🚈人生のレール🚄
「人生には二本のレールが必要だ。
新幹線も二本のレールがあるからどこまでも走って行ける」
森信三師が言っていたという。
弟子の寺田一清さんから聞いた。
では、何を持って人生の二本のレールとするのか。
思い浮かんだことがある。
『致知』平成25年6月号にご登場いただいた北里柴三郎の曾孫、英郎さんの話である。
1891年(明治24年)、ベルリン滞在中の北里柴三郎を1人の青年が訪ねてきた。
ストラスブルク大学留学中の医化学生で、後に京都帝国大学総長となる荒木寅三郎である。
特に柴三郎38歳、寅三郎25歳。
柴三郎は33歳で内務省衛生局からドイツへ留学、コッホのもとで研究に打ち込み、
1889年(明治21年)、当時誰もがなしえなかった破傷風菌の純粋培養に成功、
世界の医学界を驚かせた。
さらに翌年、破傷風菌に対する免疫抗体を発見し、
これを応用した血清療法を確立、
「世界の北里」と評価される存在になっていた。
その柴三郎を一学究が訪ねたのである。
何か悩みがあるらしい、後の帝大総長に、柴三郎はこう言った。
「君、人に熱と誠があれば、何事でも達成するよ。
よく世の中が行き詰まったと言う人があるが、これは大いなる誤解である。
世の中は決して行き詰まらない。
もし詰まったものがあるなら、それは熱と誠がないからである。
つまり行き詰まりは、本人自身で、
世の中は決して行き詰まるものではない」
当時、近代医学における欧米諸国と日本の格差は圧倒的なものがあった。
この彼我の差を克服すべく、
様々な困難と闘いながら自ら一道を切り拓いてきた柴三郎。
その体験が言わせた信念の言葉である。
この言葉が若き一学究の心に火をつけた。
その火は荒木寅三郎の生涯を貫いて燃え続けたのではないか。
そう思わせる一文が『平澤興一日一言』にある。
1920年(大正9年) 9月10日、京都大学の入学式で、総長の荒木は訓辞を行った。
その一語一語に全身を尽くして聞き入る新入生がいた。
後に京大総長となる平澤興である。
平澤はこう書いている。
「大正9年9月10日、それは私にとって生涯忘れない、京都大学の入学式の日である。
忘れえないのは、大学の大きさでも、講堂の素晴らしさでもなく、
総長荒木寅三郎先生の、熱と誠に満ちた新入生に対する訓辞であった。
総長の口から出る一語一語は、まさに燃えていた」
そして、こう続ける。
「先生は学徒にとり最も重要なものとして、誠実、情熱、努力、謙虚、を挙げられ、
これらについて、それぞれ自らの体験と史上の実例などをもって詳しく説明され、
われわれは催眠術にでもかかったように、全身全霊でこれを受けとめた。
この訓辞は私とって決して遠い過去のものではなく、
私はさらにこれを私のからだであたため、私自身の経験をも加え、
その肉づけを続けて今日に至った。
いわばこの訓辞は、生涯、私とともにあって私を導いてくれたのである」
人生に大事な二本のレールとは何かが、この2つの逸話である。
熱と誠。
私たちも、この二本のレールをひた走りたいものである。
(「致知」2017.2月号より)