社労士(社会保険労務士)さんのひとり言

社会保険労務士ブログは早く卒業して、グルメブログにしたいものです。

松江時代、外伝。合言葉は相撲足腰なのです・・・。

2009年04月13日 20時43分50秒 | Weblog
松江市は、宍道湖(しんじこ)の湖畔に広がる街であります。そして宍道湖と言えば相撲足腰なのであります。

別に、松江に強い相撲取りがいたわけでもなく・・・。ましてや、宍道湖で相撲を取ったわけでもなく・・・。

宍道湖七珍の覚え方が「すもうあしこし」なんですよ・・・。

す――スズキ(奉書焼が有名。)
も――モロゲエビ(手足の長いエビ。)
う――うなぎ
あ――アマサギ(小魚。)
し――しらうお(「しろうお」とは違いまする。)
こ――鯉
し――しじみ(松江で「味噌汁」と言えばしじみ汁。)

宍道湖は汽水湖。海と「中海」を通してつながっています。つまりは塩分の薄い湖なのですね。それで、珍しい食材が獲れるわけでして・・・。

もちろん、これだけではなく・・・。

例えばソバ。

松江では割子(わりご)ソバが通常。割子とは、丸い器。そこにソバが入っていて、上からソバツユをかけて食すのであります。3枚も食べれば満腹になります・・・。

岩ガキも有名。天然ガキが大変に美味しく・・・。

困ったことに、「ふとっちょの接待は、美味しいモノを食べさせる。」という定説が出来まして・・・。来てもらっても邪魔な支店長とか本社の人間がやってくるようになったのでありますた。

あ~。邪魔だ。
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岡山時代、外伝2。引継ぎノートは、未だに存在しているらしい。

2009年04月13日 09時04分22秒 | Weblog
営業の引継ぎは、原則2日間。そんな妙なルールが日〇〇薬にはありました。他社の営業は「あり得ない。」って言ってましたけどね。

2日で、他地域から来る人間に引継ぎできることは限られまして・・・。そのため、どうしても「引継ぎノート」なるものが必要になったのであります。

私が岡山から松江に行く時も、「引継ぎノート」を作成。相手のOさんも私に引継ぎノートをくれたんですけど・・・。

Oさんから渡されたノートは、3日もせずに廃棄しました。内容がウソだらけだったもんですから・・・。

それは、Oさんの責任だけではなく・・・。その当時の上司の責任も大きいと思いますね。それは・・・。

「引継ぎノートを検閲したこと。」

私は、絶対に、上司には「引継ぎノート」は見せませんでした。何故かというと、ウソを書いてしまうからです。

営業なんて曖昧なもの。日報なんてものも、事実を歪めて書くなんてことも、よくありまして・・・。

「できていないこと」を正直に書くわけがないんですよ。上司が見るという前提で書くと・・・。

「お前、日報に書いていることとノートに書いてあることが違うじゃあないか!!」

私が岡山に転勤する前に書いたノートですが・・・。先日、会社の後輩(といっても、課長なので、私より上の役職になっちゃいました。)と飲んだ時に、その話になりまして・・・。

「ふとっちょさんが書いた引継ぎノートは、今でもありますよ。」

私は、「出来なかったことを出来た。」とは書かなかったですしね。もう1つは、夜の生活?のガイドも書いておきましたし。

独身で、新しい土地に行って、一番困るのは夕食を食べる店と飲み屋ですからね。

私が書いたノートが、後輩によって加除されていく・・・。何だかくすぐったくもありますね。
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岡山時代、外伝。

2009年04月13日 07時04分11秒 | Weblog
岡山にいたのは2年半ぐらいですかねえ。

仲の良い先生が出来始めた頃の転勤命令でした。

三〇先生や〇枝先生にはお世話になったけど、一緒に酒を飲みに行くほどにはならなかったですね。

こちらに、バリアがあったかな??


プライベートでは、スープカレーの店のオーナー姉妹と仲が良くなって、彼女の店に行ったり・・・。3姉妹のうち2人がアルバイトをしていた飲み屋の常連になったり・・・。医者の愛人!!が、経営していた蕎麦屋に入り浸ったり・・・。

楽しい時もありましたね。

医者が亡くなったら、その蕎麦屋も分裂しちゃいましたけど。

そうそう。地下街に安いテンプラ屋があったなあ。うな丼屋にもよく行ったもんです。


最大のイベントが、婚約ってやつで・・・。

ただ、段々、相手と合わなくなって婚約解消。

その後の転勤命令・・・と「泣きっ面に蜂」。

まあ・・・。松江転勤については不満だらけでしたが、ある意味では、松江で伸び伸びやらせてもらったので、悪いことだけでもなかったかな。


なお・・・。私の代りに岡山に異動したOは、岡山出張所の事務員と結婚しました。実は、転勤前から、松江と岡山で長距離恋愛をしていたんですよ。

おそらく当時の舟〇所長は、それを知って、Oを転勤させた面もあったんでしょうね。私を犠牲にして・・・。それで「いい人」ぶりたかったんでしょうけど。

結局、O夫妻も会社を辞めちゃいましたけどね。
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