韓国人はなぜ、約束を守らないのか――。日本で深まる疑問に韓国観察者の鈴置高史氏が答える。
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■「困惑」のフリして責任回避
――文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「慰安婦合意を認めている」と語りました。
鈴置:1月18日の新年記者会見での発言です。正確には「韓国政府はその合意が両国政府間の公式的合意だったとの事実を認定します」と語ったのです。政府間の合意を「合意」と認めたのですから当たり前の話なのですが、ニュースとして報じられました。
前の朴槿恵(パク・クネ)政権が結んだ慰安婦合意を、文在寅政権は「元・慰安婦が認めていない」との理屈を掲げ事実上、破棄していたため「ニュース」になったのです。
――なぜ、姿勢を180度修正して見せたのでしょうか。
鈴置:米国でバイデン(Joe Biden)政権が登場したからです。2015年の日韓慰安婦合意は当時、官房長官だった菅義偉・現首相と、旧知の李丙琪(イ・ビョンギ)青瓦台(大統領府)秘書室長が水面下で交渉しまとめました。
その際、合意の保証人を務めたのがB・オバマ(Barack Obama)政権で副大統領だったバイデン氏でした(「かつて韓国の嘘を暴いたバイデン 『恐中病と不実』を思い出すか」参照)。
日米会談を新首脳同士で開けば、菅義偉首相はバイデン大統領に「あなたに保証人になってもらった約束を韓国が堂々と破りました」と言い付けるはずです。米国の怒りをかわすために、文在寅政権は形だけは「約束は守っている」ことにしたのでしょう。
文在寅大統領が会見で、日本政府に賠償を命じた1月8日の慰安婦判決に関し「率直に言って、少々困惑しているのも事実です」と語ったことからも、それは明らかです。
日本政府、さらには米国を敵に回す今回の判決を、政権の同意なくして裁判所が下したと考える韓国人はほとんどいません。だからこそ、文在寅大統領は「困惑している」ととぼけて責任回避したのです。韓国人にも、バイデン大統領に対しても。
■裁判官の大脱走
――政権が判決を左右できるのですか?
鈴置:今の韓国では可能です。文在寅政権はスタートするや否や最高裁判所長官を左派にすげ替えました。そのとたん、棚上げされていた自称・徴用工裁判が再開し、新日鉄住金(現・日本製鉄)に賠償を命じる判決が出ました。
さらに今年1月、裁判官や検事を専門に捜査・起訴する高位公職者犯罪捜査処(公捜処)を発足させました「『公捜処』という秘密兵器で身を守る文在寅 法治破壊の韓国は李朝以来の党争に」参照)
裁判官はますます政権の顔色を見て判決を下すほかなくなりました。韓国の裁判官の中にも誇り高い人はいますが、そんな人は職を降りるほかありません。
朝鮮日報は「エリート判事、80余人が辞表提出、裁判所はショック」(1月21日、韓国語版)で裁判官を辞める人が続出していると報じました。要点を翻訳します。
・2月の定期異動を控え、1月20日までに辞表を提出した裁判官が80人を超えた。史上最大の規模という。司法研修所の首席終了者らエリート判事が多数含まれている。
・80人のうち、20人程度は裁判所長か高裁の部長判事で、全体の134人中の14%に相当する。これまた前代未聞の出来事だ。
・裁判官「大脱出」の原因は、文在寅政権下で裁判所の要職を左派が独占するようになったことと、裁判官の信任投票を経ないと裁判所長に就任できなくなったという、人事上の不満からだ。
・文在寅政権の「積弊清算」のスローガンの下、朴槿恵政権当時に中核ポストを占めた裁判官100人超が職権乱用罪で検察の取り調べを受けた。最近、彼らの多くが弁護士事務所に移った結果でもある。
■日本には見抜かれている
――政権に従属する司法。裁判所からの「大脱走」も当然ですね。
鈴置:韓国では三権分立が音を立てて崩壊しています(「ついにヒトラーと言われ始めた文在寅 内部対立激化で『文禄・慶長』が再現」参照)。が、日本ではほとんど報じられていません。
話を文在寅会見に戻します。「困惑発言」により、日本では大統領が対日姿勢を変えたように受け止める向きも出ましたが、基本はまったく変わっていません。会見では以下のようにも語っています。
・そんな土台の上に(日本政府に支払いを命じた)今回の判決を受けた被害者のおばあさん(元慰安婦)たちも同意できる、そんな解決法を見出すよう、韓日間で協議を進めます。強制徴用(自称・元徴用工)の問題もやはり、同様です。
要は、「日本は元慰安婦らが満足するまで譲歩せよ」との従来の主張を繰り返しているに過ぎないのです。むしろ、米国や日本を騙す手口は悪質化しています。
――韓国メディアは文在寅発言をどう報じましたか?
鈴置:保守系紙は「舌先三寸で騙そうとしても、日本にはすっかり見透かされているぞ」と攻撃しました。
朝鮮日報は社説「『日本企業の資産現金化はよろしくない』と急変、4年間の反日狩りはどうした」(1月20日、韓国語)で以下のように主張しました。
・慰安婦合意破棄の張本人である文在寅大統領が、「両政府間の合意だった」と認めた。過去4年間、政府が繰り広げたのは何だったのか。結局、先も考えず国内政治に利用したに過ぎない。
・突然に態度を変えたのは、東京五輪に金正恩を呼んでもう一度南北ショーをやるには日本との関係改善が必要だからだ。「韓米日協力」を重視するバイデン政権出帆も影響を与えたろう。そんな心の中をのぞかせる振る舞いを日本はすべて見ている。恥ずかしい限りだ。
■「約束破り」から目をそらす韓国紙
――「恥ずかしい限りだ」ですか……。
鈴置:この社説と同様に、「文在寅の下手な猿芝居は日本には見抜かれているぞ」と主張する論説が目立ちます。中央日報のコラムニスト、ナム・ジョンホ氏の書いた「【時視各角】リップサービスで日本が振り向くだろうか」(1月19日、日本語版)もそうです。
東京五輪を利用しようと日本に突然「仲良くしよう」と言い出し、逆に怒らせてしまったではないか、と指摘したのです。
興味深いのが、これらの政権批判が「もう日本を騙せないのに騙そうとしている」との戦術論に終始し、「国と国との約束を破った」という問題の本質に踏み込んでいないことです。ここに韓国の危うさがあります。
国と国との約束を平気で破る――。こうした行動がどれだけ韓国の信用を傷つけたか、韓国人はまるで理解していない。日本からもう、まともな国として相手にされなくなったことが、まだ分かっていないのです。
もし、日本が騙され続けていたら、保守系紙も「しめしめ」とばかりに、韓国政府ではなく日本にお説教を垂れていることでしょう。
■法治とは相容れぬ儒教
――それにしてもなぜ、韓国人は平気で約束を破るのでしょうか。
鈴置:「いまだに儒教を社会の規範としているから」との説明が定説かと思います。不完全な人間を教えさとして「徳」ある人を作れば、社会も国もまともになる、というのが儒教の基本的な考え方です。
法律で人の行動を規制し安定した社会を作るという法治の発想とは根っこで相いれないところがある。儒教国家にも法律はありますが、最終的な規範にはなりません。
京都府立大学の岡本隆司教授は以下のように喝破しています。『米韓同盟消滅』第4章第1節「儒教社会に先祖返り」から引用します。
・ちゃんとした人の間では、守るべきマナーがある。これを「礼」と言い、ある種の強制力がある。ただ、建前としては自ら律するものであって「法」のように外からがんじがらめに縛りあげるものではない。
・徳治に長らく馴染んだ人々には、法律によって国を治める――法治主義は、とても窮屈に感じられるだろう。法は柔軟性がなく、人々を細かく縛るからだ。
儒教社会で生きてきた韓国人には法治――決まり事を守ることが苦手です。韓国も西欧型の法制度を導入はしましたが、身に付いてはいないのです。
■式目は日本のコモン・ロー
――皆で決めたことを守らないと困るでしょう。
鈴置:それは日本人の発想です。法律は皆で決めたものとの認識があっての話です。外交評論家、岡崎久彦氏の『陸奥宗光とその時代』(PHP文庫)の217-218ページに鎌倉幕府の定めた法律――式目に関する鋭い指摘があります。
・式目は、唐から輸入された律令が京都以外の地域の実体とかけ離れてしまったために武家の慣習法を基礎として作られたもので、西欧におけるローマ法に対するコモン・ローの関係に似ている。
・裁判は十三人の評定衆で行ったが、成員は神社の神々に誓いをたてて、裁判に際しては厳正な態度をつらぬき、決して私的感情におぼれず、権力者をおそれず、また、一たん決定された判決に対しては、小数意見の者も共同責任を取るという起請文を書いたという。
・日本の裁判が伝統的に公正であり、とくに明治憲法、戦後憲法を通じて、裁判に腐敗がない伝統はここに求めることもできよう。
日本の法律の源流には武士――武装農民が仲間内のルールを成文化した式目があった。これを守らなければ困るだけではなしに、仲間外れにされてしまう。
一方、朝鮮半島には封建時代がありませんでしたから、式目に相当する「自分たちが定めた決まり事」がない。中央集権型政権が中国から導入した律令――上が定めた法律の下、韓国人は生きてきたのです。
韓国の知識人が時に「法を守ったり、判決に服する必要はない」と平然と語るのも、「法は自分たちが定めた」との意識が薄いからでしょう。
与党の代表で次期大統領の有力候補が、裁判所の下した判決を公然と非難し、それが一切、問題にならないのもそのためです(「ヒトラーの後を追う文在寅 流行の『選挙を経た独裁』の典型に」参照)。
■維新前夜に国際法を学んだ日本
――国内でそうだから、外国に対しても決まり事を守らない……。
鈴置:明治維新前夜に日本の知識人が必死で国際法を勉強したのは、西欧に仲間入りさせてもらうには世界ルールの摂取が必須と考えたからです。
幕府軍の榎本武揚が箱館戦争で死を覚悟した時、フランス人の著した『万国海律全書』を官軍の黒田清隆に託したのも、日本に1冊しかない海洋法に関する専門書が失われれば国益を損ねるとの思いからでした。
「国際的なルールを守らねば世界で生きていけない」との覚悟は普通の日本人にも広がっていました。大津事件(1891年)でそれが顔をのぞかせます。日本人なら誰もが学校で習う、訪日中のロシアの皇太子を滋賀県の巡査が刀で切りつけ負傷させた事件です。
日露戦争前の日本政府は大国ロシアを恐れていました。犯人を死刑に処したかったのですが、負傷しただけでは死刑にできない。そこで日本の皇族への罪刑を適用しようとしたものの、大審院長――今で言えば最高裁長官、児島惟謙の反対で無期懲役に留まった。
児島惟謙の主張は「法律を厳密に適用しなければ西欧から軽んじられる」という点にありました。
『大津事件日誌』(東洋文庫)には当時、児島惟謙が松方正義総理大臣と山田顕義司法大臣に宛てた「意見書」が収録されています。61ページから引用します。一部の漢字はひらがなに直しています。
■児島惟謙のDNA
・顧みれば、我国一たび外交の道を誤りしより、其の害三十年の今日に延及し、不正不当の条約は猶未だ改正し能(あた)わざるに非ずや。且つ各国の我に対する、常に我が法律の完全ならず、我が法官のたのむに足らざるを口実とす。
・然るに、我自ら進んで、正法の依拠足らざるを表示し、たやすく法律を曲ぐるの端を開かば、忽ち国家の威信を失墜し、時運の推移は国勢の衰耗を来たし、締盟列国は、益々軽蔑侮慢の念を増長して、動(やや)もすれば非理不法の要求を為さざるを保せず。
明治時代の日本人は徳川幕府の結んだ領事裁判権など不平等条約を国の恥と考え、一刻も早く改正したいと願っていた。児島惟謙は法律を曲げれば列強に軽んじられ、不当不正の条約の改正など夢物語だぞ、と訴えたのです。
日本政治史が専門の楠精一郎氏は『児島惟謙(こじま これかた)』(中公新書)で、以下のように書きました。4ページから引用します。
・当時の藩閥政府の圧倒的な権力の前には司法の権威も微弱なものでしかなかった。そうした状況のなかでの児島の示した毅然たる態度には賞賛が集まり、その後、「死刑を無理強いしようとした政府」と「法を護り司法権の独立を護った児島」という図式はなかば伝説化して、戦前に児島をもって「護法の神」とまで讃える評価を生み出した。
大津事件を通じ神格化された児島惟謙の存在が、近代日本の法治の確立に大いに資した、との評価です。
1987年から1992年までの韓国在勤中に驚いたことの1つは、韓国人がしばしば「有銭無罪 無銭有罪」、つまり「裁判だってカネ次第でどうにでもなる」と言っていたことです。
「裁判官は儲かる商売」とも語られていました。裁判官におカネを払えば判決を有利に書き変えてもらえる、というのが常識だったのです。
その頃はまだ、日本の統治下の朝鮮を生きた人が多数、存命中でした。彼らは苦い顔で、「日本から独立したら、すぐに李朝に戻ってしまいました」と説明してくれたものです。
■誠実な台湾、不実な韓国
――「李朝に戻った」のはなぜでしょうか。
鈴置:そこです、そこがポイントです。法治国家を作らないと国際社会で生き残れない、との覚悟が生じなかった。ここに韓国の特殊性があります。
韓国人が自前の近代的な国家を持ったのは1948年。朝鮮戦争の開戦が1950年ですから、東西冷戦のスタート時期と重なりました。
西側の親分、米国とすれば韓国が自分たちの側にいるだけで十分。韓国で三権分立が機能しているかは気にも止めませんでした。そもそも弱い国が不平等条約を結ばされる時代でもなくなっていた。
口うるさい韓国版・児島惟謙が登場する必然はなかった。政界も面倒な法治などに関心は持ちませんでした。米国の庇護の下、「まともな国か」と問われることもない甘い生存空間に安住した韓国には法治主義が育たなかったのです。
国連や多くの国際機関から締め出されている台湾が、強制もされない国際ルールを自主的に守っているのと対照的です。1979年に米国から見捨てられた台湾は、「まともな国と見なされないと生き残れない」との緊張感を持ち続けてきたのです。
2017年にサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長に対する逮捕状請求が裁判所から棄却された際も「有銭無罪 無銭有罪」との批判が巻き起こりました。李在鎔氏は韓国一の富豪と見なされています。韓国人はいまだに「裁判もカネ次第」と信じているのです。
話をまとめます。韓国に法治が根付かなかったのは、儒教、封建時代の欠如、そして甘えが許された国際環境の3点と私は見ています。そして、法治意識に欠ける人々が外国との約束を軽んじるのはごく自然なことなのです。
■「日本より上」を確認したい
――日本との約束を今、破り始めたのはなぜでしょうか?
鈴置:「国力が日本に追いついた」との自信からです。20世紀末まではなんやかんやで日本の助けを必要とした。でも21世紀に入って「日本なしでもやっていける」と判断した韓国人は、平気で日本との約束を破るに至ったのです。
米国という補助線を引けば、それがはっきりします。韓国は米国との根本的な約束――軍事同盟さえ反故にし始めた。同盟解体に関しては『米韓同盟消滅』で詳述しています。
「日韓関係がおかしくなったのは、両国の関係が特殊だから」と韓国人は主張します。要は、植民地支配が原因だ、と日本に責任を転嫁する論理です。日本人の多くもそれに洗脳されています。
でも、その理屈では米韓関係の急速な悪化を説明できません。韓国が日米ともに関係を悪くしたのは、韓国が自分の立ち位置を変更し始めたからなのです。
――しかし、わざわざ日本との関係を悪化させる必要もない……。
鈴置:「日本よりも上の国になった」と実感するためには約束を破ってみせる必要があるのです。韓国では「ルールを破ってこそ上の存在」と認識されています。
だから韓国は1965年の国交正常化の際に結んだ日韓基本条約も、2015年の慰安婦合意もひっくり返しに来ているのです。
前者は日本が植民地支配の不当性を認めなかった条約であり、後者は韓国が日本に対して優位に立てる慰安婦問題を消滅させる合意です。自分にとって面白くない条約や合意を堂々と破ってこそ、「上になった」と実感できるわけです。
■韓国との交渉は無意味
――そこも象徴的ですね。
鈴置:その通りです。日本は不平等条約を改正するために法治国家の建設に全力を挙げた。一方、韓国は気に入らない条約や合意を破棄するために国際法や信義を堂々と破って、なけなしの法治を破壊する。発想も行動様式もまったく反対です。
そんな韓国の実像にようやく日本人も気が付いてきた。韓国と交渉する気になれないのは当然です。何か合意に達しても、きちんと守るのは日本だけ。韓国はいとも簡単に反故にすることが分かったからです。
この日本の空気の変化は見落とせません。韓国が執拗に攻撃を仕掛けてくる以上、無視もできない。となると、力による解決に向かうしかなくなってしまうのです。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集
2021年1月26日 掲載