明治期の「廃仏毀釈」。
ウィキより、
「廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)とは、仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(破棄)し、仏教を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。」
色々言い訳めいたことが言われていたり、宗派によっては被害が少なかったりします。
何度も書きましたが、仏僧による、神職に対する態度は、江戸時代は特に目に余るものがあったのは知ってますが、
「仏法 (仏教=仏) 」と、「お坊さん」は「別物」です。いいお坊さんもいれば、悪いお坊さんも、普通のお坊さんもいる。
前述してますが、特に「廃仏毀釈」の被害が大きかったのは、日本の神々の防波堤とも言える、「真言宗」「天台宗」「修験道」です。
全部教えませんが、カンが鋭い人なら、私が今まで記述してきたことを読めば、真実はわかると思います。
世の中のことは、表面的なことばかり見ていても、本当の真実はわかりません。
話脱線しましたが、高野山などでも、意外と国宝が少ないのは、明治の廃仏毀釈の折、盗まれて売りに出されたりしたことも原因です。近年、ヨーロッパで発見された国宝級の仏像もあります。今更返せと言っても返って来ませんが。
僧侶方によって、足下に見下されていた神職の方々の気持ちはわかりますが、結果的に見て、現在の神社界は、「5~6社兼任で」かつかつ食べていける宮司社家がほとんどの現実を見れば、神社界にとっても、明治の「神仏分離・廃仏毀釈」が良かったのかと問うてみたいものです。
これから「ますます」増える自然災害、そして経済危機、コロナによる危機、世界の政情不安で、お寺もですが、神社界の収入も激減が予想されます。
そうなれば、ますます人心は荒み、世は荒れること必至でしょう。
「来たれ 救世主」と祈ったところで、こんな乱れた時代に現れるのは、「ニセモノ」だけです。
探せば、本物の人もいるでしょうが、こんな時代には、絶対に表には出てきません・・・と私は思います。
お坊さんと「仏法 (仏) 」は別物と書きましたが、絶対にしてはいけないことが、「仏法 (仏=お釈迦様) 」を壊すこと。
聡明な人なら気づいていると思いますが、明治の後、日本はどうなりました?
「戦争」に次ぐ「戦争」また「戦争」。(その陰では、戦争で設けたヤツらもいる)
「災害」に次ぐ「災害」。現在は、もっとすごい「災害」。
現代日本人は、神社での作法もほとんど知らない。お玉串のいただき方、回し方、奉納の仕方はいざ知らず、拝礼の仕方も知らない。お寺で柏手打つ人も多い。
今一度問いたい。「神仏分離・廃仏毀釈」は、神社界にとって、本当に良かったのか? ほかに選択肢はなかったのか?
神々のことを一番に考えるのならば、「神々のお考え」を大事にすべきではなかったか?
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