掟破りの人事に波紋 韓国大使という「お仕事」
政府は12月25日の閣議で、新しい駐米大使に冨田浩司駐韓大使を起用する人事を決めた。
一方、次の駐日韓国大使の人事を巡っては、また一つ、頭の痛い騒動が持ち上がっている。
韓国大統領府は11月23日、次の駐日大使に姜昌一前韓日議員連盟会長を内定したと発表した。
この発表に日本は仰天した。
まず、韓国は姜氏の大使就任について日本側の承認(アグレマン)を得ていなかった。
アグレマンを得る前の公表は外交儀礼に反する行為だ。
しかも、公表したのは日本の休日にあたっており、日本の事情を全く考えない独善的な行動であることは明白だった。
次に、姜昌一氏の人選を巡って、「なぜ、日本側に事前の相談がなかったのか」という不満の声が永田町や霞が関からわき上がった。
姜氏は確かに東京大学で学び、日本語も流暢な「知日派」だが、日本側の評判はすこぶる悪い。
2011年に「ロシアと日本を巡る領土問題を協議する」という名目で北方領土を訪れた。
当時、日本は複数の外交ルートを通じて、「訪問すれば日韓関係が悪化する」と何度も警告したが、耳を貸さなかった。
最近では、天皇への謝罪を求めた文喜相国会議長(当時)の発言を擁護して、日本の怒りを買った。
日本政府関係者は「一言相談してくれれば良かったのに、どうして、こんな自分勝手な行動を取るのか」と語る。
実際、韓国大統領府は、日本はおろか、韓国外交省にも人選について相談していなかったようだ。
大統領府内のインナーサークルで、姜氏の「前韓日議員連盟会長」という肩書や、「政治家を送り込めば、日本も喜ぶだろう」といった安易な判断をした可能性が高い。
そうでなくても、文在寅政権では大使の任命を巡っても「お友達人事」が目立つ。
文政権は元来、大使全体の3割を外部登用とする公約を掲げてきたが、この約束を逆手に取っているという批判がある。
2018年4月から19年6月まで駐ベトナム大使を務めた金道鉉氏は、盧武鉉政権時代に盧大統領らを批判した外交通商省幹部を密告した。
大使就任の際のインタビューでは18年4月の南北首脳会談開催について「親米的な韓国外交官が前面に出なかったから成功した」と語ったこともある。
昨年11月の大使人事でも、駐ドイツ大使に大統領府の人事担当首席秘書官を務めた人物を、駐スイス大使には朴槿恵前大統領の側近を批判した文化体育観光省の幹部をそれぞれ任命した。
もちろん、赴任先の国々にとって、本国の首脳と太いパイプがある大使はありがたい存在だ。
韓国がよく、米国の駐日大使と駐韓大使を比べて不満を漏らすのも、この点にある。
韓国側に言わせれば、「米国はいつも駐日大使に大統領の側近や友人を送り込むのに、駐韓大使には軽量級の人物ばかりを送り込む」(韓国政府関係者)という不満だ。
オバマ政権では、日本にジャクリーン・ケネディ大使が赴任する一方、韓国にはソン・キム大使が赴いた。
初めての韓国系米国人で、韓国では好感をもって迎えられたが、ホワイトハウスとのパイプという点では見劣りし、韓国の人々には不満が残った。
優れた大使の資質とは?
ただ、いくらインナーサークルだと言っても、本国の首脳と簡単に話せるわけではない。
韓国では大統領の権限は非常に強いため、なおさら、出先の大使が携帯1本で気軽に電話するというわけにはいかない。
韓国大使経験者によれば、大統領と話をしたい場合、事前に大統領府秘書室長ら側近に事情を話して了解を得たうえで、通話の時間を設けてもらう必要があったという。
おそらく、姜昌一氏が駐日大使になれたとしても、文在寅大統領と気軽に話すというわけにはいかないだろう。
逆に、大統領の機嫌を損ねることを恐れ、口当たりの良いことばかりを報告する可能性すらある。
過去、駐日大使館に勤務したことがある、韓国政府の元高官に「どんな大使が一番良い大使だろうか」と尋ねたことがある。
この元高官はしばらく考えた後、「我々が仕えやすいという意味では、一番良いのは外交官だ」と語った。
大使の仕事には儀礼的なものも多く含まれる。
赴任先の国々の要人を招いての会食や行事の際、席順やあいさつなど気を遣うことも多い。
「外交官ではない人物が大使になると、この慣習を習得するまで半年から1年くらいはかかる」という。
また、日本では日本語しか話せない政治家も多い。気楽に酒でも飲みながら話し合い、わかり合うためには、日本語が必要だ。
元高官は「次に良いのは政治家。ただし、これは当たり外れが大きい」と語る。 赴任先の要人たちと良好な関係を築くのも大使の重要な仕事のひとつだ。相手が「この大使の頼みなら断れない」と言うくらいになれば最高だ。
政治家は選挙を経験しているだけに、こうした人間関係を作る能力には長けている。ただ、外交官と異なって売名に走るケースもある。
政治家は自己主張も強いため、一度暴走すると、周囲も止められない。
そして、この元高官は「一番ダメなのは学者。
自分の主張ばかりで相手の言い分を聞かない」と話した。
もちろん、これは元高官の体験談なので、学者出身の大使が全てダメということではない。
この元高官が言いたかったのは、外交とは妥協の連続であり、相手の言い分も十分に聞く度量が必要だということだろう。
現実主義者で柔軟な思考の持ち主であれば、学者だろうが政治家だろうが、立派に大使の任務を務められるだろう。
逆に、頑迷でプライドばかり高い外交官だって掃いて捨てるほどいる。
今のところ、私の日本での取材先で姜昌一氏を高く評価する人はいない。
逆に、姜氏が外交儀礼を尊重し、日本人と良い人間関係をつくり、相手の言い分もよく聞く大使になろうと努力すれば、あるいは日本人の評価も変わっていくのかもしれない。
牧野 愛博