当株に注目』」(11月3日、韓国語)です。
・年金基金は8月2日、KOSPIが1900台に下がった後、大量の買い越しに転じ、証券市場の安全弁の役割を果たした。 ・8月末に1967・79にまで下げ、前月比で2・456%急落していたKOSPIは、年金基金の実弾攻勢のおかげで9月に入り、2063・05と前月比4・766%上昇。2000の水準を回復するのに成功したのだ。
年金基金は、9―10月は外国人の売り越し額を上回る規模で買い越しました。しかし、「実弾攻勢」はここで止まりました。国民年金基金が定めた運用基準の買い上限に達し始めたのです。
韓国経済新聞の「12月の証券市場、『買いのサンタクロース』がいない」(12月1日、韓国語版)からポイントを翻訳します。
・国民年金の国内株式の買収余力が尽きたとの分析が出ている。11月27日発表の統計によると、8月末の国内投資残額は114兆3815億ウォン(1ウォン=0・0915円)で、運用総額(708兆1737億ウォン)の16・15%を記録した。 ・国内株式の目標比率は最大で17・3%である。8兆2000億ウォンの買い越し余力があるように見えるが、9-11月にKOSPI指数が6・10%上昇したことを勘案すれば、すでに目標値に達したとの見方が出ている。
この指摘は韓国政府の痛いところを突きました。11月に外国人が3兆5483億ウォンも売り越したのに、年金基金の買い越し額はたったの3994億ウォンに留まりました。防戦買いしようにも、そのためのおカネが切れてしまったと思われます。
11月7日から外国人が連日の売り越しに入ったのも、年金基金の弾薬切れを見切り、「後はやりたい放題」と韓国政府をなめたからに違いありません。
――「お家の大事」なのだから、国内株式の目標比率などは無視して買えばいいのでは?
鈴置:そうはいきません。年金基金の仕事は国民の老後を保障することです。国民から集めたおカネを、証券市場などで増やすことが本来の目的なのです。株価維持を目的に買い出動して、損を出したら本末転倒です。
先ほど引用した毎日経済新聞の「年金基金の年内買い越し余力は10兆…『配当株に注目』」(11月3日、韓国語版)の続きを要約しつつ翻訳します。 ・年金基金は9月27日に「売り」に転じ、421億ウォンの売り越しにより、KOSPIは前日比1・19%安の2049・93に下げた。 ・10月の1か月間、年金基金の売りは2100を目指すKOSPIの足かせとなった。KOSPIが2100に近づくたびに、7-8月に証券市場を守るために実弾を使い尽した年金基金が益出ししたと、市場は見ている。
要は年金基金も時々、安値で買った株を売って利益を捻出せざるをえない。このため、外国人が売りまくる今、株価に上限ができてしまう――ということです。
――外国人が売る。年金も買い余力を失った。誰が買っているのですか?
鈴置:残るのは個人しかありません。外国人売りと個人の買いの間で機関投資家、つまり年金基金が買おうか売ろうか、ウロウロする――という展開がこのところ続いています。
――個人はなぜ買うのでしょう。もう、年金が買い出動してくれそうもないのに。
鈴置:来年の韓国株は明るい、と信じているからです。モルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスなど外国系証券会社が「KOSPIは上がる!」と一斉にはやしています。
それを受け、韓国メディアには楽観を振りまく記事がしばしば載ります。聯合ニュースの「来年はダウよりKOSPI? 外国系証券会社、韓国証券市場への投資意見↑」(12月2日、韓国語)などです。
この聯合が配信した記事を2大経済紙の毎日経済新聞と韓国経済新聞も使っていますから、韓国人投資家の多くが読んだはずです。
――外国系証券の「ポジション・トーク」では?
鈴置:一部ですが、それを指摘するメディアもあります。朝鮮日報は「外国人は『韓国売り』、外国系証券は『韓国買い』…なぜ、異なるのか?」(12月3日、韓国語版)で「いかさま」を指摘しました。
・最近、外国人の「韓国売り」が続く中で、外国系証券会社が韓国証券市場に肯定的な展望を相次いで打ち出した。その背景に関心が高まっている。 ・ゴールドマン・サックスは先月末、韓国市場への投資意見を「市場の比率通り」(中立)から「比重拡大」にと上向きに変えた。モルガン・スタンレーも同じような時期に「中立」を「拡大」に変更した。 ・クレディ・スイス、JPモルガン、ソシエテ・ジェネラルなど外国系証券会社に属する専門家たちもブルームバーグ、CNBCなどの経済番組に出演し肯定的意見を述べた。 ・これについて疑う意見もある。外国人投資家が韓国市場から足抜けできるよう、わざわざ買いを推奨するレポートを出したとの見方だ。 ・昨年、外国系証券会社が韓国のバイオ関連株に関し「売りレポート」を相次いで出した。株価は急落したが、カラ売りしていた外国人投資家が結果的に利益を得た。 ・そこで「裏でつるんでいるのではないか」との疑いが起きた。実際、今もKOSPI市場で外国人は大量の売りを続けている。
記事のこの辺りには「組んで打つ花札」との小見出しがついています。韓国の花札は3人で遊ぶのが普通で、2人が示し合わせて出す札を調整すれば、残りの人から容易にカネを巻き上げることができるのです。
「外国の証券会社と投資家が組んで韓国人から巻き上げている」構図を上手に表現しています。そもそも「証券会社」と「投資家」と言っても、同じ会社の別の部門に過ぎないのですから。いくら、部門の間にチャイニーズ・ウォールが存在することになっていても。
――冷静な報道も、あるにはあるわけですね。
鈴置:興味深いのは左派系紙、ハンギョレの報道ぶりです。「KOSPI、来年は米証券市場の株価上昇率を上回るか…世界投資銀行『比重拡大』」(12月2日、日本語版)と、全く無批判に外国系銀行の「買い推奨」を報じたのです。
反米左派を代表する新聞ですから、親米保守の朝鮮日報以上に、舌鋒鋭く「米資本主義の強欲」を書きたててもいいのに……。書いたのは駆け出し記者ではなく、先任記者の肩書を持つベテランですから確信犯と思います。
――なぜ、こんな記事をハンギョレが……。
鈴置:文在寅政権への忖度でしょう。政権を揺るがす大スキャンダルが発生した。すでに経済政策の失敗は誰もが認めるものとなっている。そんな時、政府系紙としてはせめて「来年の株価は上がるぞ」と書きたくなるのだと思います。
ハンギョレのこの記事こそが、現在の韓国の危さを象徴しています。経済的な危機が迫っている。下手すると通貨危機に陥るかもしれない。というのに指導層は政争を繰り広げるばかりで、厳しい現実を直視しない。
1997年秋の通貨危機も政争の最中に起きました。同年12月の大統領選挙を前に、金泳三(キム・ヨンサム)政権は野党と抗争を繰り広げていた。そんな中、外国資本が逃げ出しているというのに、何の対処もしなかったのです。
文禄の役(1592-1593年)の前もそうでした。日本の意図を探ろうと秀吉に会った李氏朝鮮の使臣の1人は「日本が攻めてくる」と判断しました。しかし、権力闘争のあおりでその正確な判断は無視され、朝鮮は何の戦争準備もしなかったのです。
韓国人は身内でつかみ合いのケンカを始めると、回りが見えなくなるのです。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ) 韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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