コロナ第2波の懸念高まる韓国と中国、日本は危機を回避し成長できるか
真壁昭夫:法政大学大学院教授
経済・政治 今週のキーワード 真壁昭夫
2020.5.19 5:05
韓国と中国で高まる
第2波感染の懸念
4月、韓国では、いったん新型コロナウイルスの感染拡大が一服したかに見えた。
総選挙に勝利し左派政権の基盤強化を達成できた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、「自らの感染対策は世界標準であり、同国が世界をリードする」と強調した。
それに伴い韓国政府は経済活動を再開したが、5月に入りソウルのクラブで集団感染が発生した。国民の間でも、新型コロナウイルス感染拡大の「第2波」への懸念が高まっている。
中国でも、同じような事態が起きている。
5月9日、吉林省で11人の感染者が報告され、同省の警戒水準は最高レベルに引き上げられた。
これもウイルス感染拡大の2波になりえるかもしれない。共産党政権は、社会心理の安定に神経をとがらせざるを得ないだろう。
一方、欧州では英国の感染拡大の状況が深刻だ。
スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、ジョンソン政権が目指すイギリス全土での行動規制緩和が時期尚早として反発しており、英国内の分裂懸念すら高まっている。
米国でも、早期の規制解除を目指す各州の知事と、それに反対する医療専門家などの間で軋轢(あつれき)が生じている。
わが国は粛々と感染対策を行い、何としても第2波の感染拡大を回避しなければならない。
経済を立て直すには「2次感染の波」を防ぐことが重要な近道になるはずだ。
それと同時に、コロナショックによって、「世界の潮流変化=メガトレンド・チェンジ」がデジタル技術に向かっていることも理解することが必要だ。
機械や自動車、各種の高機能素材を中心に経済を運営してきたわが国は、産業構造の転換を進め、世界のメガトレンドに適応する体制を整備することを考えなければならない。
現実味高まる
コロナウイルスの第2波感染
足元、韓国における新型コロナウイルスの感染状況は、特定の治療薬やワクチンが開発段階にある中で、人の移動制限を緩和することの難しさを示している。
5月12日時点でソウルのクラブでは100人超の感染が発生した。
濃厚接触の可能性がある人は7200人程度とみられている。
同時に、韓国政府は学校再開を目指している。人の移動が増えるに伴い感染が再度拡大するリスクは軽視できない。
文政権は経済の維持や外出自粛に伴う人々のストレス解消を優先し、拙速に外出規制を緩和してしまったようにさえ見える。
感染症の専門家らからは、「徹底した感染対策をとらず経済活動を再開すれば、感染の再拡大は避けられない」との警鐘が鳴らされている。
人の動線を絞り、感染対策を徹底することは命を守るために欠かせない。
それと経済の両立を目指すことは難しい。政治が人々の安心を支えられるか、その重要性は日増しに高まっている。
中国では、吉林省や湖北省武漢市でクラスター感染が発生している。
3月以降、中国における感染が小康状態となり経済活動が再開された。
中国では、鉄鋼やIT、化成品プラントなどの操業が再開され、それに遅れて徐々に消費も持ち直している。
習国家主席は政策を総動員することによって雇用・所得環境を支え、全人代を乗り切らなければならない。
そのタイミングで感染の第2波の兆候が出始めたことは、共産党指導部に大きな危機感を与えているはずだ。
欧州ではイギリスの感染状況が深刻だ。
ジョンソン政権は経済活動の再開を目指してはいるものの、新規の感染者数は明確に減少トレンドに転じていない。
特に、低所得層の感染は深刻だ。
その中で行動規制の緩和を重視するジョンソン政権に対して、“ステイ・アラート(警戒を維持する)”の内容が不明瞭で社会が混乱するといった批判が出ている。
ブレグジットによる経済の先行き不透明感が高まる中で感染の第2波が襲来すれば、英国経済はかなり深刻な景気後退に陥るだろう。これは米国をはじめ、世界各国にも当てはまる問題だ。
明確化する
実体経済と金融市場の乖離
この環境下、世界経済は“大恐慌”以来の危機の淵にある。
4月の雇用統計で米国の非農業部門雇用者数は2050万人減少した。これは大恐慌以来の落ち込みだ。さらに、外出できず求職活動を見送るなどの“隠れ失業者”を加味すると、実際の雇用環境はかなり厳しい。
また、4月20日に原油価格が一時マイナス40ドル台まで下落した。
通常ではありえないことだが、世界的に生産活動と需要が大幅に落ち込み、過去経験したことがないレベルまで原油の需要は落ち込んでいる。
同時に、世界的に原油の貯蔵能力は上限に迫っている。
原油の需要が低迷し続ければ世界最大の産油国である米国への影響は大きい。
米シェール業界では経営破綻に陥る企業が増える可能性がある。
それは、ローンを証券化して組成されたCLOの価値を毀損(きそん)させ、それを保有する各国大手金融機関の資金繰りを悪化させるだろう。
冷静に考えると実体経済の悪化とともに、金融市場の脆弱(ぜいじゃく)性も増している。
しかし、米国の株価はそうしたリスクを十分に織り込んでいないように見える。
足元、企業業績が悪化しているにもかかわらず、米国のPER(株価収益率)は24倍程度(S&P500)と1年前よりも高い。
背景には、過去のトレンドを重視したアルゴリズム取引の増加などが影響しているのだろう。
それが、株価反発のきっかけとなり、他の投資家の追随を生んでいる可能性がある。
そのほか、投機的な動きを巻き込んだ原油価格の反発や、米国の経済活動再開への期待、各国政府と中央銀行による景気対策期待などが市場参加者のリスクテイクを支えている。
このように考えると、金融市場参加者は第2波感染のリスクを自分たちに関係ないかのように受け止め、行動しているように見える。
過去、経済危機などが発生して株価を大きく下げた局面で株を買い増したウォーレン・バフェット氏は、米4大航空株をすべて売却した。
同氏は米国を中心に世界経済の成長率が一段と落ち込むと考えている。
そうした市場参加者は比較的少数とみられる。
実体経済と金融市場の乖離(かいり)が進む中、万が一にも米国などで感染が再度増加する場合、世界経済はかなりの混乱に直面する可能性がある。
メガトレンド・チェンジを見据えた
わが国の対応策
今、わが国は、感染対策と経済対策などを徹底し、人々の安心感を支えなければならない。
米欧中などと比較した場合、ある意味、わが国は感染拡大を食い止められている。同時に、第2波の感染に備えなければならない。
政府は14日、39県で緊急事態宣言を解除した。残り8都道府県についても解除を視野に入れ始めた。
その検討は、韓国などの事例を基に、第2波の感染を防ぐことができるか否かを精査する必要があるだろう。
韓国のケースを見る限り、行動制限の緩和とともに多くの人が外出し、“3密”空間が増えている。
同時に、世界経済全体でデジタル化が進んでいる。この影響は非常に大きい。
例えば、オンライン会議システムなどの普及により、出張せずに自宅から遠隔地の企業などとビジネスを行うことが当たり前になっている。
こうした分野では米国のGAFAおよびマイクロソフト、中国のBATHなどの大手企業がしのぎを削っている。
わが国には米中IT大手に比肩する企業が見当たらない。
1人10万円を給付する“特別定額給付金”などのオンライン申請の混乱は、わが国が世界のIT化から大きく遅れてしまったことを示している。
コロナショックは5G通信、データセンターなどへの需要を押し上げ、世界経済のデジタル化を加速化させる大きな要因だ。
わが国はそうした変化をチャンスに変え、経済の実力を高めなければならない。
そのためには、まず、政府が国民の安心感を支え、国が一つの方向に向かう環境を整える。
それが経済の落ち着きにも大きな役割を果たす。同時に政府は徹底して規制緩和や構造改革の推進に取り組まなければならない。
1990年代初頭のバブル崩壊後、わが国は雇用の保護を重視しつつ、自動車や機械産業に強みを発揮してきた。
しかし、実体経済の悪化を受けて自動車の需要は低迷している。機械分野では中国がロボットやFA(工場自動化)の技術を急速に蓄積している。
わが国が既存の産業構造と発想で今後の世界経済の変化、競争に対応することは難しい。
長い目で考えると、コロナショックを境にIT分野に強みを持つ産業構造を目指すことができるか否かによって、わが国経済の行く末がかかってくることになるだろう。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)
真壁昭夫:法政大学大学院教授
経済・政治 今週のキーワード 真壁昭夫
2020.5.19 5:05
韓国と中国で高まる
第2波感染の懸念
4月、韓国では、いったん新型コロナウイルスの感染拡大が一服したかに見えた。
総選挙に勝利し左派政権の基盤強化を達成できた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、「自らの感染対策は世界標準であり、同国が世界をリードする」と強調した。
それに伴い韓国政府は経済活動を再開したが、5月に入りソウルのクラブで集団感染が発生した。国民の間でも、新型コロナウイルス感染拡大の「第2波」への懸念が高まっている。
中国でも、同じような事態が起きている。
5月9日、吉林省で11人の感染者が報告され、同省の警戒水準は最高レベルに引き上げられた。
これもウイルス感染拡大の2波になりえるかもしれない。共産党政権は、社会心理の安定に神経をとがらせざるを得ないだろう。
一方、欧州では英国の感染拡大の状況が深刻だ。
スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、ジョンソン政権が目指すイギリス全土での行動規制緩和が時期尚早として反発しており、英国内の分裂懸念すら高まっている。
米国でも、早期の規制解除を目指す各州の知事と、それに反対する医療専門家などの間で軋轢(あつれき)が生じている。
わが国は粛々と感染対策を行い、何としても第2波の感染拡大を回避しなければならない。
経済を立て直すには「2次感染の波」を防ぐことが重要な近道になるはずだ。
それと同時に、コロナショックによって、「世界の潮流変化=メガトレンド・チェンジ」がデジタル技術に向かっていることも理解することが必要だ。
機械や自動車、各種の高機能素材を中心に経済を運営してきたわが国は、産業構造の転換を進め、世界のメガトレンドに適応する体制を整備することを考えなければならない。
現実味高まる
コロナウイルスの第2波感染
足元、韓国における新型コロナウイルスの感染状況は、特定の治療薬やワクチンが開発段階にある中で、人の移動制限を緩和することの難しさを示している。
5月12日時点でソウルのクラブでは100人超の感染が発生した。
濃厚接触の可能性がある人は7200人程度とみられている。
同時に、韓国政府は学校再開を目指している。人の移動が増えるに伴い感染が再度拡大するリスクは軽視できない。
文政権は経済の維持や外出自粛に伴う人々のストレス解消を優先し、拙速に外出規制を緩和してしまったようにさえ見える。
感染症の専門家らからは、「徹底した感染対策をとらず経済活動を再開すれば、感染の再拡大は避けられない」との警鐘が鳴らされている。
人の動線を絞り、感染対策を徹底することは命を守るために欠かせない。
それと経済の両立を目指すことは難しい。政治が人々の安心を支えられるか、その重要性は日増しに高まっている。
中国では、吉林省や湖北省武漢市でクラスター感染が発生している。
3月以降、中国における感染が小康状態となり経済活動が再開された。
中国では、鉄鋼やIT、化成品プラントなどの操業が再開され、それに遅れて徐々に消費も持ち直している。
習国家主席は政策を総動員することによって雇用・所得環境を支え、全人代を乗り切らなければならない。
そのタイミングで感染の第2波の兆候が出始めたことは、共産党指導部に大きな危機感を与えているはずだ。
欧州ではイギリスの感染状況が深刻だ。
ジョンソン政権は経済活動の再開を目指してはいるものの、新規の感染者数は明確に減少トレンドに転じていない。
特に、低所得層の感染は深刻だ。
その中で行動規制の緩和を重視するジョンソン政権に対して、“ステイ・アラート(警戒を維持する)”の内容が不明瞭で社会が混乱するといった批判が出ている。
ブレグジットによる経済の先行き不透明感が高まる中で感染の第2波が襲来すれば、英国経済はかなり深刻な景気後退に陥るだろう。これは米国をはじめ、世界各国にも当てはまる問題だ。
明確化する
実体経済と金融市場の乖離
この環境下、世界経済は“大恐慌”以来の危機の淵にある。
4月の雇用統計で米国の非農業部門雇用者数は2050万人減少した。これは大恐慌以来の落ち込みだ。さらに、外出できず求職活動を見送るなどの“隠れ失業者”を加味すると、実際の雇用環境はかなり厳しい。
また、4月20日に原油価格が一時マイナス40ドル台まで下落した。
通常ではありえないことだが、世界的に生産活動と需要が大幅に落ち込み、過去経験したことがないレベルまで原油の需要は落ち込んでいる。
同時に、世界的に原油の貯蔵能力は上限に迫っている。
原油の需要が低迷し続ければ世界最大の産油国である米国への影響は大きい。
米シェール業界では経営破綻に陥る企業が増える可能性がある。
それは、ローンを証券化して組成されたCLOの価値を毀損(きそん)させ、それを保有する各国大手金融機関の資金繰りを悪化させるだろう。
冷静に考えると実体経済の悪化とともに、金融市場の脆弱(ぜいじゃく)性も増している。
しかし、米国の株価はそうしたリスクを十分に織り込んでいないように見える。
足元、企業業績が悪化しているにもかかわらず、米国のPER(株価収益率)は24倍程度(S&P500)と1年前よりも高い。
背景には、過去のトレンドを重視したアルゴリズム取引の増加などが影響しているのだろう。
それが、株価反発のきっかけとなり、他の投資家の追随を生んでいる可能性がある。
そのほか、投機的な動きを巻き込んだ原油価格の反発や、米国の経済活動再開への期待、各国政府と中央銀行による景気対策期待などが市場参加者のリスクテイクを支えている。
このように考えると、金融市場参加者は第2波感染のリスクを自分たちに関係ないかのように受け止め、行動しているように見える。
過去、経済危機などが発生して株価を大きく下げた局面で株を買い増したウォーレン・バフェット氏は、米4大航空株をすべて売却した。
同氏は米国を中心に世界経済の成長率が一段と落ち込むと考えている。
そうした市場参加者は比較的少数とみられる。
実体経済と金融市場の乖離(かいり)が進む中、万が一にも米国などで感染が再度増加する場合、世界経済はかなりの混乱に直面する可能性がある。
メガトレンド・チェンジを見据えた
わが国の対応策
今、わが国は、感染対策と経済対策などを徹底し、人々の安心感を支えなければならない。
米欧中などと比較した場合、ある意味、わが国は感染拡大を食い止められている。同時に、第2波の感染に備えなければならない。
政府は14日、39県で緊急事態宣言を解除した。残り8都道府県についても解除を視野に入れ始めた。
その検討は、韓国などの事例を基に、第2波の感染を防ぐことができるか否かを精査する必要があるだろう。
韓国のケースを見る限り、行動制限の緩和とともに多くの人が外出し、“3密”空間が増えている。
同時に、世界経済全体でデジタル化が進んでいる。この影響は非常に大きい。
例えば、オンライン会議システムなどの普及により、出張せずに自宅から遠隔地の企業などとビジネスを行うことが当たり前になっている。
こうした分野では米国のGAFAおよびマイクロソフト、中国のBATHなどの大手企業がしのぎを削っている。
わが国には米中IT大手に比肩する企業が見当たらない。
1人10万円を給付する“特別定額給付金”などのオンライン申請の混乱は、わが国が世界のIT化から大きく遅れてしまったことを示している。
コロナショックは5G通信、データセンターなどへの需要を押し上げ、世界経済のデジタル化を加速化させる大きな要因だ。
わが国はそうした変化をチャンスに変え、経済の実力を高めなければならない。
そのためには、まず、政府が国民の安心感を支え、国が一つの方向に向かう環境を整える。
それが経済の落ち着きにも大きな役割を果たす。同時に政府は徹底して規制緩和や構造改革の推進に取り組まなければならない。
1990年代初頭のバブル崩壊後、わが国は雇用の保護を重視しつつ、自動車や機械産業に強みを発揮してきた。
しかし、実体経済の悪化を受けて自動車の需要は低迷している。機械分野では中国がロボットやFA(工場自動化)の技術を急速に蓄積している。
わが国が既存の産業構造と発想で今後の世界経済の変化、競争に対応することは難しい。
長い目で考えると、コロナショックを境にIT分野に強みを持つ産業構造を目指すことができるか否かによって、わが国経済の行く末がかかってくることになるだろう。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)