気仙沼に来ると、すぐ目に付く朱色の欄干を施した回廊は浮見堂と言われ、気仙沼湾の喉仏のような小山を取り巻いている。小山の上には漁の守り神の猪狩神社と天照大神を祭る五十鈴神社が鎮座し、散策コースとなっている。
対岸大島まで潮風を浴びながらのクルージングは360度の景色が楽しく、大島の亀山に登った景観も素晴らしい。
夜になると年代的に森進一の港町ブルースが口を衝いて出るため、検索ヒットした人気店に行くと、大賑わいで無理そうだった。港町の寿司店に入る度胸がないため、他を探して焼き鳥店を見付けた。こっちも混んでいたけれどカウンター席が空いていたので、盛り合わせと豚バラ照り焼きで一杯飲んでいると、創業昭和7年の貼り紙が目に飛び込んだ。1932年、そんな訳ないだろうと、念のため大将に、2代目ですかと聞いたら、自然体でそうですと答えた。まじかと思った。戦後焼け跡のガード下が発祥かと信じていた。
あとで焼き鳥の歴史を調べると、平安時代や江戸時代が起源というのがあるほか、石器時代というのもあった。それは農耕前から獣や魚のほかに、鳥も狩猟して食べていただろう。あほらしくなって追究を止めたけれど、現在のような業態を取ってからは、老舗の内でも古参の部類に入るのではないかと想像する。と言うのも、その辺の焦げて炭だらけの焼き鳥と違って、レバーにも味に品があった。伝統の技に違いない。
気仙沼
ももとせ近く
守り継ぐ
秘伝のたれの
焼き鳥美味し
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