PRESIDENT Online
2020年04月27日 17:15
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
コロナ抑え込みに成功した韓国がまもなく限界を迎える理由
最大の輸出相手から競争上の脅威となった中国
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界経済は大きな混乱と変化に直面している。
米国が主導してきたグローバル経済が、重大かつ大きな転換点に差し掛かっている。
それにともない、多くの国が未曽有の構造変化を余儀なくされている。
そうした状況下、韓国では資金流出や企業業績・財務内容の悪化懸念が高まっている。
加えて、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の健康不安説が報じられていることで不安定感も増している。
世界経済はコロナショックによって1918年に発生したスペイン風邪に匹敵する景気後退に陥り、韓国経済はさらに厳しい状況を迎える可能性がある。
一方、オンライン学習やテレワークなど、今後の世界経済に大きな影響を与える取り組みが進んでいることも見逃せない。
米中のIT先端企業はネットワーク・テクノロジーの高度化とその実用化を通して、感染対策や経済活動の下支えに重要な役割を果たしている。
中国は先端分野での競争力を急速に高めている。
韓国にとって中国が最大の輸出相手から競争上の脅威としての存在に変わりはじめていることは冷静に考えなければならない。
金正恩の健康不安説で、朝鮮半島情勢の不安定感は増加
新型コロナウイルスが韓国経済に与える影響を考える時、元々、韓国が抱えていた問題がコロナショックで顕在化したと考えると分かりやすい。
世界規模で考えても、コロナショックは医療制度や格差問題など、これまでの問題が深刻化するきっかけになっている。
4月15日の総選挙では左派の政権与党である「共に民主党」が圧勝した。
政治基盤が安定することは、政治、経済、社会の安定にとって重要だ。
ただ、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政策には懸念点が多い。
コロナショック以前から文政権の政策運営スタンスを警戒する市場参加者は多かった。
文氏は南北統一と反日を一貫して重視している。
冷静に考えると、北朝鮮にとって核兵器の保有は体制維持のためのお守りといえる。
それを金一族が手放すことは想定できないと指摘する安全保障の専門家は多い。
総選挙後、北朝鮮の金正恩委員長の健康不安説が流れるなど、朝鮮半島情勢の不安定感は増している。
世界全体がウイルスとの戦いに必死の中、韓国の安全保障体制への懸念は高まるばかりだ。
韓国のカントリーリスク上昇を警戒
また、本来であれば朝鮮半島情勢の安定のために韓国はわが国との連携を重視すべきだ。
しかし、総選挙で勝利した文政権が反日姿勢を修正するとは考えづらい。
経済界は日韓の通貨スワップ協定の再開などを求めているが、事は容易に進まないだろう。
むしろ、知日派の官僚などが政権から遠ざけられ、わが国との関係にさらなる隙間風が吹く展開が懸念される。
現状、文政権がコロナウイルスを抑え込んでいることもあり、保守派と経済界が連携して左派政権への批判を展開することも難しいだろう。
同時に、世界経済の先行き懸念は日に日に増している。
4月20日にはWTI原油先物価格がマイナスに落ち込むなど、これまでに経験したことがないほどの勢いで世界の需要が大幅に落ち込んでいる。
輸出によって外需を取り込んできた韓国への逆風は強まっているとみるべきだ。
先行き懸念から、ソウルの為替相場ではウォンがドルに対して売られている。
韓国のカントリーリスク上昇を警戒し、多くの資金が海外に流出しているとみられる。
限界点を迎えつつある韓国の経済政策
さらに、文政権は“所得主導”の成長を目指し、経済の実力を無視して最低賃金を引き上げるなどし、企業の経営を悪化させた。
韓国の金融政策は限界に近づいており、財政支出にも限りがある。文政権の経済運営はかなり難しい局面を迎えているように見える。
2018年、韓国の最低賃金は前年比16.4%に引き上げられた。2019年の賃上げ率は同10.9%だった。
各年の韓国の実質GDP成長率は2.7%、2.0%だった。韓国経済が生み出す付加価値を大きく上回る賃上げが企業の体力を奪ったのは当然だ。
2018年には、米中の通商摩擦が激化し、世界全体でサプライチェーンに混乱が広がった。
世界各国で企業が設備投資を見送るなどし、世界経済へのメモリ半導体などの供給基地として存在感を高めてきた韓国の輸出は減少した。
また、韓国にとって最大の輸出先である中国経済が成長の限界を迎えたことも、韓国の輸出減少に拍車をかけた。
言い換えれば、韓国の企業は、国内外の両面で収益力を削ぐ複数の要因に直面したといえる。その結果、韓国の所得・雇用環境は急速に不安定化した。
資産を売却して債務返済に備える財閥系大手企業も
2020年1月以降、行き詰まり懸念が高まってきた韓国経済は、コロナ禍という追加的かつかなり大きなリスク要因に直面する。
端的に、新型コロナウイルスの感染拡大により世界経済の動きが“遮断”された。
感染対策のために各国が都市や国境を封鎖し、人の移動が強く制限されている。
移動制限は、モノやサービスへの需要を急速に低下させ、モノの生産(供給)も停滞している。
半導体輸出、観光など海外の需要に依存してきた韓国にとって、この状況はかなり厳しい。
今後、韓国企業の業績懸念は高まるだろう。
財閥系大手企業の一角には、資産の売却を進めて手元のキャッシュポジションを厚くし、債務返済に備えようとする動きが出ている。
一方、経済格差の拡大と固定化が深刻となる中、韓国の家計は世界的な低金利に依存して借り入れを行い、消費を行ってきた。
今後、韓国経済のファンダメンタルズが悪化するにつれ、家計の資金繰りに逼迫(ひっぱく)懸念が高まる展開は軽視できない。
コロナ感染を抑制した中国の先端テクノロジー
新型コロナウイルスの影響を受け、徐々にIT先端分野を中心に今後の世界経済をけん引する分野が明確になっていることは見逃せない。
コロナ禍をきっかけに、テレワークや工場・事務作業の自動化、物流や人の移動管理など、ITの活用が加速化している。
特に、中国のAI(人工知能)をはじめとする情報テクノロジー関連のイノベーション力には目を見張る勢いがある。
“中国製造2025”のもと、中国政府は高性能の半導体や工場の自動化(ファクトリー・オートメーション、FA)関連のテクノロジー、機器開発に注力した。
AIを用いた顔認証技術を導入し、治安対策にも応用している。
そうした先端テクノロジーを動員することで中国は人の移動を徹底管理し、コロナウイルスの感染を抑制した。感染が徐々に落ち着くにともない、中国経済の活動水準は持ち直している。
鉄鋼など中国の在来分野では過剰生産能力、過剰債務などの問題が多い。
一方、中国のIT先端分野の成長期待は高い。
1~3月期の実質GDP成長率が前年同期比で6.8%落ち込んだが、その実態は強と弱を併せ持った“まだら模様”というべきだ。
韓国が直面する問題は、日本にとっても対岸の火事ではない
今後、中国は韓国から調達してきた半導体などを国産化し、技術と価格の両面で競争力を発揮するだろう。
共産党政権が経済運営のために補助金政策を重視していることを踏まえると、韓国企業が中国との競争を優位に進めることは容易ではない。
変化に対応するために、韓国はIT先端分野での革新を支える新しいモノ(製品やパーツ)を生み出さなければならない。
ただ、韓国はわが国の要素に依存して半導体の生産能力を高めてきた。
また、文政権は経済の自主的な取り組みの強化に背を向けてきた。韓国が今後の世界経済の変化に対応できるかは不透明だ。
韓国が直面する問題は、わが国にとってひとごとではない。
韓国と異なり、わが国政府の感染対策は後手に回り、人々の不安は増している。効果あるワクチンなどが開発されるまで、自由な移動は相応に制限される可能性がある。
それまでの間、政治は強い統率力を発揮し、社会全体を一つにまとめなければならない。
わが国がコロナ禍という国難を克服し、構想改革などを通して国力の維持・強化を目指すために、今こそ政治のリーダーシップを発揮することが求められる。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
2020年04月27日 17:15
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
コロナ抑え込みに成功した韓国がまもなく限界を迎える理由
最大の輸出相手から競争上の脅威となった中国
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界経済は大きな混乱と変化に直面している。
米国が主導してきたグローバル経済が、重大かつ大きな転換点に差し掛かっている。
それにともない、多くの国が未曽有の構造変化を余儀なくされている。
そうした状況下、韓国では資金流出や企業業績・財務内容の悪化懸念が高まっている。
加えて、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の健康不安説が報じられていることで不安定感も増している。
世界経済はコロナショックによって1918年に発生したスペイン風邪に匹敵する景気後退に陥り、韓国経済はさらに厳しい状況を迎える可能性がある。
一方、オンライン学習やテレワークなど、今後の世界経済に大きな影響を与える取り組みが進んでいることも見逃せない。
米中のIT先端企業はネットワーク・テクノロジーの高度化とその実用化を通して、感染対策や経済活動の下支えに重要な役割を果たしている。
中国は先端分野での競争力を急速に高めている。
韓国にとって中国が最大の輸出相手から競争上の脅威としての存在に変わりはじめていることは冷静に考えなければならない。
金正恩の健康不安説で、朝鮮半島情勢の不安定感は増加
新型コロナウイルスが韓国経済に与える影響を考える時、元々、韓国が抱えていた問題がコロナショックで顕在化したと考えると分かりやすい。
世界規模で考えても、コロナショックは医療制度や格差問題など、これまでの問題が深刻化するきっかけになっている。
4月15日の総選挙では左派の政権与党である「共に民主党」が圧勝した。
政治基盤が安定することは、政治、経済、社会の安定にとって重要だ。
ただ、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政策には懸念点が多い。
コロナショック以前から文政権の政策運営スタンスを警戒する市場参加者は多かった。
文氏は南北統一と反日を一貫して重視している。
冷静に考えると、北朝鮮にとって核兵器の保有は体制維持のためのお守りといえる。
それを金一族が手放すことは想定できないと指摘する安全保障の専門家は多い。
総選挙後、北朝鮮の金正恩委員長の健康不安説が流れるなど、朝鮮半島情勢の不安定感は増している。
世界全体がウイルスとの戦いに必死の中、韓国の安全保障体制への懸念は高まるばかりだ。
韓国のカントリーリスク上昇を警戒
また、本来であれば朝鮮半島情勢の安定のために韓国はわが国との連携を重視すべきだ。
しかし、総選挙で勝利した文政権が反日姿勢を修正するとは考えづらい。
経済界は日韓の通貨スワップ協定の再開などを求めているが、事は容易に進まないだろう。
むしろ、知日派の官僚などが政権から遠ざけられ、わが国との関係にさらなる隙間風が吹く展開が懸念される。
現状、文政権がコロナウイルスを抑え込んでいることもあり、保守派と経済界が連携して左派政権への批判を展開することも難しいだろう。
同時に、世界経済の先行き懸念は日に日に増している。
4月20日にはWTI原油先物価格がマイナスに落ち込むなど、これまでに経験したことがないほどの勢いで世界の需要が大幅に落ち込んでいる。
輸出によって外需を取り込んできた韓国への逆風は強まっているとみるべきだ。
先行き懸念から、ソウルの為替相場ではウォンがドルに対して売られている。
韓国のカントリーリスク上昇を警戒し、多くの資金が海外に流出しているとみられる。
限界点を迎えつつある韓国の経済政策
さらに、文政権は“所得主導”の成長を目指し、経済の実力を無視して最低賃金を引き上げるなどし、企業の経営を悪化させた。
韓国の金融政策は限界に近づいており、財政支出にも限りがある。文政権の経済運営はかなり難しい局面を迎えているように見える。
2018年、韓国の最低賃金は前年比16.4%に引き上げられた。2019年の賃上げ率は同10.9%だった。
各年の韓国の実質GDP成長率は2.7%、2.0%だった。韓国経済が生み出す付加価値を大きく上回る賃上げが企業の体力を奪ったのは当然だ。
2018年には、米中の通商摩擦が激化し、世界全体でサプライチェーンに混乱が広がった。
世界各国で企業が設備投資を見送るなどし、世界経済へのメモリ半導体などの供給基地として存在感を高めてきた韓国の輸出は減少した。
また、韓国にとって最大の輸出先である中国経済が成長の限界を迎えたことも、韓国の輸出減少に拍車をかけた。
言い換えれば、韓国の企業は、国内外の両面で収益力を削ぐ複数の要因に直面したといえる。その結果、韓国の所得・雇用環境は急速に不安定化した。
資産を売却して債務返済に備える財閥系大手企業も
2020年1月以降、行き詰まり懸念が高まってきた韓国経済は、コロナ禍という追加的かつかなり大きなリスク要因に直面する。
端的に、新型コロナウイルスの感染拡大により世界経済の動きが“遮断”された。
感染対策のために各国が都市や国境を封鎖し、人の移動が強く制限されている。
移動制限は、モノやサービスへの需要を急速に低下させ、モノの生産(供給)も停滞している。
半導体輸出、観光など海外の需要に依存してきた韓国にとって、この状況はかなり厳しい。
今後、韓国企業の業績懸念は高まるだろう。
財閥系大手企業の一角には、資産の売却を進めて手元のキャッシュポジションを厚くし、債務返済に備えようとする動きが出ている。
一方、経済格差の拡大と固定化が深刻となる中、韓国の家計は世界的な低金利に依存して借り入れを行い、消費を行ってきた。
今後、韓国経済のファンダメンタルズが悪化するにつれ、家計の資金繰りに逼迫(ひっぱく)懸念が高まる展開は軽視できない。
コロナ感染を抑制した中国の先端テクノロジー
新型コロナウイルスの影響を受け、徐々にIT先端分野を中心に今後の世界経済をけん引する分野が明確になっていることは見逃せない。
コロナ禍をきっかけに、テレワークや工場・事務作業の自動化、物流や人の移動管理など、ITの活用が加速化している。
特に、中国のAI(人工知能)をはじめとする情報テクノロジー関連のイノベーション力には目を見張る勢いがある。
“中国製造2025”のもと、中国政府は高性能の半導体や工場の自動化(ファクトリー・オートメーション、FA)関連のテクノロジー、機器開発に注力した。
AIを用いた顔認証技術を導入し、治安対策にも応用している。
そうした先端テクノロジーを動員することで中国は人の移動を徹底管理し、コロナウイルスの感染を抑制した。感染が徐々に落ち着くにともない、中国経済の活動水準は持ち直している。
鉄鋼など中国の在来分野では過剰生産能力、過剰債務などの問題が多い。
一方、中国のIT先端分野の成長期待は高い。
1~3月期の実質GDP成長率が前年同期比で6.8%落ち込んだが、その実態は強と弱を併せ持った“まだら模様”というべきだ。
韓国が直面する問題は、日本にとっても対岸の火事ではない
今後、中国は韓国から調達してきた半導体などを国産化し、技術と価格の両面で競争力を発揮するだろう。
共産党政権が経済運営のために補助金政策を重視していることを踏まえると、韓国企業が中国との競争を優位に進めることは容易ではない。
変化に対応するために、韓国はIT先端分野での革新を支える新しいモノ(製品やパーツ)を生み出さなければならない。
ただ、韓国はわが国の要素に依存して半導体の生産能力を高めてきた。
また、文政権は経済の自主的な取り組みの強化に背を向けてきた。韓国が今後の世界経済の変化に対応できるかは不透明だ。
韓国が直面する問題は、わが国にとってひとごとではない。
韓国と異なり、わが国政府の感染対策は後手に回り、人々の不安は増している。効果あるワクチンなどが開発されるまで、自由な移動は相応に制限される可能性がある。
それまでの間、政治は強い統率力を発揮し、社会全体を一つにまとめなければならない。
わが国がコロナ禍という国難を克服し、構想改革などを通して国力の維持・強化を目指すために、今こそ政治のリーダーシップを発揮することが求められる。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)