条件の一致が起きての暫定警報である。しかし、次の条件である太陽に関しては静穏の状態と天気図にコメントになっていた。天候の悪化は、間隙を突く展開になっていく。この状態で、地震が集中化すれば、大きな地震に変化したのが宮城・岩手内陸である。この記憶は消えることができない。理由は、地盤の影響で予測の規模を大きく越える地震になった事である。天候悪化は、更に沖合の地震に関しては影響なく起きる。しかし、揺れが幾分弱まる。震度4以内が妥当になる。大きな変化が起きるか否か午後には見えるだろう。さて、南海トラフに関して、予知は不可能になったが、正確な予知は不可能だろう。個別的な見方を組み合わせて行けば、可能と思うが、その発想がない。専門分野の特化が、分業化から総体化に変化しない。今の日本の限界かも知れない。力で押し切る時も時として必要。荒削りの見方も時として必要。江戸の人々は、この荒さを遠目の中で、高めた。あまりにも日本的な繊細さだけが、中心になれば、脆弱な見方は変化しない。大雑把な見方でも精緻な見方ができれば驚異になる。骨太の見方は必要である。