もう40年近く前の話である。
学生時代、メスの子猫を拾って飼っていた。
拾ってと言うより、御縁があり、子猫の方からいつの間にか部屋に入ってきた。
後に実家で飼うことになる、その猫は「ゼリー」と名付けられ、とてもかわいらしいメス猫だった。
そのゼリーが、当時で言う、「猫ジステンパー」にかかった。
今のように混合ワクチンなど無い時代で、かかったら「不治の病」である。
一つの「超・やぶ医者」で、「安楽死させた方がええ」と言われ、
知り合いに、「一番の名医を教えてください」と頼み、「町一の名医」を紹介される。
そこでは、「ジステンパーかも知れないが、伝染性腸炎かも知れない。治療法は無いが、できるだけ諦めずにやってみよう」と言われ、治療法はないので「点滴」のみ。(栄養注射だったかも知れない)
下宿の近くにある、「八幡神社」さまに、「あの子猫の命をお救いください」と、祈願していた。やせ細り、体中、排便だらけになったゼリーであるが、私の体にはいつも「ひしっ」と抱きついて眠っていた。
「助かったぞ!」
毎日通って一週間後、突然「若い先生が」言った。
「え?」
「助かったぞ! もう大丈夫だ」「え?」「もう大丈夫だ。あとは、栄養を摂らせるだけでいい」当時でも、すでにあった猫缶を、お湯で、ふやかして、スポイドで与えなさいと言われ、食欲が戻ったら普通に食べさせていい・・・と言われ実行した。
ゼリーは、みるみる回復し、その後、実家で飼われることになる。
今現在は、とっくに「菩提」となり、うちの菩提寺 (高野山真言宗) と、高野山の菩提寺3つの寺院で、「〇〇家代々ペットの霊位」となっている。
それから2年後、下宿の先輩が飼っていた、「マイケル」と言うメス猫が交通事故にあって瀕死の重傷を負った。
当時でも既にあった、エコー検査で視ると、「心臓か肺が出血していて、手の施しようがない。出血しているので手術もできない。あとは、この子の生命力にかけるしかない」と言われ、私が先輩から預かり、お湯でふやかした、猫缶をスポイドで少しずつマイケルに与えて、一緒に眠った。
八幡神社様にも、「先輩の愛猫マイケルの命を、お救いください」と祈願した。
一週間後、マイケルの目に生気が戻った。
病院に連れて行き検査すると、「もう大丈夫だ」と言われたが、助からないと思っていたのか、先生は少し不思議そうな表情だったと記憶している。(エコー検査で、内臓の出血も無くなっていた。40年近く前の話)
身ごもっていたマイケルだが、赤子は死産だった。
後輩が、死んでいた4匹の赤子猫を、ずっと見ている。
「どうした?」「いや、かわいそうだなと思って」「供養してあげるか?」
私は電話帳で、真言宗の寺院を調べて電話してみる。
「あのー・・・そちらでは・・・猫の供養とかも・・・していただけるのでしょうか?」「はい、できますよ」「あのー・・・交通事故に遭った猫ですが・・母猫は助かったんですが・・・・・お腹の子猫は死産ででして・・それでも大丈夫ですか?」「その子猫の遺骸はあるんですか?」「はい、4匹ほど・・死んでますけど」「では、その子猫の遺骸も綺麗な布か何かで包んで、箱とかに入れて持ってきてください」「あの・・・・・ご供養料は、いくらでしょうか?」「そうですね・・・・・学生さんですか?」「はい」「では、5千円で」「ありがとうございます」(当時は大卒の初任給が15~17万程度)
先輩に報告して、先輩の車に3人乗り、お寺に行った。
「そこに置いてください」
本堂の御本尊さまから見て、斜め左、私たち側から見て、右手に「死産子猫遺骸」の箱を置いて、法要が始まる。
「散杖 (さんじょう) 」・・・密教で使う杖のような法具で、堂内を清め、法要が始まる。途中、散杖で、子猫たちの遺骸にも洒水加持 (しゃすいかじ) をしてくれた。(うちは真言宗だが、プロではないので、上記表現で良いのかは不明)
約30分、法要が無事終わり、「このお守りを一緒に埋めてあげて下さい。動物用の御守りです」と手渡された。
住職に御礼を言い、お寺を後にした。
先輩と後輩と、山に行き、深く穴を掘った。
「これくらい掘れば、イタチなどに掘り返されることもないだろう」。
私たちは、死産子猫4匹の遺骸と、お寺でいただいた御守りを入れて、埋めた。
八幡大神様に命を助けられ、導かれ、電話帳で知った真言宗寺院に御縁をいただいた。
「神は仏を助け、仏は神を守る」
最近になり、あの時助けてくれた寺院に、御礼がしたくなり、ネットで色々調べたが・・・その町には、真言宗寺院がたくさんあり、どのお寺だったか判らなかった。
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