五感を働かせている「何か」によって
司られているこの「ワタシ」は
なぜ、今ここでこうしているのか?
その意味を知りたい。
物心ついた頃だろうか。
ヒトはいつか死ぬんだと知ったとき
巨大な恐怖に押しつぶされそうになった。
生が死の始まりであるなら
何のためにワタシはここに居るのかを
ずっと考えてきた。
虚無感に襲われる時もしばしばだった。
成人して働き始めると日々の忙しさに紛れて
虚無感に襲われることもなくなる。
しかし、この年齢になるとまた
ふと思考の世界が蘇ってくる。
ヒトは何にために生きるのか、と。
この問いに答えは出ない。
なぜならワタシと思っているこのワタシは
思考に中で「生きている」と
思っているだけで
実際には存在していないからだ。
存在していないと言っても
目にはモノが見えるし
耳には音、鼻は香りを嗅ぎ分ける。
つまり五感の働きこそが
生きている証拠となる。
であるなら
「五感がワタシ」
ってことになる。
五感があるから思考が湧くわけで
思考があるから五感があるわけではない。
五感が先なのだ。
冒頭に戻れば
五感を働かせている「何か」によって
司られているワタシが
「五感である」ということは
つまり
「ワタシ=何か」
ということにならないか。
なーんだ
“ワタシって「何か」”
だったんだ。
ん〜ん?!?!
「何か」ってなんだろう。
阿部敏郎「かんながら」
↓↓↓
司られているこの「ワタシ」は
なぜ、今ここでこうしているのか?
その意味を知りたい。
物心ついた頃だろうか。
ヒトはいつか死ぬんだと知ったとき
巨大な恐怖に押しつぶされそうになった。
生が死の始まりであるなら
何のためにワタシはここに居るのかを
ずっと考えてきた。
虚無感に襲われる時もしばしばだった。
成人して働き始めると日々の忙しさに紛れて
虚無感に襲われることもなくなる。
しかし、この年齢になるとまた
ふと思考の世界が蘇ってくる。
ヒトは何にために生きるのか、と。
この問いに答えは出ない。
なぜならワタシと思っているこのワタシは
思考に中で「生きている」と
思っているだけで
実際には存在していないからだ。
存在していないと言っても
目にはモノが見えるし
耳には音、鼻は香りを嗅ぎ分ける。
つまり五感の働きこそが
生きている証拠となる。
であるなら
「五感がワタシ」
ってことになる。
五感があるから思考が湧くわけで
思考があるから五感があるわけではない。
五感が先なのだ。
冒頭に戻れば
五感を働かせている「何か」によって
司られているワタシが
「五感である」ということは
つまり
「ワタシ=何か」
ということにならないか。
なーんだ
“ワタシって「何か」”
だったんだ。
ん〜ん?!?!
「何か」ってなんだろう。
阿部敏郎「かんながら」
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