諸国一宮の中でも外来者には「都々古和気神社」は難解である。
福島県の近接した石川町と棚倉町に3つも都々古神社がある。神名が微妙に違う。石川のは石都々和気神社、棚倉の2つはそれぞれ八槻都々古別神社、馬場都々別神社(都々古山神社とも)とある。
都々古は中国式のトトコでなく、和名のツツコと読む。「つつこ」とは地元の人の話では、藁で編んだ大きな米の容れ物、すなわち大俵のことで、豊作豊穣の神様のようである。村々でそれぞれ豊穣の神を祀ったようで、本家分家の関係はないと教えてもらった。
一の宮と言っても八槻さんは奥州一宮であり、石さんは陸奥の国一の宮と称する。
石都々古神社は当地で武門として勢力のあった石川城跡と併存しており、城社一体が特徴と言える。また、和歌山の巨石がご神体の神倉神社のように、亀石とか鏡石とか巨石を祀っており、信仰の年代は相当古いと想像される。氏子も盛んそうで一番栄えているように見えた。
八槻都々古別神社には御田植えという伝統行事、お祭りがあり、「(田の)堀をさらう演目での、『ガリ、ガリ、ガリ・・・ガリ』や畔(くろ)ぬりを演じる際の、『ガンブリベタリ、ドロリベッタリ』など、演じながら発する独特擬音も特徴的である」との説明は、素戔嗚尊(すさのをのみこと)が「春は渠填(みぞう)め、畔毀(あはなち)す。又、秋の穀(たなつもの)すでに成りぬるときに、則ち冒(ひきわたす=他人の田を犯す)に絡縄(あぜなは)を以てす」と、田んぼ荒らしの乱暴狼藉を働き、天照大神が怒って岩戸隠れした(日本書紀巻1)故事に倣っているのではないかと、勝手な想像をしたくなる。
都々古山神社は周辺一帯が車乗り入れ禁止となっており、やや神寂びていらっしゃる。地域の豊穣のためには手厚くしてほしいと願いたくなる。
村人の
豊かさ護る
つつこ様
がんぶりべたり
岩戸な隠れそ
都々古山神社拝殿