「絵に描いた社会主義」文在寅の愚策に苦しむ韓国企業の落日
『小倉正男』 2020/02/07
小倉正男(経済ジャーナリスト)
文在寅氏が大統領となっておよそ3年が経った韓国だが、いまや世界断トツの賃上げ国という“名誉”を与えられている。
データの出所は経済協力開発機構(OECD)というれっきとしたものだ。
それによると、日本などは対照的に賃上げでは最悪の「劣等生」にランクされている。
日本の場合、企業が稼いだ資金はもっぱら利益剰余金など内部留保に貯め込まれ、賃金はあくまで後回しになっているのが現状だ。
韓国はなんとも誉れあるポジションに君臨していることになるのだが、これは文大統領の「所得主導成長」経済政策によるところが大きい。
もっとも世界一の賃上げが韓国を幸福にしているかといえば、むしろそうではない。
文大統領の「所得主導成長」が、案に相違して格差の拡大、雇用機会の減少、資本の逃避など「ヘルコリア」を増幅している。
文大統領としては、世界断トツの賃上げで格差の拡大にストップをかけて「人間中心の経済」、「包容国家」実現を標榜したが、もたらされた現実は裏腹にも悲惨なものだった。
文政権下で韓国は、最低賃金を2018年に16・4%、19年に10・9%と大幅アップを進めた。
2年間で29%アップである。
最低賃金の上昇率は、20年にはさすがに2・87%(時給8590ウォン=約790円)と急激なダウンとなったが、過去2年の過激ともいえる賃上げは産業界に大幅な人件費コスト増をもたらした。
産業界としては、自然の摂理のようなものだが、正規雇用者採用を警戒し躊躇する傾向を強めた。その結果、正規雇用者の採用減が顕著になっている。
新規の正規雇用が減少すれば、若年層労働者の雇用機会は失われ、若年層失業者が増加する結果を招いた。
文大統領の狙いとは反対に格差の拡大は一層広がるばかりとなっている。
さらに自営業など中小企業では賃金支払い負担増から廃業・倒産を余儀なくされるという現象が多発した。中小企業でも雇用機会が減少することになった。
若年層労働者の実体上の失業増加により文大統領の「所得主導成長」は事実上の放棄・修正に追い込まれている。
文大統領は、かねて「最低賃金を20年に1万ウォンにする」という公約を掲げてきた。
それゆえに、先にも触れたように18~20年に3年連続で最低賃金を16%以上の増加を目論んできた。しかし、20年の最低賃金は2・87%増にとどめざるを得なかった。
文大統領は「最低賃金1万ウォンは人間らしい生活を象徴するものだ」を唱えてきたが、あっさりとそれを放棄し支持基盤である韓国労働組合総連盟に陳謝する事態となっている。
また、文大統領は「時短」すなわち労働時間を週68時間から52時間にする改革も推進した。
韓国では土日の休日労働を「別枠」として認め、68時間までを週労働時間としてきた。
だが、休日労働を「延長労働」に認定して労働時間は週52時間までに短縮された。
「時短」によるワークシェアリング(業務分割)で雇用拡大を図るというのが文大統領の目論見だった。
「時短」が行われれば、従来の業務をこなすには新規に雇用を増やす必要が生まれる。しかし、これも机上の計算でしかなく空論に終わった。
産業界としては、その新規雇用増は非正規労働者などを採用してなんとか間に合わせるにしても、トータルで人件費コストの大幅増加が避けられない。
文大統領の机上の計算は外れ、生産性が伴わないサービス産業などでは採算が合わず赤字転落で事業の撤退に追い込まれている。これも雇用を減らす作用をもたらしている。
トドメを刺しているのが法人税増税だ。
韓国の法人税は18年に22%から25%に引き上げられている。
韓国のメディアですら「海外の企業を誘致するどころか、韓国から企業を追い出すのか」と嘆いたものだ。
あわせていえば、所得税も富裕層への増税を強化している。
加えて労働組合の争議を支援する姿勢を明らかにしている。
そして、過去50年にわたり無労組だった財閥企業トップのサムスン電子に19年11月に労働組合を結成させている。
法人税の世界のトレンドでいえば、法人税減税競争が進行しているが、その流れに堂々と逆行する動きをとったわけである。
欧米などの先進国なら産業界も「世界の流れに逆行する法人税増税が行われるならわれわれは祖国を捨てなければならない」と本社、工場の海外移転などをメディアで発信して政府にブレーキをかけるところだ。
法人税は海外で払い、雇用も海外に移す、という強い覚悟や決意を示すのが産業界の一般的な増税対抗手段である。
しかし、韓国では産業界にそうした言論の自由はない。
政権に少しでも逆らった発言をすれば税務・法務などで徹底して虐められる可能性がある。
世界的な法人税引き下げ競争の中で文大統領の韓国は法人税増税を断行したのである。
文大統領の「所得主導成長」は、徹底した「反サプライサイド」経済政策ということができる。
サプライサイドとは供給側、すなわち企業・産業サイドのことだ。企業・産業を優遇して、企業・産業の競争力を強化するというのがサプライサイド経済政策である。
文大統領が行っている経済政策は、その逆で企業・産業を目の仇とする「反サプライサイド」である。
格差の拡大を解決するためにサムスン電子など財閥企業が過剰に貯め込んだ巨額資金を労働者階級などに“所得移転”を図るというものだ。
最低賃金の大幅アップ、労働時間の大幅短縮、法人税増税、富裕層への所得税増税、労働組合支援など、文大統領は「反サプライサイド」をこれでもかと断行したということができる。
文大統領は、左派(社会主義)を信奉しているのだから当然の帰結であるといえるわけだが、それにしても古典的な社会主義を信奉しているようにも見える。
古典的というか、「絵に描いた社会主義」といった方が的を射ているかもしれない。
ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を開き、報道陣の質問に答える文在寅大統領=2020年1月(共同)
文大統領による「所得主導成長」の異彩・異色ぶりは、中国の習近平主席による「中国製造2025」と対照すると際立っている。
「中国製造2025」は、中国の中央政府・地方政府が自国の製造業企業に巨額補助金を注ぎ込んで、半導体などを筆頭に中国製ハイテク製品の競争力をひたすら強化・育成するというものだ。
2025年にはハイテク製品の世界市場で中国がトップに立つという野心的な経済政策である。
巨額補助金注入の優遇策で、中国ハイテク関連企業は極論すれば“原価ゼロ”で半導体などを生産できる状態になっている。
米国のトランプ大統領の「アメリカファースト」に対抗する「中国ファースト」政策だが、それが長期に及んだ米中貿易戦争を引き起こしている要因の一つになっている。
トランプ大統領は中国の無尽蔵な補助金注入を「アンフェア」と非難している。
先行きの世界の覇権は自国ハイテク産業の盛衰で優劣が決まる。
中国のアンフェアを認めれば、技術、そして経済、軍事までイニシアチブを中国に渡すことになりかねない。
米中貿易戦争は、先行きの世界の覇権を争奪するなりふり構わぬ闘いとなっている面が否定できない。
共産党独裁の中国ですら明らかに過剰なほどのサプライサイド優遇・強化に身を乗り出している。
習主席は、トランプ大統領を「一国主義」と批判しているが、どうして習主席も「一国主義」では何一つ負けていない。
言い換えれば、習主席の中国は、トランプ大統領が目の仇にしている中国通信機器大手のファーウェイを世界企業に仕上げしようと応援しているのに対して、文大統領の韓国は世界企業であるサムスン電子を虐めて引きずり下ろしているようなものである。
中国を含む世界の資本主義が「自国ファースト」といった風潮も加えて自国のサプライサイド強化にひたすら走っている中で文大統領による韓国の「反サプライサイド」は特異である。
文大統領の「反サプライサイド」に対して、韓国産業界がそれを吸収できる生産性向上や技術革新を持ち得るなら話は少し変わるがそれはない。
韓国産業界は、世界競争で実力を上回るハンディ(=人件費増など原価高)を背負わされたようなものである。
文大統領の行っているのは、韓国産業界を世界市場競争から自ら脱落させようとしている所業というしかない。
これでは韓国経済が持たない。
韓国の国内総生産(GDP)に占める輸出の比重(37%)は大きく、サムスン電子などの半導体関連製品の中国向け輸出で稼いできている。
しかし、その中国が米中貿易戦争で景気が低迷しており中国の国内需要は極度に低下している。
景気の悪化で半導体関連市況は低迷するばかりだ。しかも中国は「中国製造2025」で半導体などハイテク製品の自国生産に乗り出している。
中国はむしろハイテク製品で韓国と競合する、あるいは韓国を凌駕していく趨勢をつくろうとしている。
従来のように中国が韓国のサムスン電子などのマーケットであり続けるという構図は崩壊に直面している。
韓国ソウル市内にあるサムスン電子のオフィス(ゲッティイメージズ)
案の定、19年の韓国の輸出は大幅減となっており、19年のGDP成長率は2%にとどまった。
リーマンショック後、韓国経済は順調な歩みをたどってきたが、最低成長率を記録した。
韓国のリーディングカンパニーであるサムスン電子などを見ても大幅減収・営業利益半減の惨状である。
韓国産業界各社は輸出の低迷で売り上げが低下し、人件費コスト増、法人税増などで収益が低下する「減収減益構造」にはまり込んでいる。
米中貿易戦争の長期化という事態も想定を超えるものだったが、大半は文大統領の「絵に描いた社会主義」を骨格にした「反サプライサイド」経済政策が招いた結果にほかならない。
悪いときには悪いことが重なるもので、「新型コロナウイルス」は、中国経済を停止状態に追い込んでおり、20年の韓国経済は悲惨なものになりかねない。GDP成長率はさらに失速する可能性がある。
こうした中、日本の輸出管理強化、すなわち「日韓摩擦」でも、文大統領は世界の資本主義の常識や理論を大きく逸脱する動きをとっている。
日本の高純度フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジスト(その後レジストは運用緩和)、さらにホワイト国除外でも、文大統領は不可解な行動規範を指示している。
文大統領は日本の輸出管理強化を「元に戻せ」と主張しながら、一方で日本のハイテク関連の部品・用品供給は「経済侵略」と規定して、韓国で部品・用品生産する「自国化」を奨励している。
「(部品・用品の)自国化は第2の独立戦争」とわけの分からない、乱暴な理屈を振り回している。
部品・用品のサプライチェーンを「経済侵略」と規定するとは、現代資本主義から見て理解を超えたものだ。こうした理屈や理論をどこから持ってきているのか不明だが、文大統領の周囲を含めて「学生運動」次元のように感じられる。
LGディスプレイなどが高純度フッ化水素を国産化したと発表してiPhone生産を行ったのだが、なんと100万台超の不良品を生み出したと伝えられている。それらの大量の不良品は廃棄に追い込まれたとみられる。部品・用品のサプライチェーンは「最適地」生産が基本であり、韓国としたらどこからみても日本からの供給が世界的に見て唯一無二、ワンアンドオンリーにほかならない。
韓国での部品・用品の自国化生産は、不効率で高く付くばかりか、それ以前にリスクがきわめて大きい。大量の不良品を出して納期が遅れる、あるいは製造歩留まりを悪化させるなら、アップルなど需要先からの信用を失い、下手をすれば事業撤退など致命的な事態に追い込まれる。
日本からの部品・用品供給を「経済侵略」として自国化=独立戦争を奨励するという文大統領の思考は、世界資本主義のサプライチェーン理論からすると現実を見ようとしない、あるいは現実から逃避・逸脱するものである。これはサプライズに近い理論といえるかもしれない。
このままいけば外資企業はもちろんのこと、サムスン電子など韓国の財閥企業などまで「資本逃避」が本格化するとみられる。
韓国に本社、工場、研究所、店舗、人員を置くだけで人件費コスト、法人税などの負担で世界競争において劣位に立つとすれば、それらは海外の「最適地」に移転させることに追い込まれるのが自然な動きだ。
サムスングループのディスプレー工場を訪問した韓国の文在寅大統領(中央)=2019年10月、韓国・牙山(聯合=共同)
ヒト、カネ、モノのすべてが韓国という祖国を捨てる行動に出る。みすみす世界競争に負けてマーケットを失うぐらいなら、活路を求めて海外に資本を移すしかない。
世界の資本主義に逆行する文大統領だが、経済政策に過剰にイデオロギーやルサンチマン(怨恨・思い込み)などを持ち込めば、大元である韓国という国家そのものを傾かせるという悲惨な結末をひたすら呼び込むことになりかねない。
『小倉正男』 2020/02/07
小倉正男(経済ジャーナリスト)
文在寅氏が大統領となっておよそ3年が経った韓国だが、いまや世界断トツの賃上げ国という“名誉”を与えられている。
データの出所は経済協力開発機構(OECD)というれっきとしたものだ。
それによると、日本などは対照的に賃上げでは最悪の「劣等生」にランクされている。
日本の場合、企業が稼いだ資金はもっぱら利益剰余金など内部留保に貯め込まれ、賃金はあくまで後回しになっているのが現状だ。
韓国はなんとも誉れあるポジションに君臨していることになるのだが、これは文大統領の「所得主導成長」経済政策によるところが大きい。
もっとも世界一の賃上げが韓国を幸福にしているかといえば、むしろそうではない。
文大統領の「所得主導成長」が、案に相違して格差の拡大、雇用機会の減少、資本の逃避など「ヘルコリア」を増幅している。
文大統領としては、世界断トツの賃上げで格差の拡大にストップをかけて「人間中心の経済」、「包容国家」実現を標榜したが、もたらされた現実は裏腹にも悲惨なものだった。
文政権下で韓国は、最低賃金を2018年に16・4%、19年に10・9%と大幅アップを進めた。
2年間で29%アップである。
最低賃金の上昇率は、20年にはさすがに2・87%(時給8590ウォン=約790円)と急激なダウンとなったが、過去2年の過激ともいえる賃上げは産業界に大幅な人件費コスト増をもたらした。
産業界としては、自然の摂理のようなものだが、正規雇用者採用を警戒し躊躇する傾向を強めた。その結果、正規雇用者の採用減が顕著になっている。
新規の正規雇用が減少すれば、若年層労働者の雇用機会は失われ、若年層失業者が増加する結果を招いた。
文大統領の狙いとは反対に格差の拡大は一層広がるばかりとなっている。
さらに自営業など中小企業では賃金支払い負担増から廃業・倒産を余儀なくされるという現象が多発した。中小企業でも雇用機会が減少することになった。
若年層労働者の実体上の失業増加により文大統領の「所得主導成長」は事実上の放棄・修正に追い込まれている。
文大統領は、かねて「最低賃金を20年に1万ウォンにする」という公約を掲げてきた。
それゆえに、先にも触れたように18~20年に3年連続で最低賃金を16%以上の増加を目論んできた。しかし、20年の最低賃金は2・87%増にとどめざるを得なかった。
文大統領は「最低賃金1万ウォンは人間らしい生活を象徴するものだ」を唱えてきたが、あっさりとそれを放棄し支持基盤である韓国労働組合総連盟に陳謝する事態となっている。
また、文大統領は「時短」すなわち労働時間を週68時間から52時間にする改革も推進した。
韓国では土日の休日労働を「別枠」として認め、68時間までを週労働時間としてきた。
だが、休日労働を「延長労働」に認定して労働時間は週52時間までに短縮された。
「時短」によるワークシェアリング(業務分割)で雇用拡大を図るというのが文大統領の目論見だった。
「時短」が行われれば、従来の業務をこなすには新規に雇用を増やす必要が生まれる。しかし、これも机上の計算でしかなく空論に終わった。
産業界としては、その新規雇用増は非正規労働者などを採用してなんとか間に合わせるにしても、トータルで人件費コストの大幅増加が避けられない。
文大統領の机上の計算は外れ、生産性が伴わないサービス産業などでは採算が合わず赤字転落で事業の撤退に追い込まれている。これも雇用を減らす作用をもたらしている。
トドメを刺しているのが法人税増税だ。
韓国の法人税は18年に22%から25%に引き上げられている。
韓国のメディアですら「海外の企業を誘致するどころか、韓国から企業を追い出すのか」と嘆いたものだ。
あわせていえば、所得税も富裕層への増税を強化している。
加えて労働組合の争議を支援する姿勢を明らかにしている。
そして、過去50年にわたり無労組だった財閥企業トップのサムスン電子に19年11月に労働組合を結成させている。
法人税の世界のトレンドでいえば、法人税減税競争が進行しているが、その流れに堂々と逆行する動きをとったわけである。
欧米などの先進国なら産業界も「世界の流れに逆行する法人税増税が行われるならわれわれは祖国を捨てなければならない」と本社、工場の海外移転などをメディアで発信して政府にブレーキをかけるところだ。
法人税は海外で払い、雇用も海外に移す、という強い覚悟や決意を示すのが産業界の一般的な増税対抗手段である。
しかし、韓国では産業界にそうした言論の自由はない。
政権に少しでも逆らった発言をすれば税務・法務などで徹底して虐められる可能性がある。
世界的な法人税引き下げ競争の中で文大統領の韓国は法人税増税を断行したのである。
文大統領の「所得主導成長」は、徹底した「反サプライサイド」経済政策ということができる。
サプライサイドとは供給側、すなわち企業・産業サイドのことだ。企業・産業を優遇して、企業・産業の競争力を強化するというのがサプライサイド経済政策である。
文大統領が行っている経済政策は、その逆で企業・産業を目の仇とする「反サプライサイド」である。
格差の拡大を解決するためにサムスン電子など財閥企業が過剰に貯め込んだ巨額資金を労働者階級などに“所得移転”を図るというものだ。
最低賃金の大幅アップ、労働時間の大幅短縮、法人税増税、富裕層への所得税増税、労働組合支援など、文大統領は「反サプライサイド」をこれでもかと断行したということができる。
文大統領は、左派(社会主義)を信奉しているのだから当然の帰結であるといえるわけだが、それにしても古典的な社会主義を信奉しているようにも見える。
古典的というか、「絵に描いた社会主義」といった方が的を射ているかもしれない。
ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を開き、報道陣の質問に答える文在寅大統領=2020年1月(共同)
文大統領による「所得主導成長」の異彩・異色ぶりは、中国の習近平主席による「中国製造2025」と対照すると際立っている。
「中国製造2025」は、中国の中央政府・地方政府が自国の製造業企業に巨額補助金を注ぎ込んで、半導体などを筆頭に中国製ハイテク製品の競争力をひたすら強化・育成するというものだ。
2025年にはハイテク製品の世界市場で中国がトップに立つという野心的な経済政策である。
巨額補助金注入の優遇策で、中国ハイテク関連企業は極論すれば“原価ゼロ”で半導体などを生産できる状態になっている。
米国のトランプ大統領の「アメリカファースト」に対抗する「中国ファースト」政策だが、それが長期に及んだ米中貿易戦争を引き起こしている要因の一つになっている。
トランプ大統領は中国の無尽蔵な補助金注入を「アンフェア」と非難している。
先行きの世界の覇権は自国ハイテク産業の盛衰で優劣が決まる。
中国のアンフェアを認めれば、技術、そして経済、軍事までイニシアチブを中国に渡すことになりかねない。
米中貿易戦争は、先行きの世界の覇権を争奪するなりふり構わぬ闘いとなっている面が否定できない。
共産党独裁の中国ですら明らかに過剰なほどのサプライサイド優遇・強化に身を乗り出している。
習主席は、トランプ大統領を「一国主義」と批判しているが、どうして習主席も「一国主義」では何一つ負けていない。
言い換えれば、習主席の中国は、トランプ大統領が目の仇にしている中国通信機器大手のファーウェイを世界企業に仕上げしようと応援しているのに対して、文大統領の韓国は世界企業であるサムスン電子を虐めて引きずり下ろしているようなものである。
中国を含む世界の資本主義が「自国ファースト」といった風潮も加えて自国のサプライサイド強化にひたすら走っている中で文大統領による韓国の「反サプライサイド」は特異である。
文大統領の「反サプライサイド」に対して、韓国産業界がそれを吸収できる生産性向上や技術革新を持ち得るなら話は少し変わるがそれはない。
韓国産業界は、世界競争で実力を上回るハンディ(=人件費増など原価高)を背負わされたようなものである。
文大統領の行っているのは、韓国産業界を世界市場競争から自ら脱落させようとしている所業というしかない。
これでは韓国経済が持たない。
韓国の国内総生産(GDP)に占める輸出の比重(37%)は大きく、サムスン電子などの半導体関連製品の中国向け輸出で稼いできている。
しかし、その中国が米中貿易戦争で景気が低迷しており中国の国内需要は極度に低下している。
景気の悪化で半導体関連市況は低迷するばかりだ。しかも中国は「中国製造2025」で半導体などハイテク製品の自国生産に乗り出している。
中国はむしろハイテク製品で韓国と競合する、あるいは韓国を凌駕していく趨勢をつくろうとしている。
従来のように中国が韓国のサムスン電子などのマーケットであり続けるという構図は崩壊に直面している。
韓国ソウル市内にあるサムスン電子のオフィス(ゲッティイメージズ)
案の定、19年の韓国の輸出は大幅減となっており、19年のGDP成長率は2%にとどまった。
リーマンショック後、韓国経済は順調な歩みをたどってきたが、最低成長率を記録した。
韓国のリーディングカンパニーであるサムスン電子などを見ても大幅減収・営業利益半減の惨状である。
韓国産業界各社は輸出の低迷で売り上げが低下し、人件費コスト増、法人税増などで収益が低下する「減収減益構造」にはまり込んでいる。
米中貿易戦争の長期化という事態も想定を超えるものだったが、大半は文大統領の「絵に描いた社会主義」を骨格にした「反サプライサイド」経済政策が招いた結果にほかならない。
悪いときには悪いことが重なるもので、「新型コロナウイルス」は、中国経済を停止状態に追い込んでおり、20年の韓国経済は悲惨なものになりかねない。GDP成長率はさらに失速する可能性がある。
こうした中、日本の輸出管理強化、すなわち「日韓摩擦」でも、文大統領は世界の資本主義の常識や理論を大きく逸脱する動きをとっている。
日本の高純度フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジスト(その後レジストは運用緩和)、さらにホワイト国除外でも、文大統領は不可解な行動規範を指示している。
文大統領は日本の輸出管理強化を「元に戻せ」と主張しながら、一方で日本のハイテク関連の部品・用品供給は「経済侵略」と規定して、韓国で部品・用品生産する「自国化」を奨励している。
「(部品・用品の)自国化は第2の独立戦争」とわけの分からない、乱暴な理屈を振り回している。
部品・用品のサプライチェーンを「経済侵略」と規定するとは、現代資本主義から見て理解を超えたものだ。こうした理屈や理論をどこから持ってきているのか不明だが、文大統領の周囲を含めて「学生運動」次元のように感じられる。
LGディスプレイなどが高純度フッ化水素を国産化したと発表してiPhone生産を行ったのだが、なんと100万台超の不良品を生み出したと伝えられている。それらの大量の不良品は廃棄に追い込まれたとみられる。部品・用品のサプライチェーンは「最適地」生産が基本であり、韓国としたらどこからみても日本からの供給が世界的に見て唯一無二、ワンアンドオンリーにほかならない。
韓国での部品・用品の自国化生産は、不効率で高く付くばかりか、それ以前にリスクがきわめて大きい。大量の不良品を出して納期が遅れる、あるいは製造歩留まりを悪化させるなら、アップルなど需要先からの信用を失い、下手をすれば事業撤退など致命的な事態に追い込まれる。
日本からの部品・用品供給を「経済侵略」として自国化=独立戦争を奨励するという文大統領の思考は、世界資本主義のサプライチェーン理論からすると現実を見ようとしない、あるいは現実から逃避・逸脱するものである。これはサプライズに近い理論といえるかもしれない。
このままいけば外資企業はもちろんのこと、サムスン電子など韓国の財閥企業などまで「資本逃避」が本格化するとみられる。
韓国に本社、工場、研究所、店舗、人員を置くだけで人件費コスト、法人税などの負担で世界競争において劣位に立つとすれば、それらは海外の「最適地」に移転させることに追い込まれるのが自然な動きだ。
サムスングループのディスプレー工場を訪問した韓国の文在寅大統領(中央)=2019年10月、韓国・牙山(聯合=共同)
ヒト、カネ、モノのすべてが韓国という祖国を捨てる行動に出る。みすみす世界競争に負けてマーケットを失うぐらいなら、活路を求めて海外に資本を移すしかない。
世界の資本主義に逆行する文大統領だが、経済政策に過剰にイデオロギーやルサンチマン(怨恨・思い込み)などを持ち込めば、大元である韓国という国家そのものを傾かせるという悲惨な結末をひたすら呼び込むことになりかねない。