不平等・債務… 混迷の時代を読む5つの視点
マーティン・ウルフ FTチーフ・エコノミクス・コメンテーター
2020年12月16日
新型コロナウイルスの感染拡大は世界を未来へ加速させる役割を果たしている。
コロナ危機前から存在した要因が、パンデミック(世界的な大流行)で影響力を強めているためだ。
本稿では2025年以降も影響を及ぼす強力な要因を5つ挙げる。
第1は技術だ。
コンピューティングとコミュニケーションの技術の進化が人々の生活や経済を大きく変える状況が続いている。今や大勢の人が在宅で働くことが可能になった。
25年までにオフィス勤務が完全に復活することはない。
多くの人が在宅で働くことを許されるようになるだろう。
多くは低賃金で仕事を請け負う外国の労働者にも当てはまるはずだ。
そうなれば、いわゆる「バーチャル移住」が増えて労働環境が不安定化する可能性が高い。
第2は不平等だ。
欧米ではコロナ禍の深刻な影響を被る人の多くはマイノリティーに属している。
だが成功して権力を持っている人たちは潤沢な報酬を確保している。
パンデミックで深刻となる不平等が25年までに緩和されることはあるまい。
ささやかな改善しか進まなければ、ポピュリズムは25年も跋扈(ばっこ)し続けているだろう。
第3は債務だ。
ほとんどの国で過去40年に債務が拡大した。
危機が起きて民間部門の借り入れ能力が落ち込むと、政府が空白を埋めた。
08年の金融危機後も今も繰り返されている。
今回のパンデミックで政府、民間部門ともに債務が激増した。
世界の金融機関が加盟する国際金融協会(IIF)によると、世界の債務残高の国内総生産(GDP)比は19年末時点で321%だったが、20年6月には362%に達した。これほど急激な増加が平時に起きた例はない。
幸いにも政府の資金調達コストはいま低い。
高所得国の国債金利は名目、実質ともに驚くほど低水準だ。だが民間部門の過剰債務は長い間足かせとなる。
第4は脱グローバル化だ。
国際関係が途絶することはないだろうが、国家間の関係はより地域的、仮想的になる。
金融危機前の数十年間、国際貿易は世界GDPを上回るペースで伸びたが、危機後は同じペースの伸びになっている。
原因は機会の消失、貿易自由化への機運の欠如、保護主義の台頭だ。コロナ禍はこの傾向に拍車をかけ、特にサプライチェーンの国内回帰や中国外しを招いている。
今回の危機は特にアジアで地域主義を強化する方向に作用した。
顕著な例が地域的な包括的経済連携協定(RCEP)だ。
この協定で東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国とオーストラリア、中国、日本、ニュージーランド、韓国が結びつけられた。
第5は政治的緊張だ。
自由民主主義への信頼が低下する中で多くの国では扇動的独裁主義が台頭し、中国の官僚主義的圧政が勢力を拡大している。
欧米主要国ではポピュリズムも台頭した。
米大統領選でのバイデン氏勝利はポピュリズムの敗北を意味するとしても、トランプ大統領が7000万票以上を獲得したという事実は、それが消滅していないことを物語っている。
最も重要な地政学的動向は米中の緊張の高まりだ。
他国はどちらにつくかの選択を迫られる。
ここでもコロナ危機が緊張を高めている。
トランプ氏は中国がパンデミックの元凶だと非難した。彼が間もなく退場しても、米国では多くの人がこの見方に同調している。
以上を総合すると25年の世界はどうなっているだろうか。
運がよければ、経済はコロナ禍からおおむね立ち直っている。
だがパンデミックがなかった場合に比べ、多くの人が貧しくなることは避けられまい。
このままでは多国間協力は存在しなくなる。
力強い世界経済の継続、平和の維持、グローバルコモンズ(地球、宇宙空間など人類の共有財産)の管理はいつの時代も困難な課題だが、ポピュリズムと大国が対立する時代にははるかに難しくなる。
私たちは混迷の時代にいる。
パンデミックはそれを鮮明にしただけで、生み出したわけではない。この災禍を機に問題に取り組まなければならない。
トランプ氏の敗北で世界は一息ついた。だが課題はあまりに多く、25年には多くが未解決のままだろう。むしろ一段と深刻化している可能性が高い。
テクノロジーと中国が占う5年先の世界
原田亮介・日本経済新聞社論説主幹
コロナ禍は資本主義と民主主義の揺らぎをあらわにした。
根底にはデジタル化による雇用の変化と格差の拡大があり、中間層の賃金が停滞し、米欧社会の分断を加速している。
他方、中国はテクノロジーと強権で疫病を抑え込んだ。
5年先の世界を決めるのはテックと中国の動向だろう。
11月19日、世界同時にボージョレ・ヌーボーが解禁された。
季節の初物を好む日本では、バブル経済に酔った30年前に爆発的に消費が増えた。
当時に比べて輸入量は半分以下だが、コロナ禍の今も日本はヌーボーの最大の輸入国である。
いつもは空輸コンテナの映像が報じられるのだが、今年の話題は少し違った。
仏から出荷されたボトルは約1万キロを列車で上海に、それから船で日本に運ばれた。環境配慮を強調する列車のラベルが貼られていた。
二酸化炭素(CO2)の排出量は空輸の20分の1、輸送コストは3分の1だ。
すでに中国はボトルワインの輸入額が世界3位という大消費国である。
存在感を増す中国市場と、環境負荷を避けるESGへの関心の高まりがもたらした「エコ・ヌーボー」である。
コロナ禍が経済社会の見直しを迫る状況は「グレートリセット」(世界経済フォーラム)といわれる。
対面をオンラインに移行する技術の加速は地球環境への負荷の軽減につながる。
米を除く主要先進国でパリ協定へのコミットで最後尾にいた日本も、10月に菅義偉首相が「2050年のCO2排出量実質ゼロ」を表明した。
11年の東日本大震災で原発に依存できなくなり、目標実現には再生エネルギーを安定電源に変えるイノベーションが不可欠だ。
自動車という20世紀文明の最大の耐久消費財も変わらざるを得ない。
CO2削減でガソリン車が電気や水素自動車に入れ替わる時代は近づいている。その時の勝者がいまと同じとは限らない。
雇用の変化にも拍車がかかるだろう。
人工知能で人間の仕事の半分が消えると唱えた、オックスフォード大のカール・B・フレイ氏は
近著「テクノロジーの世界経済史」(原題はThe Technology Trap)で、イノベーションには労働代替と新たな雇用を生む労働補完の2つの面があると指摘する。
産業革命初期の紡織機械は地方の家内工業を都市の工場に吸収し、機械を打ち壊すラッダイト運動につながった。
一方、蒸気機関の発明やT型フォードの時代は大量生産、大量雇用をもたらし、米国の「黄金の50年代」に代表される豊かな中間層を生んだ。
では20世紀後半からのコンピューター革命はどうか。
米マサチューセッツ工科大(MIT)が11月にまとめた「未来の仕事」(The Work of the Future)というリポートは、教育や人材投資の重要性をあげ、無策のままだと雇用が奪われ、社会の分断が進むと警鐘を鳴らしている。
こうした分析はトランプ米大統領を支持するプアホワイト(貧しい白人)の台頭や、日本の長期低迷をうまく説明する。
ラストベルト(さびた地帯)から製造業が消え、労働者は安い賃金の仕事に押しやられた。
GAFAMのようなテック企業で働く人は、ビッグデータ分析など高度な専門性を持ち、高給を得る。
日本は高度成長期の大量生産に適した雇用形態や税制を墨守したために、雇用不安は小さいが、いまもデジタル化の波に乗りきれない。
だがコロナ禍はその日本も大きく変えるだろう。
もうひとつの難題は、異形の超大国中国との向き合い方である。
米国では民主党のバイデン氏が来年1月に大統領に就任するが、覇権を競う米中の緊張関係は続く。
トランプ大統領がいなくなっても、世界秩序を米国一国が担う時代は戻ってこない。
すでに台湾海峡の米中の軍事バランスは、圧倒的に米軍優位だった90年代のそれとは大きく変わっている。
日本は米国や中国が入らない環太平洋経済連携協定(TPP)と、米国が入らない東アジアの地域的な包括地域連携(RCEP)の中心メンバーだ。
自由貿易のとりでは日本と欧州の積極的な関与なしには守れない。